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第28話 遭遇

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というわけで、俺は町の外れにある廃学校までやってきた。


町の外れとはいっても市街地から外れているというだけで
テリトリーとしては「領内」ではあるようだ。
しかし、キュクロープスが学校を荒らしていったことから分かるように
ここはそこまで安全な地帯ではない。

カンヌグの街のまわりには川が流れており
街は中洲にあるかのように二本の川に挟まれている。
その川を利用して橋を架けることで天然の防御壁を作りだしているのだ。
とはいえ、川は全体的に深いわけではなく当然浅瀬の部分もある。
そういったところには土壁を作ったりして悪い連中や魔物が不法に街に入ってくるのを
防いでいるのだが、キュクロープスという魔物は大型一つ目の化け物であり
川を渡るどころか壁も粉々に壊してしまった。
そんな経緯もあってか、この近くにはほとんど誰も近付かなくなっていた。


「さて、日が昇ってるうちにお目当てのものを探すとするか…」

俺は腕まくりをした。
既に廃校になってからだいぶ時間が経つ。
おそらく中は埃や泥まみれになっているだろう。

改めて校舎の前に立ってみた。

校舎はその面影を残しているものの屋根が崩れ落ち壁は剥がれ落ちていた。
侵入口になりそうな穴には子どもたちが入らないようにするためか
黄色のテープが入り口に引かれている。

「うーん…」

明らかに入ってはいけない場所、だった。
お行儀よくするならこんなところに入るべきではないのだろうが…

「ま、とりあえず行ってみるか」

俺は黄色のテープをまたいで中に入ろうとした。

と、その時

「こらぁあああああああ!!」

ものすごい怒号が鳴り響いた。あまりの大声量に壊れかけの校舎がとどめの一撃で
倒壊するかと思ってしまった。

「うわっと!」

俺はバランスを崩しそうになりながらもなんとか立て直す。

「貴方!なにやってるんですか!」

声の主は白いシャツをきた若い女だった。
首からなにかのカードをぶら下げている。

「貴方は?」

俺は彼女にそう問いかけた。

「私はここの管理を任されている者よ!」

あちゃー…やっぱ管理人がいたのか。

「貴方は何をやってるのよ!?」

「あぁ…え~っと」

俺はイタズラが見つかった子供みたいに小さくなってしまった。
まさかこの年になってこんなことで怒られることになるとは…
悪いことはするもんじゃないな。

「実は、ピアノを探してまして」

俺は下手な小細工を弄するよりは率直に彼女に想いを伝えてみた。

「は?ピアノ?どういうことよ」

「今度の結婚式でピアノの演奏を頼みたいと思ってるんです」

「………」

女は少し黙った後、はっとしながら言った。

「まさか、ここのピアノを盗もうとしてたってわけ!?」

「………」

今度は俺が黙る番だった。

「まったく、呆れるわね。そもそもここのピアノはボロボロで使い物に
ならないはずよ」

「状態だけでも見せてくれませんか?」

「まったく」

女は怒りながらも俺を音楽室跡地まで案内してくれた。

はたして音楽室にはお目当てのピアノがあった。
幸い、屋根が崩れた部屋ではなかったことから
風化の具合はそれほどひどくないようだ。
試しに鍵盤に手を置いてみた。

ポロン♪

うむ、ちゃんと音はなるようだ。
もっとも音楽の才能がない俺にとってこれがどういう状態なのか
調律できるのか修理できるのかなどは一切わからなかったが。

とにもかくにもまずは彼女を説得しないと話にならなかった。

「すみません、このピアノ。お借りすることはできないでしょうか?」

「うーむ」

彼女は腕を組んで考え込んだ。頭を上に向けて唸っている。

「わかったわ。ここももうすぐ取り壊す予定だし、このピアノは譲ってあげるわ」

「本当ですか!?」

「ただし、条件があるの」

「条件?」

「ここが何でこんな状態になってるかは知ってるわよね?」

「確かキュクロープスが大暴れしたんでしたっけ?」

「そいつを退治してほしいのよ」

「退治って…確か大暴れしたときに討たれたはずじゃ」

「それはただの噂よ、ヤツは深手を負いながらも山の方へ逃げちゃったの
でも、時間が経ってヤツの怪我は回復した。今後ヤツがここにきたら
学校だけじゃなくて町にも被害が出るのよ」

「そんな…」

「でも見た感じ、貴方は冒険者なんでしょ?強いのよね?
だったらここでヤツが再び暴れ出す前にやっつけちゃってよ
もしそれができたらピアノを譲ってもいいわよ」

俺は少し疑問に思って聞いてみた。

「そんなことできるんですか?」

「そんなこと?」

「化け物一匹倒すだけでピアノみたいな高級品を譲ってもらえるなんて
うますぎる話だと思うんですが…」

彼女は腹を抱えて笑った。

「はははは。そりゃー、まぁねぇ」

笑い涙で濡れた目尻を拭いながら彼女は言った。

「キュクロープスは強敵だよ。そいつの討伐ともなればピアノ1台分くらいは
買えるだけの金になる。だからヤツを倒せるっていうなら管理者権限で
ピアノくらい譲ってあげるよ」

彼女は笑顔で俺にそう言った。
顔こそ笑顔だが、その目には真剣さと少しの憎悪が見て取れた。
こんなところの管理人をやってるくらいなのだから彼女も
元々この学校の関係者なのかもしれなかった。

「わかりました。その依頼受けます」

「よし、決まり!」

そういうと彼女はボロボロの音楽室の教務机の中から紙とペンを取り出して地図を描いてみせた。

「キュクロープスはここにいる。倒してそれを証明するものを持ってきて頂戴」

彼女はそういうとここから少し離れた山奥のとある地点を指し示した。

「わかりましたよ」

普通なら不都合な展開なのだろうが、魔女である俺にとってはむしろ好都合な展開になったかもしれない。
いくらキュクロープスが強いとはいえレベル9万にかなうほど強いわけもないだろう。


「しっかり仲間を募集してくることね。ヤバそうになったら撤退しなさい」

「え?」

「え?」

お互いに顔を見合わせた。

あ、そうか。道具屋の婆さんが言ってたように
キュクロープスは本来なら数人がかりで討伐する対象なのだ。

だが、そんなものを雇う時間も金もない。
幸い、人間同士が争う合戦のど真ん中ならまだしも
こんな山奥なら誰かの視線を気にする必要もない。思う存分魔女の力を発揮することができるだろう。

「問題ないですよ。行ってきます」

「あ、ちょっと待って!」

彼女は慌てて俺を呼び止める。

「私の名前はジャーノン。貴方は?」

「俺の名前はトールです」

「そう、よろしくね、トール」

俺は彼女と握手を交わした。


俺が山奥への道に入るのを彼女は不安そうに見届けていた。
さすがに俺一人でキュクロープスに立ち向かうとは思っていなかったようだ。
とはいえ、冒険者の決めたこと。口出しはしないでおこうと思ったのだろう。
不安そうな顔をしてはいるが、俺が一人で突撃するのを抑止するつもりはないようであった。


ジャーノンに手渡された簡易的な地図を見る。
この距離なら頑張れば夜には家に戻れそうだ。
だが逆に言えばそれだけ近い場所にヤツは住処を作っていたということになる。
灯台下暗しというわけではないが、これはこれでなかなかの脅威だ。


しばらく道に成り損なったような草木が生い茂った坂を登っていくと
地図に記されていたキュクロープスの住処にたどり着いた。
木に隠れて様子をうかがう。

ドスン!ドスン!

地面がビリビリと振動した。
目の前には身長が10mはありそうな巨人が闊歩していた。

そう、これがキュクロープスなのだ。
一つ目の巨人。生息数は多くないが、こいつに見つかるとなかなか厄介なことになる。
冒険者としてはコイツと出会ったら討伐せずにやりすごすのがコツだと
教えてもらったことがある。




もちろんそれはただの一般論だ。



ここからは特筆すべき点はなにもない。

ただ、魔女の力を使って巨人をボコり角をへし折って廃学校まで戻ってきた。
それだけだった。

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