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(7)商談の成立

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「なんだ。やっぱりご存知なかったのね」

 落ち着いて考えれば、当然のことだ。
 庶民の、それも故郷から遠く離れた地の風習だから、ジョシュア様が知らないのは当然のことなのだ。
 それに、ジョシュア様は二十四歳の立派な貴族出身の騎士様なのだ。まだ成人もしていない庶民の小娘にプロポーズなんてするはずがない。
 それなのに、一瞬でもドキッとしてしまったなんて、バカみたい。
 さっきドキドキした胸が、今度はきゅっと痛んだ。
 ……私は、どうしてしまったのだろう?
 一方、ジョシュア様は少し青い顔をしていた。

「そうか、プロポーズになってしまうのか……。危なかった。リィナちゃんに教えてもらわなかったら、別のお嬢さんを誘って大変なことになるところだったよ。……まいったな。それでは絶対に誘えないな。きっと素晴らしいレースが見られるだろうから、参考になるかもしれないとちょっと気軽に考えすぎていたよ」

「もしかして、妹様用のレースの参考にするつもりだったの?」

「もちろんそうだよ。僕は武人だし、殺風景な物しか見ていないからね。若い女の子がどういう装飾を好むのかを探る参考にしたかったんだけど。残念だけど、諦めるしかないな」

 ジョシュア様はがっくりと肩を落とし、はぁっとため息をついた。
 どうやら、本当に楽しみにしていたようだ。
 そう言えば、私を誘った時の目はキラキラと輝いていた。立派な大人の男性なのに、なんだか叱られた仔犬のようだ。
 まだ未成年の子供のくせに、私はついそんな風に考えてこっそり笑った。

「ん? もしかして笑われてしまった?」

「ごめんなさい。でも、とても可哀想に見えちゃって」

「はは……リィナちゃんに同情されてしまったな。しかし僕は本当に物知らずだ。恥ずかしいよ」

「仕方がないわよ。お貴族様なんだから。……でも、ジョシュア様は、本当はすごく内覧会に行きたいんでしょう?」

「うん」

「だったら、一緒に行きましょうよ。私はまだ子供で、ジョシュア様は立派な大人だから、普通にしていれば誰も変な誤解はしないわ。ジョシュア様に妹様がいらっしゃることもみんな知っているだろうし」

「本当に一緒に行ってくれる?」

 ジョシュア様はぱっと顔を輝かせた。
 その嬉しそうな顔を見て、この立派な騎士様に恩を売るのも悪くないと思った。
 私はすまし顔を作って、こほんとわざとらしく咳払いをした。

「その代わり、見返りも要求させてもらいます。私は商人の娘ですから」

「怖いなぁ。お手を柔らかに。……あ、申し訳ないけど、何かを買って欲しいというのは無理だよ。本当に安い物なら買えるけど、僕は騎士の収入を全て実家に送っている貧乏貴族だからね」

「そのくらいは知ってます。だから、そうねぇ……ドレスを見た後に、美味しいお菓子のお店に付き合ってもらおうかな」

「もしかして長く並ぶ店とか、かな? まあ、体力はあるから前日から並べって言われても平気だけど」

「うーん、たぶんそんなに混まないわ。でも、子供だけでは入りにくいお店なの。だから、一緒に入ってくれると嬉しいわ」

「なるほど。よし、その条件ならいいよ」

「では商談成立ね!」

 私が手を差し出すと、ジョシュア様は真面目な顔で手を握った。
 でもすぐに笑いはじめ、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「あ、ちょっと!」

「リィナちゃんは本当に可愛いし、賢いな。えらいえらい」

 出会った頃と変わらない、少し乱暴で優しい手だ。きっとジョシュア様はたくさんいらっしゃる妹様たちにも、こうやって接してきたのだろう。
 そして妹様たちからは、「髪が乱れる」と文句を言われてきたはずだ。
 でも妹様たちは、今の私のように、乱暴だけど優しいお兄様のことは嫌えないでいるのだろう。


 私も、ジョシュア様のことは好きだ。
 正直に言えば、大好きだ。
 ……でも、時々、胸がちくりと痛くなる。
 変な私。
 どうしてこんなに胸が痛むのだろう。
 ジョシュア様がお貴族様で、十歳も年上の立派な大人で、私はただの妹分で、この家でくつろいでいるのは一時的なことでしかない、と考えるのがつらいなんて。
 ……本当に馬鹿みたい。
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