28 / 54
本編
(29)不穏な雨の日
しおりを挟むその日は、朝から不快な日でした。
昨日の夜から続く雨のせいで、屋敷の中はじっとりとした空気が満ちていました。気温も上がらず、厚着をするほど寒くはありませんが、火の入った暖炉の前でつい足を止めたくなります。
お父様は窓から外を見てため息をついていましたが、いつも通りに王宮へと出掛けていきました。
そしてお母様も、ローヴィル公爵夫人主催の大切な集まりがあるそうで、雨が弱くなった頃合いを見計らって出掛けていました。
天気がわるいので、ドレス関連で訪問する人はいませんし、グロイン侯爵邸の補修も順調なのか業者も来ません。
比較的平和な一日となりそうです。
……不快な雨さえなければ。
窓から外を見ながら、私はため息を吐きました。
湿度のせいか、髪もドレスも重く感じます。
それに昨夜体が冷えてしまったようで、朝はなんとなく食欲がありませんでした。暖炉の火で体が温まった今、やっと空腹を覚えて来ています。
早すぎる昼食を頼むか。
それとも、食事に近いおやつを頼むべきか。
諦めて我慢をするか。
雨に濡れる木々を見ながら、私はずっと悩んでいました。
と、その時。
扉をノックする音が聞こえました。
私が振り返ると、すぐにネイラが対応していました。
「お嬢様、じゃなくて奥様。アルチーナお嬢様がお呼びだそうです。ロエル様からお菓子が届いているそうですよ」
最近、ロエルは忙しいようです。
だからこちらの屋敷に来れない日が多くなっていて、そのお詫びと称してお菓子が送られて来ています。
どうやら今日もロエルは来ないようですね。
だから、退屈したお姉様が私を呼び出しているようです。
今日のアルチーナ姉様は、機嫌の良いお姉様でしょうか。それともイライラと八つ当たりをしてくるお姉様?
できれば機嫌のいいお姉様でありますようにと祈りつつ、呼びに来たメイドと一緒に部屋へ向かいました。
「……エレナ様、今のうちにお話ししたいことが」
廊下を歩いていると、お姉様付きのメイドがそっとささやいてきました。
どうしたのかと足を止めると、リザという名のメイドは周囲を確認してから、さらに声を潜めました。
「実はここ数日、アルチーナ様は食欲が落ちています。それで心配したロエル様がお菓子を手配してくださったのですが……」
「そう言えば、今朝もあまり召し上がっていなかったわね」
私も食欲がなかったので、特に気にしていませんでした。
でも確かに、最近のお姉様はあまり召し上がっていないかもしれません。婚約披露パーティー用のドレスが細身だからだろうと思っていましたが、ロエルが心配しているのならそれだけではないかもしれませんね。
「では、お姉様と一緒にお菓子を食べればいいのね?」
「アルチーナ様には不要だと断られてしまいましたが、エレナ様とご一緒なら、もしかしたら召し上がるかもしれませんし、他のものがよいようならすぐにご準備します」
なるほど。
私の前では、アルチーナ姉様は言いたい放題ですものね。
今日のお菓子が気に入らなくても、私が美味しそうに食べていれば気が変わるかもしれないし。
私はリザを安心させるために微笑み、お姉様の部屋に入りました。
「このお菓子、とても美味しいですね! ちょうどお腹が空いていたので、誘っていただいて助かりました!」
「それはよかったわね」
「え、えっと、ロエルが届けて来てくれたのですか? 有名な菓子職人のお店なのでしょうか」
「さあ、よく知らないわ」
「このお茶もいい香りですね! 気分が憂鬱になりがちな今日のような日にぴったりです!」
「気に入ったのなら、そのお茶は全部あげるわよ。好みじゃないのよ」
「……そ、そうですか。では、いただいて帰ります」
今日のアルチーナ姉様は、不機嫌なお姉様でした。
二人分用意されていたのに、お菓子の皿は全部私の前に移動されてしまいました。
リザがお茶新しく淹れてくれましたが、お姉様はカップごと遠くに押しやってしまって、全く手をつけていません。
華やかな花の香りがする、お姉様好みのお茶だと思うのですが。
本当に気に入らないようです。
敏感なお姉様の鼻ですから、何か不快な要素を見つけてしまったのかもしれません。
でも、困りました。
リザたちは私がなんとかしてくれるのではないかと期待してくれたのに、全く役に立ちません。
控えているお姉メイドたちとネイラは、きっと気を揉んでいるでしょう。
何かできることはないでしょうか。
お茶を飲みながら、どこかにヒントがないかと視線を彷徨わせていたら、お姉様が無造作に手を振りました。
「お茶はもういいから、下がって。エレナと話がしたいのよ」
「は、はい」
メイドたちが部屋から出ていきました。ネイラも私に目配せをしてから部屋を出ます。
部屋の中には、アルチーナ姉様と私の二人だけになりました。
……緊張してしまいますね。
1
お気に入りに追加
1,492
あなたにおすすめの小説
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
愛情がないと婚約破棄された聖女は、ある日『真実の鏡』で公爵様の本心を知りました
冬月光輝
恋愛
「メリルリア。君の功績は素晴らしいものがある。だが、それだけではダメなんだ。なんというか、君からは俺に対する愛情を感じない」
婚約をして半年。メリルリアは婚約者であるベルダンデ公爵の邸宅に呼ばれる。
アレンデール・ベルダンデ――先代の公爵が亡くなりその爵位を引き継いだ若き公爵。
そんな彼はメリルリアが自分を愛していないとして婚約を破棄したいと口にする。
当然抗議するメリルリアだが、アレンデールはそれを聞き入れない。
「これは『真実の鏡』だ。この鏡は本当の気持ちを見ることができる」
それどころか『真実の鏡』というモノまで持ち出して、メリルリアに愛情がないことを証明しようとする。
「やはりそうか。お前は人を愛することを知らないのだ」
『真実の鏡』はメリルリアに人を愛する心がないと証明した。
アレンデールの意思は変わらず彼女は強引に婚約破棄されてしまった。
しかし数日後、メリルリアはひょんなことから本物の『真実の鏡』を手に入れる。そう、アレンデールの『真実の鏡』は偽物だったのだ。
そしてメリルリアは知ることとなるアレンデールが強引に婚約破棄した驚愕の理由を……。
【完結】本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
義妹を溺愛するクズ王太子達のせいで国が滅びそうなので、ヒロインは義妹と愉快な仲間達と共にクズ達を容赦なく潰す事としました
やみなべ
恋愛
<最終話まで執筆済。毎日1話更新。完結保障有>
フランクフルト王国の辺境伯令嬢アーデルは王家からほぼ選択肢のない一方的な命令でクズな王太子デルフリと婚約を結ばされた。
アーデル自身は様々な政治的背景を理解した上で政略結婚を受け入れるも、クズは可愛げのないアーデルではなく天真爛漫な義妹のクラーラを溺愛する。
貴族令嬢達も田舎娘が無理やり王太子妃の座を奪い取ったと勘違いし、事あるごとにアーデルを侮辱。いつしか社交界でアーデルは『悪役令嬢』と称され、義姉から虐げられるクラーラこそが王太子妃に相応しいっとささやかれ始める。
そんな四面楚歌な中でアーデルはパーティー会場内でクズから冤罪の後に婚約破棄宣言。義妹に全てを奪われるという、味方が誰一人居ない幸薄い悪役令嬢系ヒロインの悲劇っと思いきや……
蓋を開ければ、超人のようなつよつよヒロインがお義姉ちゃん大好きっ子な義妹を筆頭とした愉快な仲間達と共にクズ達をぺんぺん草一本生えないぐらい徹底的に叩き潰す蹂躙劇だった。
もっとも、現実は小説より奇とはよく言ったもの。
「アーデル!!貴様、クラーラをどこにやった!!」
「…………はぁ?」
断罪劇直前にアーデル陣営であったはずのクラーラが突如行方をくらますという、ヒロインの予想外な展開ばかりが続いたせいで結果論での蹂躙劇だったのである。
義妹はなぜ消えたのか……?
ヒロインは無事にクズ王太子達をざまぁできるのか……?
義妹の隠された真実を知ったクズが取った選択肢は……?
そして、不穏なタグだらけなざまぁの正体とは……?
そんなお話となる予定です。
残虐描写もそれなりにある上、クズの末路は『ざまぁ』なんて言葉では済まない『ざまぁを超えるざまぁ』というか……
これ以上のひどい目ってないのではと思うぐらいの『限界突破に挑戦したざまぁ』という『稀にみる酷いざまぁ』な展開となっているので、そういうのが苦手な方はご注意ください。
逆に三度の飯よりざまぁ劇が大好きなドS読者様なら……
多分、期待に添えれる……かも?
※ このお話は『いつか桜の木の下で』の約120年後の隣国が舞台です。向こうを読んでればにやりと察せられる程度の繋がりしか持たせてないので、これ単体でも十分楽しめる内容にしてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる