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第26話 密会

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―その日の夜


俺とグレース、二人が夫婦になって以降
俺たちは同じ寝室の同じベッドで就寝するようになっていた。
そんなこともあって、彼女に気付かれずに抜け出すのは無理な話だった。
俺は彼女に声をかける。

「なぁ、グレース」

「なんだい?」

既に半分ほど夢の世界で羊を数え始めていたグレースは眠たそうに俺の声に反応した。

「ちょっと夜風にあたってくるよ」

「わかった。すぐに戻ってきなよ」

「あぁ、わかった」

俺は何とか言い訳を繕うと、外に出て店の裏手側に回った。
そこにはちょうど料理に使う水を汲むための井戸があった。
その井戸の縁に腰を掛けて一人の人物が俺を待っていた。

その人物は昼間と違ってすでに偽装を解いていた。
まだカンヌグの街中にいるというのに不用心な気もするが
実際の中身が「男」の俺と違って、彼女は中身が「女」なのだから
ずっと男の姿でいようとは思わなかったのかもしれない。

「誰かに見られるかもしれませんよ?」

「こんな夜更けだ。誰が見るものか」

そういうと、その人物…クロウはチラリと俺の方を見ると

「ふっ」

と笑い声を漏らした。
いや、正確には俺の後ろあたりを見ていた気がするが…

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」

クロウはそう言いながら足を組み替えた。
昼間の偽装のときもスーツの男性姿だったが
もともとクロウはいつもスーツを着ていたので
偽装を解いてもほとんど格好は同じままだった。

「それで、一体なんの用です?
結婚式に招待してくれってお願いじゃなさそうですね」

それだけなら、昼にクリスが楽器の演奏を引き受けてくれた時に
一緒に言えばいいだけの話だ。

「まぁ、君に二つほど心構えを伝えておこうと思ってな」

「心構え?」

「あぁ、魔女は悠久の時を生きる。だからこそ結婚する魔女は少ない…」

クロウは顔を上に向けた。
今夜は雲一つない澄み渡った夜空で星も月もしっかりと見ることができた。
彼女はそちらの方に視線をやると、なにか…「遠い何か」を思いやるような眼をしていた。

「クロウさん?」

「あぁ、すまないな、話を続けよう」

クロウは視線をこちらに戻した。
だが、彼女の眼はやはりなにか別のものを見ているような
そんな気持ちにさせられた。

「魔女が人間と結婚すると、どうなると思う?」

「どうって…」

考えたこともなかった。
いや、正確には考えることを避けていたのかもしれなかった。
一瞬、地球で同僚に言われた言葉が脳裏をよぎる。

『厄介ごとを避けている』

無関心という鎧で俺はいろんなことを無視してきた。
そして今、それがいよいよ鎧を貫く槍となって目の前に現れたのかもしれなかった。

「わかるだろ?君は馬鹿じゃない」

「………」

わかってる。

俺が不老不死の魔女だとすれば、俺はグレースの隣にずっといるわけではない。
いや、正確には『俺の隣にグレースはずっといるわけではない』

「人間の寿命はせいぜい70年~80年だ。恋をすると苦しいぞ?」

俺がいつまでもトールとして生き続けていく横で
グレースはいずれ年老いて死んでいく。
しかも最悪なことに、悠久の時を生きる魔女にとっては
その『グレースとの一生』というかけがえのない時間すら
全体の人生のなかのちっぽけな一瞬でしかないのだ。

わかっていた。しかし、俺は無意識に、もしかしたら意識的に
そのことを考えるのをやめていたのだ。

「なぜ…そんなことを?」

クロウが一介の魔女である俺にわざわざ時間を割いてまで
忠告に来てくれた理由がわからなかった。

「おいおい」

クロウは照れ臭そうに笑いながら言った。

「みんなには黙っていたが私はこれでも未亡人なんだ」

合点がいった。
未亡人といってもおそらく人間の感覚の未亡人ではない。
遠い昔、それこそ500年とか1000年前に死に別れた思い人がいるのだろう。

「そうですか」

「ご愁傷さまですとかいうなよ」

「まぁ、俺たちの間柄でそれもおかしいですしね」

クロウは懐からタバコを取り出した。
指パッチンをすると、魔法で発生させた火をタバコにつけて煙を燻らせた。
この世界にもタバコは存在するようだった。

「こんな生き方をしてるとさ、結局仲良くなれるのは同じ時間を生きられる魔女同士だけになるんだよ
エルフ族ですらせいぜい1000年生きるのがやっとだからね」

せいぜい1000年…?
1000年を「せいぜい」扱いできるほど俺たちは長生きなのか?
思ってたより魔女族の寿命が長いことに少しだけ戦慄した。

「そ、それで」

「ん?」

「二つ目は何ですか?」

クロウは二つ心構えを伝えると言っていた。
今のが一つ目だとしたら次は何なんだろうか。

「これは魔女全般ではなく、君に関する話だ」

「俺に関する話?」

クロウは少し言いにくそうにしながらも話を続けた。

「魔女やエルフ族以外の生き物は生殖を繰り返すことで種の存続を図っている。
逆に魔女やエルフは寿命が長寿なだけあって、生殖活動はそんなに頻繁ではない。
簡単な算数だ。全然死なない種がポンポン子供を産めば、その増殖はとてつもない
スピードになる。だが実際はそうはなっていない。それは長寿族は
生殖…つまり子供ができにくい体質であるというのがある」

「子供が…」

いや待てよ、それは母体が魔女の場合であって
グレースは人間なのだから関係ないのでは?

「エルフ連中は置いておくとして、魔女の間で子孫が生まれるというのは
どういうことだと思う?」

「どういうこと?」

何を言いたいのか全く見当がつかなかった。

「魔女は全員女だ。エルフのようにオスのツガイがいるわけじゃない」

「あ…」

「魔女の結婚相手は必ず他種族になる。…まぁ魔女同士の同性婚もそこそこいるが
今は子どもの話だからそれを置いておこう」

なんとなく何が言いたいのか話の着地点が見えてきた気がした。

「魔女と…例えば私のように人間のオスと結婚したとしよう」

「えぇ」

「それで子供が生まれるとする。そこで男の子が生まれれば人間の子、
女の子が生まれれば人間の子か魔女の子かは半々の確率になる」

「……」

俺は黙ってクロウの話の続きを傾聴した。

「これは、魔女側が『母胎』だからあり得る話だ」

「つまり…」

「君は指輪の効果で『男の姿』になってるだけだ。もちろん夜の運動会だってできるだろう。
だが、君の本質は魔女という女だ。だから…」

クロウはためらいながらもはっきりといった。

「君が彼女と性交渉を続けたとしても子どもができるかはわからない。
いや、おそらく出来ない確率が高いと思う」

「そんな…」

俺は少しだけショックを受けたが、それでも「少し」にとどまった。
どうやら頭のどこかでこうなることを無意識に覚悟していたようだった。

「男に偽装して女と結婚するとか前代未聞だからね。
軍事作戦や身分保障の類で男として生活している魔女はいるけど
本当の自分を男だと自認している魔女は君しかいないからさ」

「………」

体が重力に支配されるような感覚を得た。
俺はそれに逆らわずに近くにあったボロボロのイスにドカッと腰掛ける。
そのままじっと自分の膝を眺める。当然解決策など思いつくはずもない。
俺のことは別にいい。でもグレースを騙すことになるんじゃないか。
そのことに対して、今更ながらにとてつもない罪悪感が襲ってきた。

「ま、あえてサイテーな発言をするけどさ」

クロウは勤めて明るく言った。

「逆に言えば、自分の人生にチョイと関わるだけの人間だ。
そう深く考えなくてもいいんじゃないか?」

「そんなこと!!」

俺は思わず声を荒げた。
クロウにあたっても仕方ないことは俺が一番承知していた。
彼女もそれを分かっいたので眉を八の字にして俺から視線を逸らしていた。
そもそも、人間の男と死に別れをした彼女が本当にそんなことを
考えているはずがなかった。

「ま、そこだけは覚悟しておいてくれってだけの話だ」

クロウは俺の方にポンと手を置くと、そのままその場を離れようとした。
間際、彼女は振り返って俺に言った。

「あぁ、そういえば結婚式さ。私も出るよ。いいかな?」

「あぁ…」

俺は気の抜けた声でそれに返事した。

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