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求婚者たち
(10)悲劇のその後
しおりを挟む「ライラ・マユロウ」
木陰でのんびり空を見ていた私は、そう呼ばれて顔を動かした。
穏やかな歩調で近付いてきた人物は恭しく、だが容赦なく私のくつろいだ時間に入り込んできた。
マユロウ家の家宰だ。
「ライラ・マユロウ。旦那様がお呼びです」
「……そうか。すぐに行く」
軽くため息をついてから、私はうんざりと頷く。もう一度よく晴れた空を見上げてから身軽に立ち上がった。
私は動きにくい服は嫌いだ。だから普段は男装している。今日も男装で、座ることも立ち上がることも苦にならない。
生まれに相応しいドレスは、全く着ないわけではない。でも、よほどのことがないかぎり着ることはない。
幸い私は男性並みに背が高いので、男物の服はよく似合っていると思う。館の女たちには受けがいいのだが、体つきが豊満ではないせいでもあるから、女として誇ることではないのは理解している。
ハミルドとメネリアが結婚して一年半。
私は半年後に二十三歳になる。貴族の女としては立派な行き遅れだ。だがそれが苦痛というわけでもない。独り身であろうと、領主代行の仕事はできるし、男物の服を着ていても文句を言う者はいない。
でも、こんな男勝りな女をまだ「悲劇」と結びつける人々はいる。
その想像力の豊かさには脱帽するけれど、父の言葉を伝えてくれた家宰も私に同情してくれる一人だ。幼い頃から私のことをよく知っているはずなのだが、男というものは意外に夢見がちなのかもしれない。
服についていた草を軽く払った私は、軽く伸びをしてから歩きだした。
私がいた木陰は、館から少し離れた丘にあった。だから父に会うためには少々歩かなければならないのだが、その短い間に館で働く者たちや、館を訪れている領民たちとすれ違った。
「ライラ・マユロウ。よいお天気ですね」
そう声をかけ、素朴な笑顔を見せているのは、隣町の責任者。彼にはお忍びの街歩きの時によく世話になっている。
「ライラ・マユロウ。新しい布が入りましたよ。たまにはご覧になってください」
廊下で恭しい礼をしたのは、父の側室たちのためにやって来ている仕立屋。私にドレスを着せたがる一人だ。でもロマンだけでは生きていない商才豊かな男で、私が気に入りそうな布やデザインの服を用意してくれる。
「ライラ・マユロウ。旦那さまは執務室においででございます」
そう教えてくれたのは、私よりも少し年下のかわいい顔をした侍女。視察の名目で都から来た管理官に求愛されたと聞くが、彼女に愛人という地位は似合わないから、不誠実な男の恋は実らないだろう。
私はいつものように父の執務室の扉を叩き、返事を待たずに中に入った。
返事など待っていたら、日が暮れるまで立ち尽くすことになる。待って待って、待ち続けた揚げ句に、部屋から出てきた父に笑われるのだ。
実際、家宰が警告するのを忘れてしまって、父に笑われるはめになった賓客は少なくない。
「父上。カジュライアです」
私は窓際の机にいる父に声をかけた。
優雅な服を着た先客がいたが、そんなことを気にするようではマユロウの名は名乗れないから構わず机の前に立った。
「これは、ライラ・マユロウ。お久しぶりです」
先客は優雅な服を着ている男性だった。
私に対して、にこやかに頭を垂れる。うっとりするほど洗練された物腰だ。
もちろん、彼が優れているのは身のこなしだけではない。顔立ちも極めて端整だ。鮮やかな赤髪が示す通り、都に住む父の再従弟アルヴァンス殿だった。
もう三十歳を超えているはずなのにその美貌は健在で、初対面の女性なら惚けたように見入ってしまうだろう。でも、私にとっては昔から見慣れた人だ。今さら気を遣う相手ではない。
驚くとすれば、いつの間に帝都から来ていたのかということだけだった。
「アルヴァンス殿、いつおいでになったのですか」
「先ほど着いたばかりですよ。しかしライラ・マユロウは、御幼少の頃からお美しく聡明であられたが、少し見ない間にまた一段とお美しくなりましたね。あの悲劇の日々は無駄にならず、ますます悩ましく輝かしい。毎日見守っているマユロウ伯がうらやましい」
「アルヴァンスよ。これの外見にだまされると痛い目にあうと、誰よりも知っているであろうに。中身は相変わらずマユロウの血が濃いゆえな。色気はないが、酒には極めて強くなった。女であることが実に惜しい」
父はそう言って豪快に笑った。
アルヴァンス殿はそれにはそれには答えず、ただ穏やかな笑みを浮かべるが、私には好意的な笑顔をちらりと見せた。
いつもながら全く似ていない再従兄弟だ。
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