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承諾
しおりを挟むいつものように訪問してきたガストンに、ハールとの結婚の承諾を伝えた。
ガストンはほっとしたような顔をした。
すぐにハールもやってきて、真剣な顔で声をひそめた。
「本当に、俺と結婚していいの?」
「結婚しろと迫っていたのはあなたたちでしょう? ロイドが大きくなるまで男爵位は守らなければいけないから、利用させてもらうわよ」
「でも……ソフィア様は待っているんだろう?」
どうやら、ハールはまだ私の嘘を信じているらしい。
こういう気の良さがあるから、私はハールが嫌えない。恋人の件以外はいい人なのだ。
「本当は、私は誰も待っていないの。時間を稼ぎたくて嘘をついてしまったわ。ごめんなさい」
「……え、嘘? でも……」
「それより、あなたの恋人のことは私も知っているわよ。恋人さんが嫌でなければ、きちんとお迎えして。同じ家にいてもいいし、気になるなら別の家のままでもいいわ。だから、大切にしてあげて」
「……知ってたの?」
「知っているわよ。なぜ結婚しなかったのかは知らないけれど」
「だって、俺が結婚したら、ソフィア様に結婚を申し込めないだろう?」
「はぁ? 何よそれ!」
私は呆れた。
なのにハールはとても真面目な顔になって、でも少し不貞腐れたように目を逸らした。
「俺の家は金貸しだ。借金を盾にソフィア様に結婚を迫ることができる」
「実際にそうしていたわね」
「俺ならソフィア様を守ることができる。俺が結婚を申し込んでいる間は、他のクソ野郎どもは手を出せない。うちは庶民だけど、お金だけはあるからね! 家柄が欲しいだけの成金ジジイどもが来たとしても、軽く揺さぶって追い払える」
「ハール。言葉が乱れているわよ」
私はそう言ったけれど、ハールの横顔は真剣な表情のままだった。
……そうか。ハールは私を守ろうとしていたのね。
自分の心と、恋人と、子供を犠牲にして。
馬鹿ね。
そんなことをしてもらう価値なんて、私にはないのに。
でも、私はそんなハールを利用しなければいけない。まだ幼い異母弟ロイドと、義母アリッサと、フランジ男爵位を守るために。
「ありがとう。ハール。だから……結婚しましょう」
ハールはグッと口を引き結んだ。
そして、肩から力を抜いて、深いため息をついた。
「……わかったよ。手続きを進める。でも準備は簡単じゃないから、時間はまだかかるはずだ。もしその間に心が変わったら、その時はいつでも言ってね」
「変わらないわよ」
私はそう言ったけれど、ハールは鼻の先で笑った。
全く信じていないらしい。
時々、ハールはとても腹が立つ。昔のままだ。
結婚の準備は、なかなか進まなかった。
婚礼衣装用の布はすでにあったけど、デザインを一からやり直しているためだ。刺繍も、どこにどの模様を作るかを職人たちとハールが真剣に話し合うばかりで、なかなか進まない。
「そこまでこだわる必要はないわよ」
「いや、こだわる。ソフィア様が着るんだから、この世で最高のものにする必要があるんだ」
「無駄な出費だわ」
「必要経費だよ!」
ハールはこの調子で、あらゆるものにこだわっている。
ガストンは苦笑しているけれど、息子の暴走を止めようとはしない。むしろ、ガストンもよくわからないこだわりを発揮していた。結婚申請用の紙を一から作り直して、どれにするかをじっくり吟味しているのだ。
この親子、こだわりが強すぎるのではないかしら。
これで、よく金貸しなんてやっていられるなと思うけれど、仕事になると極めて合理主義になるらしい。
庶民のどこまでも上昇しようとする活力は、私のような没落貴族には理解できないようだ。
義母アリッサは私に何度も謝った。
そんな必要はないと何度言っても「私たちのために犠牲になるなんて」と泣いた。
異母弟ロイドは「早く大きくなって、姉上を救い出します!」と言っている。可愛いけれど、ハールは悪人ではないとしっかり教えなければ。
そう思うのに、ハール自身が「早く俺を倒せるようになれ!」と煽っている。子供をからかうのはいい加減にするべきだ。本気にされたらどうするのだろう。
そして私は、昔の屋敷に戻っていた。
買い取ってくれたのはガストンで、結婚したらこの屋敷に住むことになったのだ。所有権も私のものになるらしい。
この屋敷なら、ハールが恋人と子供たちを呼び寄せても問題はないだろう。庭も広いから、きっといい遊び場所になる。
久しぶりの屋敷の内部は、全く荒れていなかった。
それどころか、念入りに修理をされていた。グラグラして危険だった階段の手すりは、新しい部品に交換されてしっかりしていた。窓枠もほとんど全て交換しているようだ。隙間風がなくなり、開閉もできるようになった。昔は開かない窓が多かったのに。
ただ、カーテンだけは昔のままだった。
古びて色褪せているけれど、不自然なほど手付かずだ。ハールにどうするか聞いても「好きにしていいよ」としか言わない。
私はこの古いカーテンが好きだけど……裕福な金貸しの後継者の家が、そんな古ぼけた内装でいいのだろうか。
「でも、そのうちハールが好きに変えるかな?」
恋人さんの好みになるかもしれないし、子供たちが好きな色になるかもしれない。……もし、ハールが恋人さんと別の家に住むようになれば、この屋敷はロイドが引き継ぐかもしれない。
そうなったら、ロイドかその妻となる女性の好みに変えることになるから、このままでいいのかも。
今日もそんなことを考えながら、私は前庭へと出た。
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