53 / 63
九章 十八歳の激動
(52)はぁ?
しおりを挟む「野郎ども! 囚われの姫を守れ!」
「お? ……おおっ!」
その言葉を聞いた他の騎士たちは一瞬首を傾げたようだった。でもすぐにそれを隠して、一斉に動き始めた。
首を傾げたのは、私もだ。
何と言うか、およそこの場にふさわしくないような、とんでもない言葉を聞いた気がする。
でも、私だって魔王の第一の部下だ。すぐに応戦のために動いた。
まず、上司である魔王を思いっきり突き飛ばした。
セクハラ行為への報復ではない。
純粋に、危険回避のためだ。
ただし本気の力に魔力も込めたので、上司はあっけなく玉座から転げ落ちた。無様にもゴロゴロと転がって行く。
私も反動で反対側に転がったけれど、その間も上司から目は離さない。たるんだ体が床を転がるタイミングを見計らって、あらかじめ準備していた魔法を発動させた。
床にぽっかりと穴が開く。
突然生じた空間に、魔王のハゲ頭は転がる勢いのままに消えて行った。
穴からは魔王の悲鳴のような罵声が聞こえた。
それが急激に遠くなって、きこえなくなるほど小さくなってからかすかな水音がした。
目論見通り、城の地下にある水路に落ちたようだ。
本当は侵入者撃退用の落とし穴だったけれど、地下水路は城の外へと繋がっている。半端ではない高さから落ちることになったけれど、落下速度は魔法で調整されるように準備している。それに、一応魔王を名乗る男だ。多少びしょ濡れになっても無事に脱出できるだろう。
あの男の実力は本物だから、今頃は水に流されながら元気に私への苦情を叫んでいるはずだ。
なんとか「魔王の侍女」として忠誠を貫けた私は、ほっと息をついた。
でも、もちろん今はそんな呑気な状況ではない。魔獣に邪魔されて出遅れた騎士たちは、私を囲んでいた。
敵なのか囚われの姫なのか、対応に困っているようだけれど、私はすでに戦意を失っていた。
その無抵抗の意思が伝わったのだろう。騎士たちの進路を妨害した巨大な赤虎は、今はおとなしくうずくまっている。騎士たちが剣を手に迫っても、長い尻尾をパタンパタンと動かすだけで目を背けていた。
賢い子でよかった。
無抵抗なら、魔獣であろうと殺されることはない。
躾の行き届いた魔獣は、何よりも重用されるものなのだ。
魔獣の様子にもほっとした私は、無駄な抵抗は完全に放棄して床の上に座り込んだままだった。
どちらかと言えば放心に近い。
上司は逃がした。
大切な魔獣は無抵抗の姿勢を続けている。
多分、今からでも脱出できないことはないと思う。でも騎士たちの中には偉そうな服装の魔法使いさまが二人混じっていて、手間取るのは明らかだ。野生児の本領発揮してしまえば魔法使いはふりきれるけれど、ナイローグがいる時点で諦めている。
あの赤虎にちょっと暴れてもらえば、隙ができてナイローグだって振り切れるかもしれない。でも、そんなことをしたらあの魔獣が処分されてしまう。それはかわいそうだ。
それに、あのセクハラ行為をなかったことにもできないから、この場から逃げ出せたとしてもまた無職になって求職活動再開となる。
またあの暗く辛い日々に戻るかと思うと……ため息しか出ない。
私が無気力そのもののため息を吐いたとき、近くで誰かの咳払いが聞こえた。
どうしたのかとそちらを向くと、年嵩の騎士がちらちらと私を見ながらまた咳払いをしている。
その視線を追って足元を見て、私は慌てて乱れていたドレスの裾を直した。
十八歳のお年頃の乙女なのに、若い足を膝までむき出しにしてしまった!
なんて大失態だ。
男装で足を出し慣れていたけれど、ドレス姿で素足を晒してしまったのを恥じるだけの常識はついている。
気のせいでなければ、騎士たちの何人かはとても残念そうな顔をした。
思わずにらみつけたけれど、すでにナイローグが冷たい視線を向けていて、彼らはやや顔を強張らせて離れていった。
「だめです。後は追えません」
魔王が落ちて行った穴を覗いていた騎士が、あきらめ顔で報告する。
当然だ。
あの地下水路はただの水路ではない。私の結界魔法が隅々まで行き届いていて、あらかじめ認識させた人物が落ちると、追跡を拒むように結界が組み変わるようにできている。
どうだ、この職人技な細工は。
ふふんと自慢するようにお偉そうな魔法使いに目をやると、穴を覗き込んでいた中年くらいの魔法使いたちは二人とも感心したように頷いていた。
さすが、グライトン騎士団に同行する偉そうな魔法使い様。
私の術の素晴らしさもよく理解している。
そして、その報告に頷きを返したナイローグは、ようやく剣を収めて私の方へと歩いてきた。
状況を思い出した私は、横座りしたまま背筋を伸ばす。
いろいろまずい状況だ。でも、一番よろしくないのはナイローグに見つかったということだ。口元が引きつる私の前に無言で片膝をついたナイローグに、私は恐る恐る声をかけた。
「あの、ナイローグ……」
怖くて目を合わせられない。
まず叱られて、その後に連行されて……ああ、私はどうなるのだろう。
思わず唇を噛みしめた私は、ナイローグの押し殺したため息をきいた。左手が、ぎゅっと剣の柄を握るのも見えた。
まずい、相当怒っている……!
そう思ったとき、ナイローグの右手が動いた。拳骨が降ってくるかと身構えたけれど、大きな手は拳を握らずに手のひらを上にして伸びてきただけだった。
「迎えに来たぞ。麗しき幼馴染の姫よ」
「…………はぁ?」
なぜだろう。聞きなれない言葉が聞こえた気がする。
お偉い魔法使いさまの魔法で、耳がおかしくなってしまったのだろうか。
本気で首を傾げ、差し出された手を呆然と見ていた私は、やがておそるおそるナイローグの顔を見上げた。
衝動買いした魔玉と同じ色の、深い紫色の目が近くにあった。そばで見ても整っている顔は、笑いをこらえているような、それでいて困ったような、非常に複雑そうな表情をしていた。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
【完結】『サヨナラ』そう呟き、崖から身を投げようとする私の手を誰かに引かれました。
仰木 あん
ファンタジー
継母に苛められ、義理の妹には全てを取り上げられる。
実の父にも蔑まれ、生きる希望を失ったアメリアは、家を抜け出し、海へと向かう。
たどり着いた崖から身を投げようとするアメリアは、見知らぬ人物に手を引かれ、一命を取り留める。
そんなところから、彼女の運命は好転をし始める。
そんなお話。
フィクションです。
名前、団体、関係ありません。
設定はゆるいと思われます。
ハッピーなエンドに向かっております。
12、13、14、15話は【胸糞展開】になっておりますのでご注意下さい。
登場人物
アメリア=フュルスト;主人公…二十一歳
キース=エネロワ;公爵…二十四歳
マリア=エネロワ;キースの娘…五歳
オリビエ=フュルスト;アメリアの実父
ソフィア;アメリアの義理の妹二十歳
エリザベス;アメリアの継母
ステルベン=ギネリン;王国の王
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる