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第34話 新章

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― トールとグレースが結婚して2年後


『ヤーシナの街』

カンヌグの隣にあるヤーシナの街もまたプローゼ帝国領だった。
カンヌグの街が比較的大きくて人が多いのに比べるとヤーシナの街は
豊かな自然を売りにしているような、そんな町だった。


そんなのどかな町のとある洋館。
静かな夜更けが街を包み込んでおり、虫の鳴き声がより一層静寂を際立たせていた。
だがそれとは裏腹に、その洋館の中では喘ぎ声が響き渡っていた。

「ふぅ…」

男はいかにも一仕事終えたといわんばかりに汗を拭うと
今まで抱いていた女をベッドの上に突き放す。

「キャッ」

女は悔しそうに男を一瞥したが、すぐに視線を逸らして毛布に顔をうずめた。

男はこの女の旦那でもなければ彼氏でもなかった。
なんならこの洋館の主人ですらなかった。

男の名前はデイモンド、人の女を寝取ることが大好きな屑野郎だった。
女はこの洋館の本当の主の妻だった。
彼女がこんな男に抱かれてしまったのには訳がある。

彼は『勇者』だったのだ。


この世界では人間はどれだけ鍛錬を積んでもせいぜいレベル150~200が上限だ。
100を超えていたら超人、武道の達人ともてはやされるレベルである。

しかしデイモンドはレベル400を超えていた。
そう、この男はすごく強いのだ…(人間にしてはだが)

魔王のレベルはだいたい1000前後と言われている。
確かに単体一騎打ちでは勝ち目が薄いところだが
デイモンドを中心とした高レベルパーティで挑めば
人類が魔族に勝つことも不可能ではなかった。

そう考えたプローゼ帝国とアルム聖国は彼に『勇者』の称号を与えたのだ。

勇者にはさまざまな特権が与えられる。
国民は勇者に出来るだけ支援を行わなくてはいけない。
そういう王命が下されたのだ。



つまりそういうことだった。



デイモンドは今しがたのお下劣運動会の汗を拭いながら洋館の1階に降りてきた。
勝手に台所を物色すると、そこにあった果実水を飲み干す。

「まったく、またやってたの?」

彼は後ろから声をかけらてた。

「へ、いいじゃねーか、これくらい俺たちの特権だぜ」

「仕方ないの無いやつだな」

建物の1階には2人の女がいた。
彼女たちはデイモンドの仲間だった。

モミジ、魔導士、後衛。レベル280
普段は黒ローブをまとっておりこの世界では珍しく黒髪の少女だ。
歳は18歳前後といったところだろうか。
普段の戦いでは魔法による支援を中心に行っている。
(この世界では魔女でなくても素質があればある程度の魔法を使える人がいる)

セーラ、剣士、アタッカー。レベル330
オレンジ色の髪をしており、髪はボサボサではあるものの長髪なので
うしろで括って出来損ないのポニーテールのような形になっている。
長髪なのはポリシーではなく単純に切るのが面倒くさいから。
彼女はアタッカーとして攻撃こそ最大の防御と言わんばかりに敵に特攻する。
しかし連携が取れないわけではなく、敵を引き付けるヘイト係の役を担うこともある。


と、まぁこういった2人だ。
どちらもそこそこの美形ではあるが、デイモンドに手を出されていなかった。
正確にはちょっかいこそかけてくるが、市井の無力な女性と違って
彼女たちはしっかり抗う力があったので彼が手を出せていなかっただけだが。

とはいえ2人はレベルはもちろんだが、パーティの形としても
デイモンドの『サブ』扱いであることは間違いなかった。
だからというわけではないが、彼女たちにしても
デイモンドが倫理観に反する行為をすることを特にそれを注意したりすることはなかった。
ただそれはデイモンドに畏怖していたというよりは彼女たち自身も
高レベル特有の「凡百どもとは違う」という選民志向があったので
特にひどいをことをしているという自覚がなかった部分もあった。


モミジはテーブルの上に置いてあったリンゴを丸かじりしながら言う

「それで、これからどうすんのよ?」

「まぁ、ちょくちょく魔物の侵攻を食い止める手助けをして
同時にレベリングしていくしかないだろう
魔王はレベル1000前後だと聞く。さすがに今の俺たちじゃ相手に出来ないだろ」

「うーん」

モミジは自分がかじったリンゴをじっと見つめながら言った。

「あのさぁ、私たちのパーティがこれからもっと『上』に行くには
新しい仲間が必要だと思うんだよね」

「新しい仲間?」

鎧を脱いでリラックスモードでソファでくつろいでいたセーラがモミジにそう問いかけた。

「今は私がバフやデバフ、回復と魔法支援系を中心的に担ってるけど
だんだん魔物や魔族たちも手強くなってるし、そろそろフォロー系の仲間を
もう一人増やしてほしいんだよね」

「うーむ」

デイモンドは腕を組みながら考えた。

「簡単にいうが俺たちは前人未到の高レベルパーティだぞ
そんじゅうそこらの凡人について来れるレベルじゃない。
求人をかけてすぐに見つかるわけがなかろう」

実際、この3人は2つの国が総力を挙げて見つけ出した高レベル人材の集まりなのだ。

「うん、それに関して耳寄りな情報があるんだ」

「情報?」

「なんでも隣のカンヌグの街に回復魔法の天才がいるらしいんだ」

「ほぅ」

「瀕死状態の子供を助けてきたらしい。次の日には子供はピンピンとしてたそうだ」

「ふん、まぁ盛ってるんだろうよ」

デイモンドは情報を過大にとらえてるのだと笑った。

「多少はそうかもね」

モミジはもったい付けて言った。

「でも行ってみる価値はあると思わない?」

「……」

デイモンドは腕組みをしたまま思案にふける。
彼はまだこの2人を「落とす」ことをあきらめていなかった。
変な奴がパーティに加入してくることでそれが妨害されることは
避けなくてはいけない。

「お前はその天才君はどんなやつか知ってるのか?」

「直接会ったわけじゃないけど、その噂によるとその人は
冒険者登録はしてるけど普段はステーキハウスで働いてるらしいよ」

「はっ!ただの店員かよ!」

デイモンドは嘲笑した。
モミジは彼のそういった腐った笑いに気付かずに…というか気付くこともできずに
続けて言った。

「奥さんと2人で店を営業してるらしいよ。店員というよりは経営者だね」

「ほぅ」

デイモンドの目の奥がかすかに光った。

(人妻がいるのか…)

「それで、どうするの?」

モミジの問いかけに

「まぁ会うだけ会ってみようかな」

彼の頭の中にはゲスな考えしか浮かんでいなかった。

(ただの料理屋の店員だ。脅せばいくらでも美味しい思いができるぞ!)

そんなことを考えながらデイモンドは1階の突き当りにある扉に目をやった。
そこにはこの館の本当の「主」がいた。
別にデイモンドが閉じ込めていたわけではないが、主はその部屋に籠っていたのだ。



実際のところ、デイモンドは品格こそ腐りきったゲスだが
この世界の人類にとって『希望』であることは間違いではなかった。

ヤーシナの街に魔族が侵攻を企てているという情報を得た領主は
勇者に撃退を依頼した。勇者はその依頼を見事にこなし切った。
それはこの世界の通常の冒険者たちにとってはかなり困難であることは言うまでもない。
だが、デイモンドはそれを成し遂げたのだ。
その成功報酬として「お金」と「人妻との一夜」を手に入れたのだ。
だからこそ、この館の主人…この町の領主はなにもいうことができなかった。



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