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第30話 結婚式

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―3週間後




ピロリン♪


鍵盤の音色が店内に鳴り響く。

「ふーん、なかなかいいの手に入れたじゃない」

クリスはご満悦といった表情をした。
あの後、俺は調律師の爺さんのもとにピアノを運び込んだ。
それなりのお金はかかったものの、なんとか自分の払えるだけのお金で
ピアノを修理することができた。
そして、そのピアノを店に持ち込んだというわけだ。

この店には元来、ステージスペースなど存在していなかったが
これを機に仕事の合間を縫って俺が日曜大工でお手製のステージを作ることにした。
普段の飲食店営業でステージが役に立つことはないだろうが
これでいろんなイベントなどを催すことができるようになる。
将来的な店の繁盛を考えると悪くない判断だと思った。


「ところで、いよいよ明日は結婚式当日だけどそっちの準備は万全なんだろうな?」

俺はグレースが近くにいないことを確認するとクリスにそう問いかけた。
今日は結婚式に向けた準備ということで店を締め切って飾り付けなどの準備をしているのだ。

「任しときなさいって!私の能力「交換」は半永久的に続くものじゃないからね
ピアノの演奏の才能を持った音楽学校の学生にしばらくだけ能力は借りてるだけ
だから特に準備が難しいなんてこともないわよ」

クリスは自分が音楽の特訓をしたわけでもないのになぜか誇らしげであった。
もっとも、『交換』なんて魔法を使える時点で自分が魔女であるとバラしているようなものだから
それなりにリスクのある取引に思えるが彼女の自信ありげな表情を見ていると
その辺をうまくこなせる独自のパイプがあるのかもしれない。

そんなことを考えていると、天井の飾り付けをしようとしているグレースが俺を呼び掛けてきた。

「おーい、トール。こっち手伝ってくれないか?」

「おう!今行くよ」

グレースのもとに駆けつけると彼女は天井の梁の部分に飾りを取り付けようとしていた。
とはいえ、彼女では身長が足りないので店の椅子を土台にして手を伸ばしている。
机を土台にしないのはさすが飲食店の娘といったところだろうか。

と、その時だった。


バキッ


鈍い音がした。木材の何かが潰れるような音だ。
グレースの方に目をやっていた俺は一瞬その音がなんなのか理解できなかった。
しかし、グレースが目を見開きながらバランスを崩したのを見て俺は理解した。

(椅子の脚が折れたのか!!!)

「~~~~~~~っ!!!!!」

グレースは叫び声ともいえないようなをしながら
彼女の体は変な方向へ前のめりになった。

しかも悪いことにそれは俺のいる方向とは真逆の方向であった。
魔女の力を使うしかない!

と、俺が思ったその時、グレースの体は空中で不自然な回転をすると
俺の胸元へどさっと倒れ掛かってきた。
俺は慌てて彼女を抱きとめる。

「~~くぅ、あいたたた」

彼女は腰をさすりながらそう言った。

「この椅子ボロボロになってたのか…」

「そうみたいだな」

俺は椅子に目を向けながら言った。
脚の部分が見事に折れている。
この店も結構年季が入ってるし道具にもいろいろガタが来ているのかもしれない

「ありがとうおかげで助かったよ」

グレースは俺に礼を言った。

「ま、俺たちは夫婦だからな。助け合うのが当然だろ」

「改めて言われると照れるねぇ」

そういうとグレースは少し顔を赤らめて目線を下にやった。
俺はクリスのほうを見た。彼女は親指を立ててグッドサインを作っている。
どうやらクリスが事態に気付いてこっそりと風魔法でグレースの落ち方を
不自然じゃない程度に操作してくれたようだ。

「気を付けてくださいよ、貴方たち二人が明日の主役なんだから
怪我をしたとかなったら目も当てられませんよ?」

クリスは相変わらずジャラジャラさせている自分のベルトを触りながらそう言った。

「わかってるよ、心配かけたね。お嬢ちゃん」

「ならいいですけどね」

グレースとクリスの仲はそこそこよさそうだった。
これなら明日の結婚式もうまくコトが運びそうだ。








―翌日(結婚式当日)


「かんぱぁあああああいいい!!」

祝杯の声がドラゴンステーキ『レア』の店に響いた。

今日は結婚式の日だ。
といっても日本のように教会で神父さんを誓いを立てるわけではなく
むしろ、日本でいうところの二次会のようなものに近かった。
式にはグレースの知人もたくさん招待されていた。

「幸せになれよぉ…」

「おまえぇ…私よりさきにオトコつくりやがって」

と、友人らしき人たちと親交を深めていた。

「おめでとぅ!」

後ろから誰かが俺に飛びついてくる。クリスだった。

「いよいよこの日が来たか。感慨深いよ。バージンロードはワシが歩いてやろうか?」

「何キャラだよ」

謎の一人称を使うクリスに俺は思わず苦笑する。
魔女の城にいたころにクリスやリンゼイ、メアリーには元の世界での結婚式の話をしたことがあった。
どうやらそれを彼女は覚えていたようだ。
周りを見回してみる。クリス、リンゼイはそのままの姿で参加してくれた。
彼女たちはもともと魔力もそこまで高くないし、偽装の指輪でレベル偽装さえしてれば
市井の小娘と大差はなかった。
とはいえ女だけの招待客だと怪しまれるということで、クロウはいつぞやの眼鏡の男性に偽装していた。

「おいおい、驚いたよぉ!」

グレースが声をあげる。

「トール、アンタ、セブンスの旦那とも知り合いだったのかい!」

「え?あぁ…うん」

俺がセブンスと一緒にこの店に来ていたときは赤いドレスの女の子の姿だったのだ
だから、セブンスと俺とのつながりについては全く知らなかったようだ。
とはいえ、先日もセブンスのグループと店で雑談していたくらいだから
ある程度の顔見知りだとは思っていただろうが、まさか俺の側の招待客として
やってくるほど親密な関係だとは思わなかったようだ。

「ほほ、ワシとトール君はマブダチみたいなもんよ、なぁ?」

セブンスは悪ふさげしてわけのわからない設定を上乗せしてきた。
俺は内心(何考えてんだこいつ!)と思いながら苦笑いでそれを返した。

しばらく話しているとグレースが周りをキョロキョロしていることに気付いた。

「どうしたんだい?」

俺が聞くとグレースは少しぎょっとしたように俺に聞き返してきた。

「アンタが呼んだ招待客はこれで全部?」

「ん?まぁそうだな」

魔女であることは伏せているが魔女の城の仲間を数人結婚式に呼んだ。
メアリーも招待したはずなのだが、彼女は不参加とのことだった。
俺が魔女の城を去るときにもへそを曲げていたのだが
未だにそのことを怒っているのだろうか。
しかし俺がそれとなくメアリーの現状をリンゼイやクリスに聞いてみても
二人とも何とも言えない苦笑いをするだけだった。
だから、俺が結婚式に呼べたのはせいぜい数人だけだった。

「この男は人と交流するのが苦手じゃからな。ホッホッホ」

セブンスが余計な茶々を入れてきた。大きなお世話だ。
俺はセブンスを無視してグレースに聞いた。

「これで全員だと思うが、どうかしたのか?」

「いや、なんでもない」

グレースは少し曇った笑顔を見せながらそういった。
彼女視点で「来るかもしれない」人物が来ていない。ということだろうか。
しかし俺はそれが誰なのか見当もつかなかった。と、その時

「よーっす!」

いきなり後ろからがしっと肩に腕を回された。酒の匂いがぷんぷんする。
ダイトだった。

「流れの冒険者のおめーさんが店の看板娘ちゃんを射止めるとはねぇ」

「おいおい。結婚式も序盤なのに飲みすぎだろ」

俺は苦笑いしながら絡みついてくるダイトを引きはがした。

「ねぇねぇおじさん」

ふと足元を見ると知らない子供が俺のズボンをちょいちょいと引っ張っていた。

「ん?どうしたんだい?」

「高級肉ないの?」

高級肉?今回は結婚式ということでみんなが食べやすいリーズナブルなお肉が中心だった。
肉を扱うレストランの結婚式だから高級ドラゴンのステーキを出してもよかったのだが
今日は飽くまで料理は脇役ということで、そういったものは出していなかったのだ。

「うーん、ないね」

俺がそういうと

「けっ、しけてやがるの」

クソガキだった。

「おい、コナー!あっちに行ってなさい」

「はーい」

ダイトがそう叱ると子供はとぼとぼと向こうのほうへと歩いて行った。

「あれは?」

「あぁ、俺のガキだよ」

「はぁ!?お前、結婚してたのか!!??」

俺は素直にびっくりしてしまった。

「おいおい冒険者が結婚しちゃいけないなんて法律はねーだろ?」

ダイトは悪い笑みを浮かべていた。どうやら俺をびっくりさせるために
あえて伏せていたようだった。

「それにしたってガキの面倒はちゃんと見とけよ」

ダイトの後ろからラムジーが出てきてそういった。
ラムジーはすでに先日の怪我は完治しているようだった。

「ま、さすがにガキンチョにはこういう場は早すぎるんだろ」

ダイトは悪びれもせずにそう言った。
ふと子供の方に目をやると、何か悪さをしたのか
グレースに思いっきりゲンコツを食らっている場面だった。
日本じゃいろいろ言われそうな光景だが、こういうところが
彼女に惚れた要因の一つかもしれない。

と、そのとき記憶の中で何かがフラッシュバックした。




―血まみれで倒れている女性




俺は慌てて首を振った。
今更あのことについて考えてどうする。
グレースは緑川君の代理品ではない。俺はちゃんとこの人を好きになったんだ。
自分の心にそう言い聞かせながら…



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