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(4)レースのお守り

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「ダメだよ。子供はまだ触ってはいけない」

「あ、ごめんなさい! ……でも私はそんなに小さな子供じゃないわ。もうすぐ大人の女性になる年齢です」

「ああ、そういう年頃か」

 ジョシュア様は少しだけ眉を動かして、私の全身をちらりと見た。それから少し考えて、私の手をもう一度見た。

「では、大人に近づいているリィナちゃんも、レース編みの練習をしてみる?」

「えっ、いいの?」

 てっきり叱られると反省していた私は、ほっとしながら顔を上げた。
 ジョシュア様は優しく微笑んでくれていた。

「レース編みは、大人の女性の嗜みとしても悪くないと思うよ」

「ステキ! 私もレース編みができるようになったら、ジョシュア様みたいな素敵な大人の女性になれるかしら!」

 うっとりと想像して、私は少し興奮気味に言う。
 途端に、ジョシュア様は何だか情けない顔になっていた。

「……えっと、僕は男なんだけど……いや、まあ、確かに郷里ではレース編みは女性の仕事だけど……この辺りも、やっぱり女性しかこういうことはしないのかな」

「えっ、男の人だったの? じゃあ、なぜこんなにすごいレース編みができるの?」

「うん……なんというか、こういうレースはお金になるからね。まあ、そんなことはいいから、ここに座ってごらん。一緒にしようか」

 そういって、大人の手のひらくらいの小さなクッションと、数本の糸巻き、それにたくさんの針を用意してくれた。




 その日から、私は毎日ジョシュア様の部屋を訪れて、一番簡単な編み方を教えてもらうようになった。
 小さな糸巻きを使ったレース編みは、根気のいる作業の繰り返しだ。でも、一つ一つの手順は単純でもある。
 糸巻きを動かして、糸を交差させて、針を刺して固定して、また糸巻きを動かす。その繰り返しだ。
 だから一番基本的な模様なら、子供でもそんなに難しい操作ではない。

 でもわたしが試しても、不思議なくらいきれいにはできなかった。
 上手くいかなくてふてくされていると、ジョシュア様は針を刺し直しただけで魔法のようにきれいに整えてくれた。
 尊敬するなという方が無理だ。
「ジョシュア様は男の人だったけれど、どんな女の人よりも憧れる存在です!」
 お茶の時間に私がお母様にそう言うと、同席していたジョシュア様は変な顔で笑っていた。


 結局、私のレース編みの腕前は、ジョシュア様の骨折が完治するまでの間ではほとんど上達しなかった。
 でもジョシュア様は妹様用のウェディングドレスを飾るレースを仕上げ、私にも長いレースのリボンをくれた。

 とても嬉しかったから、お礼として私が一生懸命に仕上げたレースをあげた。
 模様が不揃いで、全体が歪んでいて、大人の手のひらにも満たない長さしかない。
 リボンというより、本に挟む栞程度の長さだ。
 不恰好なものを押し付けられて、ジョシュア様は本当はきっと困っていただろう。
 でも子供には優しい人だから、表面上はとても嬉しそうに受け取ってくれた。
 それがとても嬉しくて、私は誇らしげにみんなに自慢して回った。

 ……後から考えると、恥ずかしい。
 お父様も申し訳なく思ったのだろう。私の贈った栞もどきのリボンに合わせて使ってほしい、という口実で新しい剣帯を渡していた。
 騎士としての制服を着て、ピカピカに磨き上げた防具をつけたジョシュア様は、出発間際の慌ただしい時間だったのに、私を見つけると凛々しいお顔を笑みで優しく崩して手招きしてくれた。
 そして、真新しい剣帯をよく見えるように持ち上げる。上質なそれに、私が贈った不揃いで歪んだリボンが縫い付けられていた。

「ほら、リィナちゃんにもらったレース、剣帯の飾りにちょうどいいだろう? いいお守りになりそうだ」

 そう言って、私の頭を撫でてくれた。
 こんなことを言われてしまったら、誇らしく思わずにはいられない。大人っぽく上品に見送ろうと思っていたのに、私はついジョシュア様にぎゅっと抱きついてしまった。

「ずっと使ってくださいね。もう怪我をしないように、私もお祈りしています!」

 再び勤務に戻るジョシュア様を手を振りながら見送った私は、物語のお姫様になった気分だった。



 でも当たり前だけれど、残念な見かけのレースは、お守りとしてのご利益もやっぱり残念なものだった。
 その後も、ジョシュア様は休暇の度に私の家に滞在いてくれるようになったけれど、お迎えする時は怪我の個所を数えなければいけないような状態だった。

 騎士という職業は、一見すると華やかなように見える。
 でもよく見るとマントは薄汚れて、防具は傷だらけで、ジョシュア様自身も怪我だらけ。
 びっくりするほど端整な顔立ちは変わらないけれど、肌は日焼けしているし、背中まである髪はツヤが足りない。お仕事が休みのときにはいつもお招きしていたけれど、お迎えするときのジョシュア様はいつもボロボロになっている。
 でもそんな姿でも、走って迎えに出る私を見ると優しく笑いかけてくれて、いつも剣帯を見せてくれた。

「ほら、君のくれたお守りのおかげで、こんな軽い怪我ですんだよ」

 そんなことを言ってくれる優しい人。
 私を妹の一人として可愛がってくれる人。
 あるいは、援助を惜しまない商人を軽くいい気にさせることができる、したたかさのある人なのかもしれない。
 本当はどんな人であっても、私はジョシュア様が大好きだった。

 たくさん作れば効果も増えるかもしれないからと、ほとんど上達しないレースのリボンを量産しては任務に戻るジョシュア様に押し付け続けた。
 こんな困った子供だった私なのに、心の広いジョシュア様は、いつも笑って受け取ってくれた。

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