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ChapterⅢ 冥界

第9話

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 俺は、美しく艶めく黒い髪をそっと撫でていた。
 彼女は、俺の頬に指で触れると優しく微笑む。
 今まで見せたことのない極上の甘さをもって。



 ゼフィアの正論が俺の胸を撃ち抜いてから、なんとなく気まずくなっていた。

 なんとか状況を打破する策はないか……
 ナイフ投げでもしてたらいいアイデアが浮かぶかもしれない、と安易な考えで中庭に出た。

 不思議だった。
 冥界に来るたびにその暑さを実感しているが、王宮内はひんやりとして涼しい。

 見上げると、薄雲が幾重にも重なり、空を覆うように隠していた。
 その雲間からは微かな陽射しが降り注ぎ、オブジェが不思議な形の影を作っている。

 今まで何度も足を踏み入れていたのに、そこかしこにに白い花弁の植物が群生しているのには、全然気がつかなかった。

 白い花びらの舌状花で、花芯は鮮やかなブルー。
 凛とした姿だ。

 レストが何気無しに見ていると、ゼフィアの侍女が通りかかった。

「それは、冥界でしか咲かない花なんですよ」と教えてくれる。

 何本か手に取って香りを確かめると、それは覚えのあるものだった。
 あの不思議な香り。

 よくある花の甘い匂いではなかったから、分からなかった。

「この香りだったのか……」
 彼女のことが少し分かったような気がして嬉しくなる。
 レストはそのまま、ゼフィアの部屋に向かった。


 部屋にいたゼフィアは、預かった魂の書類に判を押しているところだった。
 レストの手にしてる花を見て、彼女は一瞬、目を見開いた。ギョッとしたのだ。

 王宮内にとどまっていれば、おのずと目にするだろうが、迂闊うかつだった。

 何を言われるかと、ドギマギして彼の言葉を待つ。

「こんなキレイな花があるんだな。これだろ?……君の香り」

「そうなの。実はその花には……」

 隠しておけなくて、ゼフィアは話してしまった。
 その花の効果のことを。
 それを使ったことを。

 いや、当然話すべきだったのだけど、ちょうど今、そのきっかけがやってきた。


 全て聞き終わったレストは、何も言わない。
 ソファに座ったまま、俯いている。

「レスト……?」
 ゼフィアは心配になってきて、彼の隣に移動した。

 もちろん、これはレストの罠だ。

「そんなにオレをつなぎ止めたかったんだ?」

 レストは、いつになくイジワルな瞳でゼフィアを捉えると、彼女を囲むようにソファに手を付いて上体を傾けた。
 押されるように彼女はソファに倒れ込む。

「おかしいな。オレは、最初から……」
 言いながらレストは、彼女に顔を近づける。

「君に捕われてたのに」

 そして、そのまま彼女の唇に触れた。
 優しくて、それでいて奪うような触れ方で。


 可哀想だが、花は捨ててしまった。
 だって、そんな代物は必要なかったから。

 髪を撫でていると、彼女が、最上級の糖度の瞳と微笑でキスをくれた。
 思わず、俺が呼吸の必要性を忘れるほどの。

 離したくなくて、つい強めに抱きしめてしまった。
 様子を見るため、ちょっとだけ離すと、青白いのが常の彼女の顔が少し赤い。

 ヤバッ……
 可愛すぎる。

 意を決したような面持ちで、彼女が言った。
「もし、なれるとしたら、どうかしら?私と同じものに、なれるとしたら」

 同じもの……?
 彼女の言い回しは、時に詩的だ。

 言葉遊びなぞなぞのようだが、これは思い当たることがあった。

「もちろん、そうなりたい」

 迷いのない答えに、彼女はやや面食らい気味だった。
 だが、すぐに心配そうに
「本当に?……よく考えてくれていいのよ」と気遣う。

「だって、仮定の話だろ?そうじゃなくても、覚悟はできてるつもりだけど」

 なんだか、プロポーズのようだったから、俺は笑った。
 彼女は曖昧に微笑んでいた。

 その瞳は、これが冗談ではないことを物語っていた。



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