上 下
13 / 25
ChapterⅢ 冥界

第1話

しおりを挟む
 
 冥界の出入り口は洞窟のように深く暗い。永遠に続くかと思われる階段が地下まで続いていて、覗き込めば、それはまるで深淵だ。

 ギアはホテルに残った。
 彼は、邪魔はしないという言葉を守ったことになる。

 ひとりで通るのは二度目。
 ここは、幼いころに過ごした場所を彷彿とさせる。
 冷たく暗い、壁と床が唯一の視界の部屋。
 でも、今はゼフィアに繋がる道程みちのりでもある。

 冥界を今のままにはしておけなかった。
 王による暴挙。
 ゼフィアの依頼の理由でもある。

 そんな父親だ。
 もしかしたら、彼女への扱いも悲惨なものかもしれない。
 あの優雅な微笑からは計り知れないような。

 レストは自然と足が早まるのを感じていた。


 彼の心配通り、彼女は王宮内に幽閉されていた。
 王家の石を嵌めた剣を持つブレイカーの噂は瞬く間に広がり、予期していたより早く王の知るところとなった。
『D』の活躍の賜物だが、ゼフィアの誤算でもあった。

 彼女は当然、追及を受けたが、頭を低くして慎ましやかに言ってのける。
「お父様には感謝こそすれ、そのような、恐ろしい大それたこと考えるはずがございません」

「可愛い娘がわたしの死を望むわけがない。全ては妃の仕業であろう」
「このような企ての前に死なせておけばよかった」

 彼女は、耐えた。
 長い年月を積み、作り上げた笑顔の仮面は精巧で、王はすっかりゼフィアが自分の傀儡と信じ込んでいるようだった。

 だが、付け加えた。
「ゼフィアも狙われる恐れがある。王宮からは出るなよ」

 彼女は頷くほかない。
 監視はより強まり、彼に伝える術はなかった。



 ここは、相変わらず真夏のような暑さだ。
 疑似太陽だから、日焼けはしない。
 ゼフィアがそう教えてくれた。
 考えてみれば、地下に光が届くわけはないのだけど。

 宿屋のオネーサンが威勢よく接客しているのが見えた。
 不思議なことだが、随分前の景色のように思える。
「やぁ」
 声をかけると、「あぁ、ダイヤの人!」と明るい声が返ってきた。
 なぜだか懐かしい気分に浸りながら、彼女に王宮の場所を尋ねる。

「王宮は今、厳重警戒で、厳戒態勢だよ。旅人なんて入れてくれないって」
「一体、何があった?」
「それがね……」

 だいたい把握できたところでオネーサンにお礼をして、レストは王宮へ向かった。

 この指輪を付けて入るのは危険か。
 レストは、ダイヤモンドの小袋のひとつに忍び込ませた。
 でも、今は見つかった時のことより、ゼフィアのことが気がかりだ。

 確かに、王宮の門とおぼしき場所は、いかつい門番が複数いて物々しかった。

 仕方ない。
 彼は、営業スマイルで近づいた。

 ゼフィア様に呼ばれた、と言うと、どうやら本人に確認を取っているようだった。

 彼女は、王宮なかにいるということか。
 それが分かれば、ここで門前払いされても、後で忍び込んで彼女に会える。

 近くで彼女の声が聞こえた。
「私が頼みましたの。質の良い宝石が欲しくて」
 レストに気づいて機転を利かせてくれたようだ。

 門番は、大門ではなく通用口を開けて通してくれた。
 この警戒態勢をものともしない、王女の一言の重さに少し感心する。

 扉の先に、彼女がいた。
「どうぞこちらにいらして」

 艶やかな髪は緩く後ろで編みこまれ、美しいレースが首元を覆うデザインの黒いドレス姿。丈はいつもより短めで、彼女の美しい脚が見る者の目を惹く。

 だが、レストは彼女の目を見ていた。

 ゼフィアの深紅の瞳の奥で、輝きが増したのを。
 彼を映したその瞳の奥で。

 彼女は、客室に宝石商の彼を招いた。
 自室より監視の目が緩いことを期待して。

 扉を閉めた瞬間、彼女は小声で非難を浴びせる。

「なぜ来たの⁈ ……危険すぎる」

「拘束されていたわけじゃなくて、安心したよ」

「分かってない。皆、あなたを探してるのよ」

 こんな彼女は初めてだ。
 こんな、感情を露わにした彼女は。

「心配しなくて大丈夫。自分の身は守れるよ」
 安心させるように、笑って余裕を見せる。
「オレは暗殺者プロだよ」

 彼女はこんなにも必死に俺を心配している。
 ヘンな気持ちだ。
 嬉しい。けど、それだけじゃない感情が胸を激しく叩いていた。

「……だとしても、注意してね」
 レストの手に指輪がないのに気づいて、少し安堵したようだ。

「私は、しばらく王宮ここを出れそうにないの。あまり長くいると怪しまれるから、もう行くけど……今日はこの部屋に泊まってくれる?」

「君がそういうなら」

 去り際の彼女に、小さな箱を渡す。
「何もなかったら怪しまれるだろ?」

 そのジュエリーケースをそっと開ける。
 白いシルクのクッションの上に、彼女の瞳より大きいルビーが載っていた。

「これ……用意してたの?」
 ゼフィアは驚いて彼を見上げる。

 レストは、その瞳の輝きに見とれた。

「このためじゃなかったけどね。なんだか君のようだと思って。もちろん、比較にならないくらい君の瞳の方が美しいけど」

 こんな形で渡すことになって残念だった。
でも、役立てるなら今しかない。

「ありがとう……助かったわ」

 彼女の返事は素っ気なく、なんだか早く部屋を出たがっているようだった。

 レストは、ずっと抱きしめたい衝動を抑えていた。
 やっと会えたのに。会うために来たのに。
 胸の中を何かが震わせる。

「まだダメだ」

 引き寄せて彼女の腰に両手を回す。
 腕の中に閉じ込めて、じっと見つめる。
 引き留めたい一心で。

 彼女は、はっきりそれと分かるように目を逸らした。

「もう行くわ」
 それだけ言うと、彼の手をほどいて部屋を出て行った。
 明らかな違和感を残して。

 今日のゼフィアからは不思議な香りはしなかった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...