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五章 十四歳の再会

(32)ごめんね、ナイローグ

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「それより、頼みたいことだあるんだ。帰るときに、ついでに表のお店に退居するって伝えてもらえる?」
「いいぞ。もう遅い時間だから、おまえは出歩くなよ」
「うん。わかった」
「また明日くる。そうだな、朝早い時間になるが門まで見送りに行く」
「ありがとう」

 ナイローグを見送り、私は扉を閉める。
 しっかりとした足音と、剣が動く硬い金属音が遠くなっていく。目を閉じて音を拾うと、彼が階段を下り終えて、路地へと移動して行くのが確認できた。裏の細い通りから、広い表通りへ。そして大家である一階の店に入っていく。店の人と言葉を交わし、すぐに主人のいる奥の部屋へと通されていった。
 そこまで確かめてから目を開く。ほとんど片付いた部屋を見回し、私はにんまりと笑った。
 私が大人しく明日出て行くと思っているのなら、ナイローグもまだまだ甘い。
 明日の朝、ここは誰もいない空き部屋になっている。

「……あ、退去のときって、その月分の家賃を払うことになっていたな」

 退居を伝えたら、その場で清算を求められたはずだ。ナイローグに立て替えてもらうことになる。

「まあ、いいか」

 彼は稼ぎがかなりいい、立派な大人だ。
 魔道書のために私の財布はやせ細ってしまったから、少しくらい立て替えてもらってもいいだろう。彼が覚えていれば、次に会ったときに返せばいい。

「ごめんね、ナイローグ」

 いろいろなことへの謝罪をそっとつぶやき、私は残りの荷物を手早くまとめて、窓から外へ出た。
 そこには、あのカラスがいた。
 最近は全く姿を見なかった。いったいどこにいたのだろう。
 久しぶりに見たカラスは、私との再会を喜んでいるかのように親しげな鳴き声をあげた。そして、ついてこいというように嘴をくいくい動かしてから飛び立つ。
 私は一瞬だけ迷った。でもすぐに屋根の上を伝ってカラスの後を追い、その日のうちに都の外壁の門から外に出た。



 一週間後、私は都からいくつか離れた町に落ち着いていた。
 酒作りが盛んな村が近いから、お世話になったスラグさんへ酒樽を送りつける手配をしようと酒場に入った。
 そこでは都の話がさかんにされていたので、食事をしながら耳をすまして情報収集を試みた。
 すると、とんでもない話を聞いた。
 一斉捜索? 魔道学院ってあの魔道学院のこと?

「ねえ、おじさん! その話はいつの話?」

 驚いた私は、つい隣のテーブルのおじさんに話しかけていた。
 真昼間から酒で上機嫌になっている男たちは、一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、特に機嫌を損ねることなく、私に皿に残っていた食べ物まで譲ってくれた。

「あんた、最近まで都にいたんじゃないのか? 言葉が都っぽいぞ」
「う、うん、一週間くらい前まで都にいたんだ。でも魔道学院でそんな事件があったなんて、全然知らなかったよ」
「そりゃあそうだ。俺は昨日この町に着いたばっかりだが、あの魔法使い様の学校に一斉捜索が入るなんて、前代未聞だと大騒ぎだったぞ」

 男たちは酒の勢いのまま、がはがはと笑っている。
 それをじりじりとやり過ごし、男たちが私が知りたいことを話してくれるのを待った。でも酒の追加だとか向こうのテーブルのお姉さんが美人だとか、話がどんどん逸れている。
 私は皿の残り物を食べ尽くしてから立ち上がった。

「おじさん! その一斉捜索っていつあったの?」
「あ? ああそうだった。それを知りたいんだったな。えーっと、この町に着いたのが昨日で、都を出たのは朝だったから……」

 酔った頭ではすぐに答えが出て来ないようだ。
 でも幸い、男はまだそれほど酔ってはいなかったらしい。

「出発の前に騒いでいたのは何日だったか……うん、そうだ。捜索は四日前だ」
「四日前……」

 私が都を出たのは七日前だ。そして、四日前に魔道学院で一斉捜索があった。
 つまり。

「……あの三日後だ!」

 私が魔道学院を離れた三日後に、偽装身分証に関する一斉捜索が始まったらしい。時々見かけていた非合法生徒や非合法業者が摘発されたようだ。
 すれすれで逃げられたようだ。ナイローグのおかげで助かった。
 私は一人で青ざめつつ、小煩いけれど隙がなく気も利くナイローグに深く深く感謝した。
 
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