8 / 56
王家の婚約者 【過去】
(8)王弟
しおりを挟む正式な婚約が成立したと言っても、フィオナはまだ十歳。結婚するにはまだ幼すぎる。
当面は婚約のみとして、八年後に結婚式を挙げることだけが決まった。あとは時の流れに任せようと……ようするに、なるようにしかならないと棚上げ状態。
フィオナが成長するのを待つことになった。
しかし両親が激しく憤慨し、やがて黙り込むまでの間、フィオナはまたも平然としていた。
フィオナにとっては、婚約者が「優しいお兄さん」から「優しいおじさん」に変わっただけでしかない。
王弟ヴォードのことは、フィオナは昔から知っている。
王太子の婚約者候補として王宮を訪れている中で、よく声をかけてくれた人だ。うちうちに打診がある前あたりからは、何度も招待されて屋敷を訪問していた。
相手が子供だからと馬鹿にする人ではないし、王弟の屋敷はきれいで明るいし、本人については嫌う要素はない。むしろ月に数度の訪問を楽しみにしていた。
敢えて言うなら、ヴォードの子供たちが生意気で次はどんな悪戯をしかけられるか、こちらから何を仕掛け返すかを考えるのは少し悩ましかった。
でもシリルを連れていえば解決するとわかって以来、それも問題にはならない。
何より、王家に嫁ぐために始めていた勉強も無駄にならなくてすむ。
「でも、王弟殿下と結婚するということは、内政への関与が増えるかもしれないわね」
こうして、フィオナの勉強項目に税制に関することが追加された。
弟シリルは、のちに王太子に当時の様子を問われた時、「姉はお得な相手だと言っていましたよ」と苦笑しながら答えたという。
人形のように美しい姿の少女は、そういう性格だった。
◇◇◇
フィオナが十二歳になった年。
王太子が結婚した。
かつてフィオナの婚約者だった人だが、フィオナは少しも傷ついてはいない。
「年下にも優しいお兄さん」が「年下にも優しい他国出身のお姉さん」と結婚しただけ。
十八歳になったばかりの若い二人は、でもとても美しい。何より幸せそうに笑い合っていた。
幼い頃から表情をうまく出せないフィオナにとって、微笑み合う二人の姿は輝いて見えた。
「見て、シリル! あの二人の幸せそうなお姿! 見ているだけで胸が温かくなるなんて、未来の国王夫妻に相応しい資質だと思うわ!」
「えっと、まあ、それは否定しないかなぁ……」
「私ではあんな幸せそうな雰囲気にはならないわよね。そう考えると、お二人こそ、運命のお相手だったのではないかしら」
「……そうかなぁ?」
「あの二人は、私の目指す夫婦像よ!」
「え? それは、まあその辺りは個人の自由だけどね……別に誰を目指してもいいけどね。王太子殿下は姉さんの婚約者だった人でしょう?」
「確かに一ヶ月だけ婚約していたけれど、それだけよ!」
相変わらず表に出ている感情は薄いものの、嬉しそうなフィオナは胸を張って言い切る。
何か言いたそうだった弟シリルは、口を閉じて小さく唸った。それから、美しい顔に十歳という年齢より大人びた表情を浮かべて、首を振りながらため息をついた。
「…………うん、そうだね。姉さんがそれでいいなら、別に僕はこだわらないかな」
そうつぶやきながら、シリルはふと姉の現在の婚約者を見た。
少し前まで二人と笑顔で話をしていた王弟ヴォードは、しかしなぜか驚いたような顔でどこかを見ている。
首を傾げたが、まあ大人にも色々あるのだろうと思っていた。
でも、そのことを——予兆を見逃してしまったことを、シリルは後悔した。
王太子の結婚式の三ヶ月後。
フィオナはカーバイン公爵に呼び出されて、執務室に赴いた。
いつも秘書官たちが忙しく出入りする部屋だが、珍しく静かだった。秘書官は一人もいない。
代わりに、母エミリアと王弟ヴォードがいる。
カーバイン公爵はいつもより表情の薄い「外向きの顔」をしていたが、フィオナを見ると少し表情を緩め、それから部屋を見回して眉をひそめた。
「フィオナ。少し話があるのだが……む、椅子がないな。エミリア、廊下に誰かいるはずだから、椅子を用意するように伝えて……」
「お父様。私はこのままで構いません」
父の言葉を遮り、フィオナはきっぱりと言う。
そして、婚約者である王弟ヴォードに向き直って、丁寧なお辞儀をした。
「ヴォード殿下。ご無沙汰しております」
いつも通りに丁寧に挨拶をしたのに、ヴォードは小さく頷いて応じただけで目を合わせない。
どうしたのだろうと首を傾げると、突然ヴォードがフィオナの前で片膝をついた。
「フィオナ。どうか許してほしい!」
「……殿下?」
「あなたとの婚約は、なかったことにしてほしいのだ!」
王弟の言葉に、フィオナはとても驚いた。
美しい顔だけを見ると淡々としているようにしか見えないが、それは表情が顔に出にくいため。
母であるエミリアから見れば、思わず「かわいそうに……」とそっとつぶやくほど動揺している。
表面上は落ち着いて、実際はどうすればいいかわからずに父カーバイン公爵を見ると、公爵は不自然な笑顔を浮かべていた。
なぜかわからないが、ひどく怒っている。
もちろん対象はフィオナではない。普段は穏やかな態度を崩さないカーバイン公爵が睨みつけている相手は、なんと王弟ヴォードだった。
1
お気に入りに追加
826
あなたにおすすめの小説
余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~
藤森フクロウ
ファンタジー
相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。
悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。
そこには土下座する幼女女神がいた。
『ごめんなさあああい!!!』
最初っからギャン泣きクライマックス。
社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。
真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……
そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?
ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!
第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。
♦お知らせ♦
余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!
漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。
よかったらお手に取っていただければ幸いです。
書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。
7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。
今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。
コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。
漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。
※基本予約投稿が多いです。
たまに失敗してトチ狂ったことになっています。
原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。
現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。
【完結】結婚しないと 言われました 婚約破棄でございますね
来
恋愛
「アイリス! お前のような卑怯ものとは 結婚する事など出来ない!ここに婚約を破棄させて貰う! 顔も見たくない 直ぐ様出ていけ!」
オスカー王子からの婚約破棄宣言
王子様から言われるのだから その様にさせていただきます
沢山のお気に入り登録 ありがとうございます
恋愛大賞に初応募いたしました ドキドキ!
累計ポイント
100万越えました
完結後にも 読んでいただき
本当にありがとうございます
恋愛大賞投票も1万越えました
感謝以外に言葉が見つかりません
恋愛大賞結果
20000ポイント近くを獲得
169位でした
投票していただいた方々
ありがとうございますm(_ _)m
累計も120万ポイントを超える様です
完結してもお読みいだいております
ありがとうございますm(_ _)m
寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!
ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。
故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。
聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。
日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。
長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。
下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。
用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが…
「私は貴女以外に妻を持つ気はない」
愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。
その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら
Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!?
政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。
十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。
さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。
(───よくも、やってくれたわね?)
親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、
パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。
そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、
(邪魔よっ!)
目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。
しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────……
★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~
『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』
こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。
ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません
詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編の予定&完結まで書いてから投稿予定でしたがコ⚪︎ナで書ききれませんでした。
苦手なのですが出来るだけ端折って(?)早々に決着というか完結の予定です。
ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいですm(_ _)m
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。
周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。
見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。
脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。
「マリーローズ?」
そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。
目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。
だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。
日本で私は社畜だった。
暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。
あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。
「ふざけんな___!!!」
と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。
王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。
これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。
しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。
それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。
事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。
妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。
故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる