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第一章 御伽の土地
再会
しおりを挟むトキノコの叫び声を耳にしながら、真っ逆さまに落ちた先。
現在俺は崖下から生えた大木の茂みに引っかかっている。
「はぁ……何してるんだ俺は」
幸か、不幸か。俺は通常の人間より頑丈な体質だった。
痛みこそ本物だが、怪我は嘘のように忽ち治ってしまう。
喰い姫に砕かれた骨も、トキノコが診ようとした際、ほぼ完治していたのだ。
その辺りの事情は……特に告げる必要もないと思って、口にしなかったが。
今となっては、余計な心配をかけないためにも言えば良かったな、と反省した。
落下の途中、崖の出っ張りに衝突して肋骨にひびが入ったものの、あと数分したら問題なく動けるだろう。
――さて、どうしたものか。
木登りや崖登りも別段苦手ではないが、流石にこの格好で絶壁を登れると思うほど、過信もしてない。
そうなれば一番確実で、現実的な案としては……。
「まあ、一度下まで降りて、上へ戻る方法を探そうか」
木の根元まで降りると、しっとり肌を湿らせる、重い霧が出ていた。
片腕を伸ばした先までの範囲しか見通せない。
手探りで障害物となる木々を避けながら、崖沿いを進む。
何処かに必ず上へ登る手段があるはずだ。
……そう考えてのことだったが、歩くほどに方向感覚を奪われ、あっという間に現在位置が不明瞭になる。
気づけば、一つの道標だった崖も見失い、同じような木々が立ち並ぶ林の中を彷徨っていた。
これは良くない、と元来た道を引き返そうとした。
しかし。
……何かに呼ばれたのだ、「タスケテ」と。
それは細い小川が隔てた先。
体を小さく折りたたみ、うずくまって泣いている者の声だった。
自分と同じく迷ったのだろうか?
飛び越えられない幅ではないから、あちら側へ行くのは難しくない。
……それにしても何故、向こう側だけ霧が晴れている?
不思議に思いながらも、一歩踏みだす瞬間。
「それ以上はいけないよ」
そんな台詞と共に、突然後ろから力強く腕を引かれる。
頭上から聞こえた男の声は、聞き覚えがあった。それもつい最近。
その者は、傾く体を難なく抱き止め、空いた手で俺の目を塞ぐ。
背中越しに感じる、どこかひんやりとした感覚を。
――でも、なんだろうか。この圧倒的な既視感は。
前にも、似たようなことがあったような。
『――それ以上奥へ行ってはいけないよ』
違うのは体格差……いや、厳密には身長差。この男はもっと大きな存在に感じていた気がする。
それが一体何を指し示すのか?
『――門まで送ろう』
単純かつ明快。俺が小さかったのだ。
…………あぁ。だからきっと、幼かった頃の話だ。
ならばどこで会った?
実家……でこんな軽々しく俺に接する者はいなかったし、外部の者と関わりを持ったのは、あの一度きり。
俺の人生を狂わせた、忌まわしい一夜。
『――ワタシの名は……ト』
かつて掛けられた言葉の節々が蘇る。
「まさか、」
「しーっ。問題児だね、まったく……こんな場所まで来ちゃってさ。ほら、戻るよ」
「なに、が」
「アレは残骸だ。分かりやすい罠だよ。ここの小川は此方と彼方を隔てる境界さ……言ってる意味分かる?」
「……なんとなく」
「よろしい。くれぐれも目を合わせないで。ちょっかい出される前に行くよ」
「助けてくれたのか」
「まぁ、そうなるかな? さあ。ボクだけ見て、ボクの声だけ聞いて、ついて来なさい。それとも……」
その台詞を合図に拘束が解かれ、パッと身体を離れた。
わざわざ正面に回り込み、顔を覗きこんで、視界を独占してくる。
そんな銀色の長髪で片目を隠した優男は、妖しい笑みを浮かべ、口を開いた。
「昔みたいに手を繋ぐかい?」
「……! いいや、結構だ」
幼少期の記憶が呼び起こされる。
何故今まで忘れていたのか。
この声、この顔間違いない。
あの時の男だ。
「そう? じゃあ、はぐれないようにね」
つい今しがた見せた妖艶な表情はなりを顰め、人当たりの良い雰囲気で微笑み、歩き出す。
一瞬躊躇したものの、ここにとどまっても仕方ないので大人しく後へ続いた。
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