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変化
(37)ハミルド
しおりを挟む穏やかな目に、少し困ったような表情を浮かべた繊細な美しい顔立ち。私と目が合うと、懐かしい優しい笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「ハミルド。……それに、アリアナだったか」
私は従妹の子の名前を思い出しながら笑みを浮かべる。
一歳を数ヶ月すぎたはずの幼い娘は、私を見て一瞬おびえて父親にしがみつく。そういえばこの年頃は人見知りをするのだったと思い出した時、ハミルドは娘の頭を優しく撫でた。
「アリアナ。母上の従姉だよ。ほら、よく似ているだろう?」
「メネリアとカジュライアが似ているのか? 顔立ちは多少は似ているかもしれんが、まとう気の違いは大きいぞ」
「そうでもありませんよ。子供に笑いかける顔はそっくりです」
父の言葉に、ハミルドは穏やかに返す。
その間も幼いアリアナは私をじっと見ていた。しっかりと父親の服を握りしめつつ、私が気になっているようだ。泣かれないだけ良かった。
「カジュライアよ。ハミルドとアリアナを向こうの花壇に案内してやれ。あそこなら幼子が歩き回っても危なくはあるまい。カジュライアも最近は子供と接しておらぬだろうから、触らせてもらうがいい」
「……わかりました」
父の意図は定かではないが、ここは人が多くて幼子の無邪気な散歩には向かないのは確かだ。
私はハミルドと警戒の消えないアリアナを花壇に案内することにした。
冬でも温暖な気候であるため、マユロウ本邸の花壇はどの季節も美しい花で満たされている。
寒さが緩んで温かくなった今は、ちょうど夏まで咲き続ける花に植え替えたばかり。その見頃の花の中に、丁寧に石を敷き詰めた小道が曲がりくねりながら通っている。
その小道が気に入ったのか、アリアナは何度も何度も小道を歩いている。
私の存在を気にせずに笑顔が戻ったのを見定めると、すかさず手折った花を献上した。ありがたいことにアリアナは笑顔で受け取ってくれた。そればかりか、その花を持って小道を走り、戻ってくると私の足にしがみついてくれるようになった。
贈り物は成功したようだ。
思わず笑顔になっていると、ハミルドが私を見ていることに気付いた。
「カジュライア……失礼。ライラ・マユロウ。くじで結婚相手を選ぶと聞きました」
「情けない話とは思うが、誰を選んでいいかわからなくなってね」
「あなたの人生が変わってしまったのは私のせいです。無用な苦労を増やしてしまいました」
幼い娘の笑顔に目をやり眺めながら、ハミルドはため息をつく。
この二年ほどでずいぶん変わった。美しい顔立ちはそのままだが、大人の男性らしい落ち着きと威厳がにじむようになった。笑顔はあいかわらずとても柔らかい。将来有望な男であると同時に、若い父親でもある。
とても魅力的な男になっている。
だからこそ、彼に負い目は似合わない。私は改めてそう考えた。
「メネリアとの結婚を望んだのは私だ。それにハミルドがいたままだったら、選べずに悩むほど立派な求婚者を得ることもなかった。女冥利に尽きるというものだ。運命はちょうど良いようにできていると思うぞ」
私はできるだけ明るい笑顔を浮かべる。
ハミルドは私を見つめていたが、やがて転びそうになりながら歩く愛娘に目を戻した。
「……メネリアは、男の子を産んであなたの娘を嫁にもらう気でいます。息子が生まれなかったら、アリアナをあなたの息子に差し出してもいいと意気込んでいますよ」
「私はまだ一人も産んでいないのに、気が早いな」
「メネリアもあなたに恩があります。だからあなたの血を引く子に小領地を継がせたいのですよ。あなたが産む子がどちらの性別でもいいように、メネリアは息子も産みたいのです」
「……私は子を産めるのだろうか」
「ライラ・マユロウ?」
「私は少し年齢が増えた。母は私より若く結婚したが、結局一人産むのがやっとだった。体質が似ていれば、私は一人も産めないかもしれない」
最近考えるようになり、胸に秘めていた弱音がつい口から出てしまった。
しかしハミルドは穏やかに微笑んだだけだった。
「その時は我らの子を差し上げます。誰でも、何人でも、あなたのお望みのままに」
直前まで子煩悩な父親の顔をしていたのに、ハミルドはどこか冷酷な表情を浮かべてはっきりと言った。
そして笑みを消して近寄り、私の頬に片手を添えて視線を合わせた。
「ライラ・マユロウ。私はもうエトミウの人間ではありません。マユロウに属する人間です。あなたが望むならエトミウを敵に回してもいい。必要ならエトミウの力を利用することもためらいません。あなたは、エトミウ伯の嫡出子である私を最大まで利用していいのですよ。……それが許されているただ一人の方だ」
優しい声と優しい目だった。
同時に、エトミウらしい酷薄さも漂わせている。
ハミルドは変わった。私を見つめる目にあるのは、今では愛情ではない。……もっと絶対的で揺るぎのない忠誠だ。
二年前の彼がこんな顔をしていたら、私はハミルドを手放さなかったかもしれない。心が私に向いていないと知りつつ、そばに置き続けたかもしれない。次期領主として、今のハミルドはとても魅力を感じる。
……だが私は、大切な優しいハミルドをメネリアに譲った。私の運命はハミルドとは重ならない。
ハミルドの目から逃れるように、私はアリアナへと視線を動かす。
胸に走った痛みを忘れようと、無邪気な幼女の笑顔を見つめた。
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