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第36話 帰郷
しおりを挟む結局、勇者たちには1週間の猶予をもらうことができた。
それまでに彼らについていくか否かを決めるしかない。
デイモンドとしてはついていくのは既に決定事項かのような
話しぶりだったが、彼ら自身も戦い続きで休憩したかったのと
名目上は俺がこの街を離れるための準備の時間ということだった。
その日の夜、俺は明かりを消したまま、寝室の窓を開けて夜空をぼんやりと眺めていた。
俺は既婚者だ。結婚から2年経ってもはや新婚とはいえないかもしれないが
それでも、妻がいる身なのだ。
本来猶予とかそういうことではなく、即効断るべきだった。
王命がどうとか言っていたが、魔女の力で根回しをすればそれくらいは
ねじ伏せることができるだろう。
なのに俺は即決できなかった。
改めて思う。俺は何がしたいのだろう。
地球にいたとき、俺はバックパッカーとして世界を放浪する夢を持っていた。
結局大学卒業後にすぐに就職してしまったので
その夢は夢のまま立ち消えていた。
こちらの世界に来たときに、そして魔女の城を飛び出した時に
この世界を旅しようと考えていたはずなのに
気が付けば最初の街で根を下ろして生活をしていた。
人生とはこんなものだといえばこんなものかもしれない。
でも……
「ん?まだ起きてたのかい?」
薄暗い部屋の中にグレースが入ってきた。
「うん、ちょっと星を見ていてな」
「アンタ、星を見るのが好きだねぇ」
そりゃそうだ。東京という町では星も満足に見ることもできなかった。
だがこの世界では星はちゃんと空に存在していたし
夜はちゃんと暗かった。夜が暗いというのは都会育ちの俺としては
軽いカルチャーギャップだった。
もちろん、知識としては夜が暗いのは当然だというのは理解している。
それでも東京に住んでいると「真の闇」を経験する機会などなかなかない。
だがこの町ではそれが日常的に訪れるのだ。
「ねぇ」
「ん?」
グレースが俺の隣に座って話しかけてきた。
「行ってきたらどうだい?」
「え?」
「アンタ、前に言ってたじゃないか。世界中を旅するのが夢だったって」
「そりゃ…そうだけど」
「これもいい機会さね、行ってきなよ」
グレースは微笑みながらそう言った。
魔法具の光を消した部屋で月明かりだけが俺たちを照らしていた。
暗闇の中に浮かぶ彼女の顔。
そこからどうにか感情を読み取ろうとしてみても、どうしても闇がそれを邪魔してくる。
寂しそうに微笑んでいるのか、嬉しそうに微笑んでいるのかすら俺にはわからない。
「しかし、店のこともあるだろう?」
「そんなもんどうにでもなるさ。そりゃ店の目玉メニューの高級ドラゴンステーキの
提供はしばらく休止になるかもしれないけど、コックは代わりのひとも見つかったし
入荷は親父の代のときみたいにギルドに頼んで仕入れるさ」
そう、店に人数が少ない問題を解決するためにコックの求人を出して
つい先日、そこそこ腕の立つ女料理人を採用したところだった。
俺はもともと料理人だったわけではないので、彼女になにか教えることなどない。
彼女と入れ替わりでいなくなっても一応は店を開くことはできるということだ。
「でも……」
グレースは真面目な顔をしていった。
「ここで行かなかったらアンタの人生、一生その選択を悔やむことになるんじゃない?」
「む……」
それはそうかもしれなかった。
それに、これが今生の別れというわけじゃない。
旅がどのくらいかかるかわからないが、2~3年で済むなら
人生経験の一つとしてこの地を離れるのもありかもしれなかった。
だが、もし旅をするにしても筋を通さないといけない相手がいる。
「わかった。ちょっと相談したい相手がいるんだ。2,3日店をあけてもいいかな?」
「あぁ、そりゃかまわねーけど。相談したい相手って?」
「セブンスのおっちゃんのところだよ」
「セブンスの旦那に相談するのかい?」
「まぁ、あっちに地元があるんでね。いろいろその周りの人に聞いたりするよ」
俺は少しぼやかしていった。
セブンスもそれなりに幹部だが俺が話したい相手は別にいた。
「わかった。アンタの気のすむようにしな」
「すまない。でもなんでこんなこと許してくれるんだい?」
俺は苦笑しながら言った。
「ま、アンタを店に縛り付けたのは私のワガママな面もあるからね。
その代わり旅から帰ってきたらコキつかってやるから覚悟しなよ!」
グレースは腕まくりをしながらそう言った。
「ははは」
俺は何となく指にはめている結婚指輪を擦った。
グレースが隣にいるからかなり強めに光る。
さすがに光源とまではいかないが、部屋の中がうっすらとだけ明るくなった。
グレースもそれを真似して指輪を撫でる。
二色の光が部屋を包み込み、グレースは俺の方に頭をのせてきた。
「絶対に帰って来いよ」
「……わかってるよ」
そのあとはお互いに言葉などは不要だった。
―次の日
俺はある確認をするために魔女の城へと戻ることにした。
魔女の城に行くのは卒業して出て行ったきりだ。町でブラブラしてた期間が1年、グレースと結婚してから2年。
あわせると3年ぶりということになる。
とはいえ、買い出し組とは頻繁に顔を合わせていたこともあって「懐かしい顔ぶれ」という感じでもなかったが。
俺は城の入り口まで行くと偽装状態を解いた。
すると、すぐにザワザワとした感覚が俺を襲った。
「おい!テメェ!!!」
後ろから誰かが大声をあげて俺に呼び掛けている。
俺は声の主に振り返った。
「…って、誰かと思ったらトールじゃねーか!」
「なんだ、ケイさんですか」
紫のキャップに使えるわけもないのに首から下げているヘッドホン。
相変わらずパンク(?)な格好をしたケイがそこに立っていた。
「いきなり高レベルの存在が現れたから襲撃されたのかと思ったぞ!!」
ケイは驚いたようにそう言った。ケイは魔女の城の回りを囲っている
魔女の森、通称「迷いの森」の管理人だ。
人や魔族が侵入して悪さをしないように見張っている。
だからこそ、いの一番に駆けつけてきたのだろう。
「ごめんごめん」
俺は片手を挙げながら謝った。
「しかし、しばらく来てなかったのになにか用か?」
「ちょっと野暮用でね」
ケイと話していると城の入り口のドアが開いた。
「変な魔力を感じたと思ったらやっぱりトールか」
セブンスだ。よく考えたらセブンスに街で会うときはいつも
オッサン形態だったので、素面のセブンスと会うのはかなり久しぶりに感じる。
「あぁ、実はクロウさんに会いに来たんだけど」
「お、今は出張中だが夜には戻るそうだぜ」
「そうですか…」
「おめぇさんの部屋はそのままにしてるから休んでいったらどうだ?」
俺はセブンスの提案に素直に従うことにした。
「お言葉に甘えさせていただきますか、ここまで来るのにクタクタだ」
「ま、人や魔族が簡単に入り込めないように、入り組んだ作りにしとかないとな。ケケケ」
ケイが独特な笑い方をしながらそう言った。
彼女たちとの会話を切り上げて俺は城の中に入った。
エントランスにはチラホラとみたことがない魔女たちがいた。
新米魔女らしく、セブンスやケイのように高レベルの存在が現れたから
急いで飛び出してきたというよりは、ベテラン魔女が慌てているのを見て
後ろからひっそりとついてきたという感じのようだ。
おそらくこの3年で新規加入してきた魔女なのだろう。
俺はおどおどした感じでこちらをみてくる少女たちに軽く会釈をした。
彼女たちもおっかなびっくりといった感じだけどそれに返してくれる。
「お!トールじゃん」
少女たちにまぎれていたクリスが俺を見つけて声をかけてきた。
隣にはワンセットといわんばかりにリンゼイも引っ付いていた。
「二人は相変わらず仲がいいな」
俺は苦笑した。
「ん……腐れ縁」
リンゼイは白衣の袖で口元を隠しながらボソッと呟いた。
とはいえ、嫌な気持ちではないのだろう。
「そういえばメアリーは?」
俺がそう聞くと、二人は複雑そうな顔をして俺から視線を逸らした。
「まだ城にはいるけど…」
「今は会わないほうがいいと思う」
なにやら歯切れが悪い。
「でも…」
確かにここを出ていくときに喧嘩別れみたいな形になってしまった。
2年前の結婚式の時もメアリーは出席しなかった。
それでも、もう3年もたつのにまだへそを曲げているのだろうか。
「やれやれ、お子様だな」
なんとなく、微笑ましい気持ちにもなってしまう。
「メアリーはいつかトールに逢いに行くからそれまで待っててほしいって言ってたよ」
「というと?」
「トールと肩を並べられるようになってから再会したいんだって、日々の修行を頑張っているんだよ」
なるほど、そういうことだったのか。
だったら無理に探し出して会うよりも、彼女のタイミングに合わせて再会したほうがよさそうだ。
それにしても、あれから3年も経つのにある意味一途だな。
俺はそう思った。
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