上 下
2 / 8

2話

しおりを挟む
 婚約者だったナドクに呼び出されてすぐ追い出された私は、トイスノー子爵家の屋敷に戻っていた。

 騎士試験に合格して元婚約者の心を折るという目標ができたけど、試験までに調べたいことが幾つかある。

 まずは今日の出来事を報告しようと執務室に行くと仕事中のお父様がいて、私を目にして驚き椅子から立ち上がる。

「さっき行ったはずなのにもう戻ったのか! ナドク様は今度こそ騎士試験に合格しそうか?」

「婚約破棄を言い渡されました」

「一瞬で彼の合否がどうでもよくなってしまった……ルミナを愛人として置くとか提案しなかっただけ、マシだな」

「あの人はキャサリン様が好きなので、私はタイプじゃなかったのでしょう」

 小柄で丸々とした可愛い系のキャサリンと違い、私は女性にしては長身だ。

 成長期に鍛え続けたからなのか、とにかく長い銀髪が似合っていると自負している。

 それでもナドクがキャサリンと浮気していた辺り、彼の好みは私じゃなかったようだ。

「そもそもルミナがいるのに浮気をするとはな。原因はナドク様にあるのだから、婚約破棄でこちらに被害はない」

「婚約破棄された令嬢と私の評判が下がりそうですが、すぐに浮気したナドク様がクズだったと噂されるでしょう」

 キャサリンと浮気しているかもしれないと話していたからか、婚約破棄の報告を聞いてもお父様はそこまで驚いていない。

 悪いのは間違いなくナドクの方だから、慰謝料をとれるだろうし構わないのでしょう。

 口元に手を置くお父様は、私に尋ねたいことがありそうだ。

「これからどうするべきか……ルミナはどうしたい?」

「来月ある騎士試験を受けようと思います」

「合格すれば私達の家は安泰だが、騎士試験の合格者は1人、多くて2人とされている」

 どうやら最低でも1人は合格者が出るようで、合格ラインを越えられない人ばかりのようだ。

 それほど厳しいけど騎士になることは名誉であり、1年務めれば肩書がつく。

 求められるのは実力だけで子爵令嬢でも問題ないらしく、お父様としては合格できるか不安になっていそう。

「試験内容は知りませんけど、私がナドク様より優れているのは間違いありません」

 ナドクに試験で何があったのか聞くと機嫌が悪くなり教えてくれなかったから、何も知らないのよね。

 お父様は知っているようで、指を3本立てて私に見せる。

「試験内容を説明すると、身体能力・魔力・実技の試験があり、その総合評価で決まる。身体能力は用意された岩を剣で攻撃だ」

「岩なら両断できそうです」

「そ、そうなのか……岩をどれだけ破壊できるか評価されるらしいぞ」

 それなら両断するのはダメなのかもしれない。

 加減した方がよさそうで、次は魔力ね。

「魔力は魔法の性能を見るようだ。ルミナは炎魔法に長けていたから、火球を操作できるかどうかだな」

「火球を手の平に作ることはできますよ」

「優秀だが、それで合格は無理だ。火球を自由自在に動かすことができるかどうかで、15歳なら前方に飛ばせば上出来とされている」

「火球程度なら複数出して、こんな風にできますよ?」

「ちょっと待て! 私が知らない間にどれだけ成長している!?」

 お父様の話を聞きながら私は火球を3つ手の平から順に出し、お手玉をしているかのように宙に浮かべ動かしてみせた。

 手を一切動かしていないから魔力による操作と一目でわかり、唖然としたお父様が叫ぶ。

「ナドク様が実行して私にもやれと命令した、元騎士によるトレーニングを頑張りました」

「凄まじいな、流石は元騎士様……そういえば、ルミナはナドクに「昔の話」をしたのか?」

「聖獣の存在についてはは隠しましたけど、私と関わった人は疲労しにくいとは以前から伝えています。それでもキャサリンが使える癒しの魔法によるものと思ったみたいです」

 隠している理由は、助けた聖獣に加護のことは話さないで欲しいとお願いされたからだ。

 私に癒しの力がある程度で説明は構わないみたいだけど、聖獣について知っているのはお父様と私だけ。

「聖獣様を私は実際に見ていないし、ルミナが助けたというのも生命力を分け与えた程度だったな」

「はい。与えた後に聖獣はいなくなり、私は眠くなってしまいました。眠れば回復する程度の生命力を与えただけですけど……聖獣からすれば、命の恩人だったみたいです」

 助けた聖獣は龍の子供みたいな姿をしていて、私と会話することもできた。

 助けを求める声が聞こえたから、声の場所に向かっただけなんだけど……助けて加護を授かり、私や私と関わる人を癒やすことができる。

 その力はお父様も実感していたようで、ナドクも婚約者の時は恩恵があったのは間違いない。

 これからその恩恵がなくなっても、婚約を破棄したのだから私には関係のないことだ。

「話を戻そう……騎士試験に合格、できそうだな」

「私も同じことを考えていました」

「騎士になったルミナには、騎士の婚約者を見つけてきて欲しいものだ」

「婚約者を探しにいくわけではありませんよ」

「私が勧めた人があれだったから、次は自分で決めた方がよくないか?」

「それはそうかもしれません。お父様は人を見る目がなさ過ぎました」

 お父様の評判がいいから私に縁談が幾つかきたようで、一番立場がいい伯爵家のナドクを選んでしまう。

 思わず文句が出てしまうと、お父様は私に頭を下げる。

「すまなかった。騎士試験の手続きはしておくが、落ちても気にしないから気楽に受けてくるといい」

「絶対に受かってみせます。ナドクがどうなるのか楽しみです」

 騎士試験に合格して心を折り、騎士として活躍することで更に折る。

 話を一切聞かずに見下してきた人達は不愉快で、特に婚約破棄の元凶であるナドクは許せない。

 その後の私は元騎士のトレーニングを更に多くこなしていき、騎士試験に備える。

 合格するため全力を出すつもりで、それが騎士試験の時に騒動を引き起こすことになるなんて――この時の私は考えていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

病弱な愛人の世話をしろと夫が言ってきたので逃げます

音爽(ネソウ)
恋愛
子が成せないまま結婚して5年後が過ぎた。 二人だけの人生でも良いと思い始めていた頃、夫が愛人を連れて帰ってきた……

処理中です...