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第29話 幽霊
しおりを挟むそんなにすぐにカタがつくとは思っていなかったのだろう。
キュクロープスの角を持って廃学校に戻ると
ジャーノンは目を見開いて驚いていた。
「ま、まさか…本当に?」
「まぁ、コツみたいなのがあるんだよ」
俺は魔女の力を使ったことをぼやかして彼女に
キュクロープスを倒したことを伝えた。
「確かに…これは本物のようね。わかった
私も約束を守るわ」
そういうと彼女は俺に鍵を手渡した。
「壁に穴が空きまくっているの建物で意味ないと思うけど
これはこの校舎の入り口のカギよ。これを使って
ピアノを運び出してくれて構わないわ。
…まぁ、運ぶお手伝いは出来ないけどね」
彼女は申し訳なさそうにそう言った。
「いや、上出来だよ」
ピアノはかなり大きいし重たい。
彼女が手伝ったところでどうこうなるようにも思えなかった。
「とにかく、そろそろ日も暮れるし町の方へ戻ったほうがいいわよ」
そう、この廃校舎は魔物に襲われただけのことはあって
市街地から外れたところにある。
一応領内ではあるからそれなりに防衛はされているが
やはり街中に比べると危険であることに変わりはなかった。
ふと、俺は違和感というか不思議なことに思い至った。
「ジャーノンさんはこれからどうするんですか?」
もうすぐ日も暮れるというのに、か弱い女性であるジャーノンは
街の方へ帰ろうとはしなかった。
もし街の方へ戻るというなら俺と一緒に戻るはずだ。
そりゃあ、異性としてとか人間関係としての好き嫌いはあるだろうが
既に空が暗闇色に変色し始めていて、いわゆる「逢魔が時」に差し掛かっていた。
こんな薄暗い中一人で行動するよりは、俺という冒険者と一緒に街に帰ったほうが
安全で確実である。
だが、俺の心配をよそにジャーノンは言った。
「あぁ、心配しないで。私はこの後迎えが来るから」
「迎え?」
「うん、管理者団体の人たち。彼らがあなたを見ると怖がるかもしれないから
先に街に帰っていてもらえないかな?」
うーん…この世界に自動車は存在しない。
迎えに来るといってもせいぜい馬車だろう。
こんな夜に馬車を動かせるものだろうか。
「………」
まぁいいか。彼女がそういうのならそういうことなのだろう。
「わかりました。じゃあ俺は先に帰りますので
お気をつけて」
「えぇ、貴方もね。って、キュクロープスを退治するような人に
こんなこというのもおかしな話だけどね」
そういうとジャーノンは小さな笑顔を俺に見せた。
太陽が落ちて闇が濃くなりつつ空の下で彼女の笑顔は
なんだか少し寂しそうにも見えた。
結局、俺は一人で街まで戻りその日は自宅まで帰って一休みすることになった。
「ただいま…」
「おかえりなさい。で、首尾はどうだったんだい?」
俺を出迎えてくれたグレースが早速状況を訪ねてきた。
俺は神妙な顔をしてそれを迎える。
「……」
「………」
ゴクッ
グレースが唾をのむ音が聞こえた。
それを合図にしたわけではないが、俺は親指を立てて笑顔を見せた。
「なんだぁ」
グレースは緊張が解けたように体の力を抜いた。
「よかったじゃないか。てっきり不発かと思ったよ」
「まぁな、たまたま物事がうまく進んだだけだ」
実際、道具屋の婆さんがピアノの在処のヒントをくれなかったら
1日でどうこうすることはできなかっただろう。
「ただ、ピアノはもしかしたら痛んでいるかもしれないから
1回修理に出すつもりなんだ。その運び出し作業とかもあるから
明日も休みをもらっていいかな?」
「あぁ。まぁこの店で一番大変なのはアンタなんだから
アンタがそう決めたなら私に異存はないよ」
グレースの父であるマーシーさんから受け継いだこの店だが
今では実質、俺が店長みたいな役割を果たしていた。
しかし、自営業の宿命で仕事を休むとそれだけ収入も減ってしまう。
俺は夫婦水入らずの営業体制も気に入っていたが、
片方が休むと店が立ちいかなくなってしまう。これについては
近々立て直しを図る必要があるなと思った。
―翌日
俺は道具屋の婆さんの店に出向いた。
「ちょりーっす」
「なんだ、ドラゴン屋の坊主か」
婆さんはこちらを一瞥するとヤレヤレといった感じでそう言った。
この婆さんと話しているとなんだか子供に戻ったような気持ちで無邪気になってしまう。
俺はそんな時間がそこそこ心地よかった。
「例のピアノの件なんだが」
「あぁ、行ってくるのかい」
「もう行ってきたよ」
「えぇ…」
さすがに行動が早すぎて驚きつつも呆れていた。
「昨日店を飛び出した後、そのまま行ったのかい?」
「まぁそういうことだ」
「それで?」
婆さんは俺が冒険者としては腕がいい方だということを知っている。
このあと俺が何を言いたいのか察しているようだった。
「ピアノの修理を頼みたいんだ。といっても音はちゃんと出ているようだから
調律を少しいじる程度でいいと思うんだが」
「やれやれ…」
婆さんは面倒くさそうに椅子から立ち上がった。
「調律師のじいさんの住所教えるからそこ行ってみな
私の名前だせばいいからさ」
そう言いながら手元にある紙の切れ端にペンを走らせ、その紙片をすっと渡してきた。
そこには確かにカンヌグの街の住所が記載されていた。
「それで、どうやってピアノを見つけたんだい?」
「あぁ、婆さんに言われた言われた廃校舎に行ってみたんだよ」
「ふむ」
「そこで管理者の人に見つかってね。勝手に入るなって怒られたけど
なんとかピアノを譲ってもらうことで合意できたよ」
俺はキュクロープスの下りは伏せることにした。
婆さんは俺が腕の良い冒険者だとは知っているが、あまり異様な強さを周りに知られてしまうと
逆に俺の正体について疑心を招きそうだったからだ。
「管理者?なんだいね。そりゃ」
婆さんは不思議そうに言う。
「ん?俺も詳しくは知らないけど学校の前で偶然出くわしたんだよ
あの学校の管理をしている団体の人だったと思う」
「あの廃学校。今は誰も管理してないはずなんだけどねぇ…
どんな風貌の人だったんだい?」
「えーっと」
俺は彼女の容姿について婆さんに伝えた。
「白いシャツを着てて、髪の長さは肩くらい。すこし茶色がかかっていたかな…それで…」
「ふむ」
婆さんは俺の話に真剣に聞き入っている。
「まさかとは思うが…」
婆さんは手元の机をがさごそと漁ると一枚の絵を見せてきた。
「それはこんな人じゃなかったかえ?」
その絵はまさしく、昨日会った管理者の女性そのものだった。
「あぁ、この人だよ。なんだ、やっぱり知ってたんじゃないか」
「………」
婆さんは意味深に黙りこんでしまった。
「なんだよ?」
俺はその沈黙を不気味に思って尋ねた。
「この絵の女性はあの学校で働いてた教師だよ。音楽を担当していた」
「へぇ」
元教師だからこそ愛着があってあの学校の管理者を勤めているのだろうか。
しかし、次に婆さんの口から発せられた言葉は意外なものだった。
「魔物の襲撃事件で死んだ教師。それが彼女だ」
「え?」
婆さんの言葉に俺は少しだけ背筋に冷たいものを感じた。
「勇敢っていうのかね。彼女が盾になったおかげでその教室内にいた
生徒を逃がすことができたんだよ。でも彼女自身は…」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
俺は慌てて婆さんに問いかける。
「じゃあまさか、彼女は、その…」
俺は言い淀んでしまった。
この先の言葉はいい大人が発していいものだとは思えなかったからだ。
だが、婆さんは俺の躊躇いなど意にも介さずに言葉の続きを言った。
「幽霊…なのかねぇ」
「…!」
この世界は現代日本でもなければ地球でもない。
魔法が飛び交うファンタジーの世界だ。
だが、この世界でも地球と不変のものがあった。
この世界も地球と同じで死んだ人物と意思疎通することは一切できないのだ。
幽霊などいないし、死んだら蘇生などできない。
ゴースト型のモンスターもいなければ、生前の記憶をもったゾンビなどもいなかった。
ファンタジー漫画の世界では死者が蘇生されたり、想いを残したヒロインが
ひょんなことで一時的に現世に顕現する、というような展開もあるが
この世界ではそういったことは起こらなかった。
だからこの世界の「幽霊」は地球の「幽霊」とほぼ同義なのだ。
俺が黙りこんでいると
「なんてね」
婆さんはそう言って笑い飛ばしながら、絵を机の中にしまった。
「バカバカしい、幽霊なんていないさね。ただの偶然だよ」
彼女はそういうとくるッと後ろを向いた。
おそらく今の自分の顔を俺に見られたくないのだろう。
彼女だってこの世界で長く生きてきているのだ。
何かしら思うところがあるのだろう。
これ以上ここにいても仕方がない。
俺は婆さんをそっとしておくことにして店を後にした。
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