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第24話 厨房

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ここからしばらく、話はサクサク進んでいく。


グレースの父親であるマーシーさんに店の専属にならないかと勧誘された俺は二つ返事でそれを引き受けた。
もちろん、俺に邪な考えがあることをマーシーさんは見抜いていただろうが
それを差し引きしても俺を引き入れておいた方が「得」だと考えたのだろう。

次の日から、俺はマーシーさんのもとで料理の修行に励むことになった。
しばらくはグレースのイトコである男の子と一緒に厨房に立つ日々が続いた。
俺は元缶詰会社勤務だったとはいえ、料理はザ・男飯みたいなものしか作れない。
そんな俺に、しっかりと厨房に立って料理が作れるようになるまで二人とも
熱心に指導してくれた。

俺が店で働き始めてから3か月。ようやく料理を客に出せる程度の腕前になると
イトコはキオトの街へと旅立っていった。キオトの街はアルム聖国の首都ともいえる場所だ。
そこで料理人として雇われることが前から決まっていたらしい。本来はもっと早くにそっちに渡る予定だったが
俺の修行のためにしばらく残っていてくれたようだった。

ここで一つの問題が生じた。
マーシーさんは高齢で体調が悪く、キッチンに立つことはできなくなっていた。
つまり、この店でキッチン担当は俺一人ということになる。
とはいえ、俺には高級肉(つまり強いドラゴン)を狩りに行くという仕事もあった。

グレースと相談して、店は週に2回ほど休みの日を作ることにした。
そのうち1日は本当に体を休めるための日。
もう1日はドラゴンを狩りに行くための日というわけだ。
ドラゴンを狩りに行く日はグレースも店の清掃をしたり
売り上げを計算したりと、裏方業務をする時間にあてることにした。
そうすることで、平日は二人の時間をたくさん取ることができるようになった。


そしてそんなある日の休日に俺はグレースを買い物や観劇に誘ったりした。
そう、デートである。

地球にいる時ですら俺にはそんな積極性はなかった。
よく海外旅行に行くと別に人格が出てくる人の話を聞いたりするが
どうやら俺もその類の人間らしい。

俺の熱烈でもありあからさまでもあるアピール攻勢の甲斐もあって
俺はグレースと恋仲になることができた。
その姿をみたマーシーさんは喜んで祝福してくれた。




……そして、その数日後にこの世を去った。

おそらく、娘がどうなるかが気がかりでずっと頑張ってきたのだろう。
俺とグレースが一緒になることで自分の役割から解き放たれたと考えたのかもしれない。
俺はマーシーさんに「あとは任せたぞ」と言われたような気持ちになった。
そして、その想いは絶対に裏切らないことを心に誓った。

本当は魔女の力でマーシーさんを助けたかった。
俺は『停止の魔女』だ。それでも停止できないものもある。
寿命は停止することができなかった。病気も同様だ。
怪我程度なら数日くらいは部位停止でなんとか持たせることができる。
それでもあまりに日数が立ちすぎると体に変調をきたしてしまう。
だが病気はどうにもできない。たとえばがん細胞の増殖をストップさせるには
ガンにかかった臓器を停止させる必要がある。臓器を停止させたら当然死ぬ。
だから病気には『停止魔法』は効かないのだ。
厳密にはコールドスリープみたいに対象すべてを停止させれば
停止解除をすることで長く生き残らせることはできる。

だが、そんなやり方で生き永らえさせてもマーシーさんが喜ぶとは思えなかった。

そして、マーシーさんの死はグレースを悲しませたが、俺にも一つの影を落とすのであった。

(まてよ…魔女の城でクロウさんは何て言ってた…?『魔女は不老不死』
もしかして俺はこの世界で歳を取らないし死なないのではないか。
だとすれば、俺はグレースの横を歩いてて本当にいいのか?)





俺はグレースと結婚した。



とても大事なことを隠して…




それが心の奥底でじんわりと黒いモヤのようなものを寄生させているのだった。




― マーシーの死から数週間後

トールはカンヌグの街中にある雑貨店を訪れていた。
彼はドアを開けて中に入る。ドアに取り付けられている鈴がカランカランと鳴った。

「おや、いらっしゃい」

カンヌグの町は地球の中世ヨーロッパや現代日本なんかよりも
かなりファッションセンスに幅があった。
だからというわけではないが、ここの店主もなかなか特徴的な見た目をしていた。
くせ毛の白髪に片眼鏡をした女性店主だ。見た目は20代後半から30代といったところか。
その風貌からは知的な感じを醸し出していた。

「君かい」

「俺だよ」

二人は顔見知りだった。

「まぁ同郷のよしみだ。二人で話をしようじゃないか。ほれ」

店主が手首をくるりと回すとドアに掛けられていた札が風にあおられたかのように
ひとりでにひっくり返った。

『CLOSE』

「さて、今は結界状態だから変装を説いてもいいよ。お嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんっていうのやめてくれ」

トールは観念して指輪を指の中でくるッと回した。
イカツイ筋肉男からたちまち赤ドレスの女の子の姿に戻ってしまう。

「今更だけど、なんで君はそんな筋肉だるまみたいな姿を希望したんだい?」

トールの使っている変身の指輪はこの店主が作ったものだった。
この店主こそ、指輪の魔女メビウスであった。

「知ってるだろ?俺は元々男だったし、その元々の姿はこの世界に少数しか存在しない
魔女の系譜みたいな人種になるから、市井に紛れ込むには不適格だったって」

「僕は君がもともと男だったってことが疑わしいと思ってるけどね」

メビウスはくすくすと笑いながら言った。

「だって、君はそんなにきれいな女の子じゃないか」

「だから…これはこの世界に来たときになぜかこの姿になっちゃったんだよ」

「はいはい」

メビウスはトールの言葉を信じているのかいないのか曖昧な返事をした。

「それで、今日は何のようだい?顔見せだけでも嬉しいけどね」

メビウスはそう言いながらティーカップに紅茶を注ぎ始めた。

「魔女は個人主義の子が多いからね。」

彼女は紅茶を注いだティーカップの皿の部分を持つとトールに手渡した。
それを受け取りながらトールは言った。

「まぁ顔見せもあるけど、今日は純粋に依頼に来たんだよ」

「依頼?」

「指輪を作ってほしいんだ」

「君ほどの大魔女が何の指輪がいるんだい?宇宙を食らいつくす指輪かな?」

メビウスは可笑しそうにケタケタと笑った。

「……」

トールは顔を赤く染めながらじっと黙ってしまう。

「おいおい、何だよその反応。気持ち悪いを通り越して怖いよ」

メビウスは少し引き気味に言った。

「…わ」

「なんだって?」

「結婚指輪を作ってほしいんだよ!」

「は?」

この世界には結婚指輪なる風習は存在してなかった。
しかし地球出身のトール、いや透にとっては結婚指輪は必要不可欠なものだった。

彼(もしくは彼女)は結婚指輪とはなんなのかをメビウスに説明した。


「ふーん、そんな民族的風習の国があるんだねぇ」

「私の世界ではみんなしていることだよ」

トールは自身が気付かないうちに自分のことを『私』と称していた。
姿に人格が引っ張られるようであった。

「ま、そうだねぇ」

メビウスは少し考えたあと言った。

「おっけぇ、愛し合う二人のための指輪ね。まかせてくれ
サイコーのものを仕上げてやるからさ」

「恩に着る!」

トールは鞄をごそごそとあさりながら言った。

「いくらになるの?」

「おいおい、同郷から金をとるつもりはないよ」

「それはいけない」

トールはきっぱりと断りをいれた。

「私は最高の指輪師である貴方に仕事を頼んだんだ。
だからきっちりとその対価を払う必要がある」

メビウスは少し悩んだように言った。

「いやぁ、最高にもランクがあるんだよ
最高級の宝石と魔法付与した指輪なんか作ったら
城が3つくらい建てられるくらいの金がかかるぞ?」

「城3つ!?」

トールは絶句した。

「ま、君ほどの力があれば銀行を襲撃して回れば
それくらいかき集めることは容易だろうが、そうはしないんだろ」

トールはうつむきながらしばらく黙ると
おもむろに指を3本たてて前に突き出した。

「なにこれ?金貨3000枚かい?」

メビウスは茶化したように言う。

「給料の3か月分で勘弁してください」

トールの言葉にメビウスは盛大に笑った。

「ハーッハッハッハ!!いいともいいとも」

そして目尻に浮かんだ笑い涙を拭いながら言った。

「なぁに、愛の重さと金の重さは比例しないもんさ。だろ?
僕がそれを証明してあげるよ。君はそれを楽しみに待ってくれればいい」

「ありがとう…」

トールはすっかり疲れたように肩を落とした。

「そういえば、君は最近魔女の城の方に寄ったことはあるかい?」

「いや、城を出てから向こうに帰ったことはないわね。それがどうしたの?」

「うーん…」

メビウスは少し考えたが

「いや、なんでもない」

「そう」

二人の話はそこで終わり、指輪を作ることを約束してトールは店を出た。







碓氷透は運の悪い人間だった。彼も他の人たちと同じく人生でいくつもの選択をしてきた。

その選択やタイミングの悪さで大事な人を失ったこともあった。



そして今日もまた彼は選択を間違えたのかもしれなかった。

彼の同僚の橋本は言った。「碓氷透はいろんなことに無関心な人間」であると。

もし彼がこの時に、他のことに関心を見せていたら少しは物語は違った展開を見せたかもしれない。

だが、そうはならなかった。物語はこのまま進んでいく―





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