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第57話 実食

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間の話は割愛しても構わないだろう。


マフィアのボス、ドムから結婚の許しを得た二人は歓喜の声をあげて
その場で踊り出した。
俺もデイモンドたちもその姿を見てると、ややこしい事態に巻き込まれた割に
微笑ましい終わり方をしたもんだと思わず苦笑いをした。

ドムの屋敷をあとにするととりあえずみんなでキオトの町に戻り
『キッチョウ』の大将にバーグ君が無事であることを伝えた。

「ま、俺は最初から分かってたけどね」

強がりなのか本音なのか大将はそう言った。
まぁその辺は親しい者同士で通じ合うようなものがあるのだろう。

「さてと、これからどうしようか」

モミジがそう呟くと

「そうだな、まだ俺たちはこの一連の出来事に対する報酬をもらってないぞ」

デイモンドが大将に…いや、バーグ君に対してそう言った。
バーグ君は気まずそうな顔をしながら言った。

「でも僕たちが渡せるものなんて」

「美味い料理」

「え?」

「俺たちはうまい料理を食べにこの店に来たんだぜ」

バーグ君の顔がぱぁっと明るくなった。

「わかりました。大将!」

「あぁ。任せときな」

そういうと二人は厨房へと戻っていった。
この店はカウンターから厨房の様子がうかがえるようになっている。
俺たちはテーブル席についてその様子を見守ることにした。
俺が最初にこの町に来たときには、タダメシを食おうとするデイモンドに
遺憾を覚えていたが、ここまで振り回されたのなら話は変わってくる。


「楽しみだぜ」

「そうね!」

セーラやモミジもワクワクを隠し切れない顔でそう言った。
しばらくすると、俺たちのテーブルの前には高級食材を使った
彼の創作料理が並べられた。

「いただきます!」

その料理はどれも美味しく、この店が有名になるのも納得の出来だった。




料理を堪能した後、俺たちは店を出た。腹も膨れて準備もバッチリだ。
店先までバーグ君が見送りに来た。

「ごちそうさまでした!」

「トールさん!グレースさんによろしくお伝えください!」

「あぁ。わかった」


そんな会話をすると、俺たちは歩き出した。
次の目的地は砂漠の町『バーシュ』だ。
ついに最後のアイテムである金の鍵を手に入れる旅が始まる。

バーシュに行くにはオスカーの検問所から外に出たほうが近い。
ドムファミリーとのやりとりのあと、送り届けと料理の報酬を貰うために
キオトの町まで戻ってきたが、結局またオスカーの町に逆戻りすることになった。
まぁこの2つの町はそこまで離れていないので特に手間というわけではないのだが。
結局、カイユー館(ドムの屋敷)でのやりとりやキオト~オスカー間の往復等に
時間を費やしてしまったのでオスカーの町を出発するのは翌日になってしまった。

昼間に豪勢な高級料理をふるまってもらった俺たちは
夜は簡素なものだけ腹にいれると、デイモンドの部屋で今後の計画について話した。

「さてと、これからどうする?」

「おーっと、その前に、ンン」

デイモンドが妙な咳払いをする。

「?」

「?」

「?」

俺を含めた3人ともデイモンドが何を言いたいのかまったくわからなかった。

「あー!わかっているだろう?トール!お前だよ!」

「え、俺?」

なんだろう。何か見落としてることがあったか?

「キオトのガキンチョと別れたら元の姿に戻る約束だろ!!」

「あ、あぁ」

いろいろあってすっかり忘れていた。

「そうだったな」

俺は偽装の指輪を指の中できゅっとひねる。
体が少し光り、ポンっという音がすると俺は黒髪美少女の姿になった。

「さて、ん?えええええええええ」

俺はなぜか赤いネグリジェの姿になっていた。

「ほほぅ~~♪」

デイモンドは嬉しそうに目を細めてニヤついている。

「ちょ!ちょっと待ってろ!!」

俺は急いで自分の部屋に戻ると上着だけ取ってきて上に羽織った。
これはどういうことなんだ?なんでいつもの赤いドレスの姿じゃないんだよ!!

軽い混乱をしながらも俺はしぶしぶとデイモンドの部屋に戻った。

「さっきの格好のままでもよかったのにぃ」

デイモンドがゲスい茶化しをしてくる。

「よくないわよ!」

「そうだぞ、このセクハラ親父が」

セーラとモミジが俺に加勢してくれた。
なんとなくモミジは俺がこの姿の時は積極的に助けてくれている気がする。

「ま、まぁそれよりこれからの計画についてだ!!」

俺は強引に話題を変えるように言った。

「へいへい」

そういうとデイモンドは再び地図に視線を落とした。

「これまでの俺たちの旅だが、カンヌグの町を出発して、ターミアの町で魔女と対峙
キオトの町でバーグ君に会い、ポーテム山を登ってアイテムを入手、現在はキオトの
隣町であるオスカーの町の宿屋に滞在中だ」

俺たちは彼の言葉に黙って頷いた。

「このあとはバーシュの町に向かって進むことになる。これまでと違って
バーシュの町は砂漠の中にあるから準備が必要だ。直前にセーヨの町というのがあるから
そこで砂漠を超える準備、そしてナビゲーターを雇うことになる」

「ナビゲーター?」

セーラが不思議そうにデイモンドに聞いた。

「ポーテム山はそこまで標高が高くなかったこともあって俺たち素人でも
なんとかなったが、バーシュ砂漠はかなり広大だ。地元の地理感をもったガイドを
雇わないと灼熱の砂漠で迷ったらミイラになっちまうぞ?」

「なるほど、そういうことね」

「ということで、とりあえず俺たちが目指すのはセーヨの町だ」

「オッケイ」

「バーシュの後についてはその後に考えよう。とりあえず今は目の前のことに集中する」

デイモンドは手をパンと叩いた。

「何か質問は?」

俺はデイモンドに聞いてみた。

「経路とかに懸念点とかはあるかしら?」

「いや、とりあえずセーヨの町まではこれまでと同じような道なりだ。
道中に出てきたモンスターを倒しながら野宿しつつ街を目指すことになる」

「なるほど」

「セーヨの町以降は砂漠地帯に入るからモンスターの質もガラッと変わる。
砂の中を生きてるサンドワームや砂漠地帯に生息するサンドバード。
そういった変わり種の連中に注意しないといけないくらいかな」

「了解」

「あとは、セーヨの町まではアルム聖国だがバーシュの町はバーシュ共和国という別の国になっている」

「別の国か…」

確か魔女の城で習った。
この世界は『プローゼ帝国』と『アルム聖国』の二大大国が存在し、
そのほかに小さな国がいくつか存在していると。
つまりバーシュ共和国はその小さい国の一つというわけだ。

「だからと言って帝国や聖国と敵対しているわけではないから基本的なルールが
変わるわけではないが、別の国だからギルド関係の援助はほぼないと考えていいだろう」

「まぁ仕方あるまい」

セーラが寝間着姿なのに大剣を抱えながらそう言った。

「ねぇ、もうすぐ寝るっていうのにそんな大層なもの持っててしんどくない?」

俺が純粋な疑問でそう聞くと

「何を言う!剣士にとって剣はいつ何時でも身近に持っておくべきものだ!」

「…そ、そう」

そこまで信念があるのなら仕方あるまい。

「しかし残念だな」

デイモンドがそう呟いた。

「なにがよ?」

「いやぁ、プローゼ帝国やアルム聖国なら勇者特権でいろいろできたのに
バーシュの町ではそういうことできないなって。まぁ―」

そこまで言いかけてデイモンドは口をつぐんだ。
そのあとに続く言葉が予想出来て俺たちは呆れ返ってしまった。

『まぁセーヨの町で勇者特権をかざして女を抱けばいい』

そんなところだろうな。

「ほどほどにしとけよ、人間関係の悪化は旅に支障をきたすからな」

セーラがそういうとデイモンドは面倒くさそうに

「わかってるって」

と言い返した。

一緒に旅を続けてきてそれなりに信頼関係は築けているつもりだが
俺はどうにもこのパーティの一般市民を下にみる癖には慣れなかった。

「トール様はどうなんですか?」

モミジが突然そんなことを聞いてきた。

「どうとは?」

「なにかやらないのですか?」

何を意図した質問なのかまったくわからなかった。

「なにかって、どういうことですの?」

「それだけ強大な力を持ってるのならなんだってできるでしょう。
それを行使したりしないのですか?」

「………」

確かに高レベル魔女である俺はやろうと思えばなんでもできるのかもしれない。
だが、俺の前世での小市民、つまるところ善良な一般市民としての
プライドで、魔女の力で酒池肉林を築こうとは思えなかった。

「変なことを聞いてすみません」

モミジが慌てて謝ってくる。俺が無言だったので変な質問をしてしまったと
勘違いしてしまったようだ。

「いや、いいのよ。今は特にそんな予定はないわ」

「そ、そうですか」

そういうモミジの顔が少し残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
するとデイモンドが大声で言った。

「よーしじゃあ、恒例の部屋分けタイムだ!」

バタン

デイモンドのしょうもない余興が始まる前にみんな自分の部屋に戻った。
今宵は部屋が空いてたこともあって一人一部屋が用意されていた。
こういった旅ではなんとも贅沢な話だが、ここは有難く使わせてもらおう。

証明が落ちたままの薄暗い自室。俺は証明は付けずに窓を開けた。
季節は冬だから少し肌寒い。これからいくバーシュ砂漠は灼熱地獄だそうだ。
気温差で体調を崩しそうだな。

窓の外から見えた月はやたらと鮮明であり、冬の空の綺麗さを表しているようだった。
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