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第33話 遭遇
しおりを挟むその日は強い雨が降っていた。
グレースは先ほど自分の「夫」になった男を見送った。
彼は小さい子供を助けるために山を登りに行ったのだ。
「俺はこの近辺を捜索してみる!」
大声でそう宣言するダイトを彼女はちらりと視界にいれた。
(そもそもコイツが子供から目を離さなければこんなことにはならなかったのに…)
こんなことは言っても仕方ないことだと脳では理解しているが
心ではどうしても悪態が溢れて仕方がなかった。
トールに子供の捜索をお願いしたセブンスの方を見ると
彼はのんきにお茶を飲んでいるところだった。
「あの…」
「ん?どうかしたのかね?」
「いや…」
こんなタイミングで常連客(それも太客)に恨み節を叩きつけても
何の意味もないことは彼女自身が一番よく理解していた。
セブンスは彼女の葛藤を察したらしく
彼も自分の頬をさすりながら言った。
「トール君なら心配はいらんよ。彼はかなりの手練れだからね」
「…そうですか」
「冒険者の彼がいないからいうが、少年の生死はどうなるかわからないが
少なくともトール君がそれによってどうこうなることはない」
「……」
グレースは納得できなかった。なぜお前にそんなことがわかるのだと。
そもそも一匹狼みたいな生き方をしているトールと
どこぞの商売人のセブンスが旧友レベルの知り合いというのもおかしな話だ。
いったいどこにそんな接点があるというのだろうか。
しかしグレースの思いを知ってか知らずか彼は話を進めた。
「まぁ、トール君は身体的には無敵かもしれんが、心はそうでもない。
もし少年の身に何かがあった場合は奥さんである君が支えてあげるといい」
そういうとセブンスはお茶をずずっと飲み干した。
(なんだろうか…?)
グレースはなにか引っかかりのようなものを感じた。
いくら互いのことをよく知っているとはいえ、なぜセブンスはそこまで断言できるのだろうか。
ふと彼と一緒にやってきた彼の部下…リンゼイの方を見てみた。
彼らは自分たちが少年の探索を発言した手前、ホテルに帰らずここに残って
トールや少年が帰還するのを待つつもりのようだった。
リンゼイはなにか深刻そうな顔をして机の木目をじっと凝視していた。
なにか『考え事』に囚われているのは明白だった。
なにをするでもない、ただ待っているだけの時間……
グレースはリンゼイに声をかけてみることにした。
「お嬢ちゃん、気分はどうだい?」
グレースは店の看板娘の時のように元気いっぱいに少女に語り掛けた。
「え…あぁ…え」
リンゼイは少し狼狽しているようだった。
その様子を見ていた眼鏡の男、クロウが横から口をはさんでくる。
「彼女は人見知りなんだ。すまないな」
「あぁ、別に構わないよ」
グレースは改めて少女の方に向き直った。
「夜も遅いし子供がこんなところで起きていることはないんだぞ
2階にある私たちのベッドを使うといいよ」
子供に徹夜をさせる意味はない。
それにもしものときに子供がここにいても邪魔になるだけだろう。
そう考えたグレースは住居兼店舗であるこの建物の2階にある自分たちの寝室で
子供たちには寝ていてもらおうと考えていた。
「大丈夫…たし…は」
「なんだって?」
リンゼイのか細い声はガサツなグレースにはほとんど聞き取れなかった。
クロウがまるで通訳者のように横からフォローを入れる。
「私は大人だから構わないで、と言ってる」
「はぁ」
つい間の抜けた声を出してしまう。
グレースは改めてリンゼイの方を見た。
どう見てもただの少女だが自分があの年齢の時も
背伸びして大人に見られたがったものだ。
彼女がそういうのなら、あえてそれに逆らう必要もない。
グレースは彼女をそっとしておくことにした。
一方でリンゼイはコナー少年の安否などとこれぽっちも考えていなかった。
彼女は別のことに気を取られていたのだ。
(なんだ、なにかある?でもわからない、ありえない。おかしい)
リンゼイは観測の魔女だ。
いわゆる催眠や媚薬効果も一切受け付けず
また常識改変や幻覚等の世界を改変させる出来事も彼女は無効化出来た。
だからこそ、彼女は気持ちの悪さを感じた。
今何かが「無効化」されている最中なのだと
それは昔からうっすらと感じていたことだが、ここ最近その感覚が
特に大きくなってきた。
そしてここにきて、それがかなり増幅されたように感じるのだ。
だが、それがなんなのかわからない。こんなことは彼女にとって初めてだった。
……初めてだったはずだった。
だがリンゼイは同じような感覚を確か昔にも受けたことがあるような気がしていた。
もはやなにがなんだかわからない。
その混乱でずっと目の前に置いてあった机を睨みつけていたわけである。
こうして、店の中では沈黙とお茶をすする音だけが聞こえて時が過ぎていった。
実際のところ、冒険者数人、擬態した魔女連中、そしてグレースと
なかなか混沌極まったメンバーがここには集結していた。
「ふむ、そろそろかな?」
セブンスが口を開く。
「なにがです?」
グレースは彼に聞いた。
「雨が弱まってくる。そろそろトール君も山を下りてくるころだろう」
「!」
いろいろと考え込んだりしているうちに夜更けから朝へ時間が移り変わろうとしていた。
雨もいつの間にか小降りになっている。
「私、行ってきます」
「え?ちょっと!」
セブンスの驚いた声を無視してグレースは店を飛び出し駆け出していった。
しばらくすると雨は完全に上がり、雲の切れ目から太陽の光が差し込んできた。
新しい1日がはじまる。その合図だった。
グレースは検問所に駆け込む。
「昨晩私の夫がここを出ていったよね!迎えに行きたいの!!」
彼女は門番に掴みかからんばかりの勢いでそう告げる。
門番は門番で彼女の店の常連客だし、一連の騒動のことはトールから
ある程度聞いていた。
「わかったよ、特別だぞ。ただ、あまり遠くまで行くなよ。危ないからな」
そういうと門番は彼女を町の外へと出してくれた。
グレースは一生懸命に山の方へと走っていく。
別にこんな格好で雨上がりの登山に勤しもうとしていたわけではない。
ただ今は少しでもトールの近くにいたいと思ったのだ。
と、その時
彼女の背後からパシャっと泥が跳ねるような音がした。
ちょうど何かがずぶ濡れの地面に落下したかのように。
グレースは不思議に思って音のした方向に振り返った。
遠くに人影が見える。それは2人いた。
不思議な光景であった。
さきほどまで暴風雨で外は大荒れだったのに
そこにいたのは赤いドレスをきちんと着こなした少女と一人の少年だった。
少年はダイトの探していた彼の息子で間違いなかった。
そしてもう一人の少女は……
(あれはセブンスの旦那に連れられて何回かウチの店に来た女の子だ)
グレースは接客業という職業柄、何回か店に来ているお客の顔は覚えるようにしていた。
とくにセブンスが連れてくる少女たちはいつも美少女揃いなので
一度怪しい商売に手を染めてるんじゃないか?とセブンス本人に聞いたことがあった。
セブンスは笑いながらそれを否定したが、一介の飲食店店員のグレースに
真実を確かめるすべなどなかった。ただ、彼に連れられていた少女たちは
特に嫌そうな顔をしているわけでもなかったので、あえて深掘りして聞いたりはしなかったのだ。
だからこそ、グレースは確信を持って言えた。
あの赤いドレスの少女はセブンスの連れだと。
次の瞬間、もっと驚く光景を彼女は目の当たりにすることになった。
少女が右手の指に触れると…彼女はグレースの夫、トールへと変身したのだ。
トールは後ろにグレースがいることには気が付いていないようだった。
情報量が多すぎる。グレースの頭はパンクしそうになったが
一方でこれでやっと合点がいった。という気持ちもあった。
なぜトールが私に惚れ込んだのか。
あの夜に銀髪の女と話していたのはなんだったのか。
すべてを理解したわけではないが、それはパズルのピースを埋めるには十分だった。
(それでも…)
グレースは拳をぎゅっと握りしめると後ろから2人に声をかけた。
「おーい!」
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