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第23話 納品
しおりを挟む―ドラゴンステーキ レア
俺は手に入れたドラゴンの肉を直接この店に納めに来た。
切り取って持ってきたドラゴンの肉は軽自動車の半分くらいの大きさがあった。
台車を借りてきてそれをえっせほいせと運んできたわけだ。
(誰も見てない森の中ではズルして魔法で運んだが)
この手のものは直接依頼主に納品するパターンが多い。
その代わり、依頼達成の印として依頼達成書に依頼主からサインをもらう。
その書類を冒険者ギルドに持っていくことで、提示された金額と引き換えることができるわけだ。
冒険者は気性が荒い者が多い。
そんな連中と直に顔を合わせたくないって人もたくさんいる。
そういう人たちには直接納品することなく、一回ギルドに『成果物』を持って帰る。
ギルドがそれを確認して成功報酬を支払い、依頼主がギルドまで成果物を引き取りに来るのだ。
ギルドにはそれ専用のスペースはあるが、そこを利用するにも一定のお金が必要なので
特に冒険者を忌憚しているような人でないなら直接工場なり作業場の保管スペースに
持ってきてくれた方が手間が省けるというものなのだ。
そして、グレースは後者の考えの人だった。
まぁ当然だろう。普段飲食店で冒険者や荒くれ者の相手をしてる看板娘が
冒険者を怖がってギルド経由にするはずがない。
仮によからぬ依頼受諾者がそれにかこつけて恐喝などしようものなら
この店の常連客達が黙っちゃいないだろう
「おー、でかいの仕留めてきたねぇ」
開口一番、グレースはそういった。
俺は得意げにニヤついてみせる。
「どうだ?依頼の品だぞ。特上だろ?」
ドラゴンの肉をポンポンと叩いた。
この店は『ドラゴンステーキ』という名前だが
実際のドラゴンのステーキはかなり高価で
高い報酬を手にした冒険者や貴族、大商人が食べるようなものだった。
この店ではリーズナブルな肉からそういった本格的なドラゴンステーキまで
いろんなものを提供しているのだった。
「どれどれぇ」
グレースは胸のポケットから眼鏡を取り出すと肉の検品を始めた。
いつも表では元気に動き回る姿しかみていなかったので
こうして眼鏡をかけている彼女の姿を見ると
少し色っぽさを感じ、ドキッとしてしまった。
「…お兄さん」
グレースは神妙な面持ちで俺に話しかけてきた。
「なんだ?」
「これ、アタイが依頼を出してたメメントドラゴンの肉じゃないよ」
「………」
しまった。
なんかドタバタ騒ぎでついうっかりしてたが
あの時倒したドラゴン。俺のターゲットのドラゴンじゃなかった!
顔はポーカーフェイスを作り得意げな表情をつくったままにしているが
背中には滝のような汗をかいていた。
やべぇ、どう言い繕えばいい!?
「こいつはテトラドラゴンっていって、メメントドラゴンよりはるかに
大柄で凶悪な奴の肉さね」
「…そうか」
「こんなヤツの肉。どうやって入手したのさ?」
「と、とある筋から譲ってもらってね」
嘘は言ってなかった。
「ふーむ…」
グレースは考え込む。
「俺はどうすればいい?」
俺は耐え切れずにグレースに聞いてみた。
「そりゃあ、最上級ドラゴンの肉があればアタイも嬉しいよ
けど、こんなレベルのドラゴンの肉を買い取れる金がウチにはないよ」
俺はいいアイディアを思いついた。
「こうしないか?俺はメメントドラゴンの報酬分で構わないからそれを受け取る。
アンタはこのドラゴンの肉を引き取る。これでwin-winだろ?」
「え?」
グレースは一瞬驚いた表情を見せた。
「全然win-winじゃないよ、アンタはこれを別の肉屋に卸せば相場のお金をもらえる。
ここでアタイ相手に売ったらはした金しか手に入らない。どうするつもりなんだい?」
「…見ての通りこの肉はかなり大きい。ここまで運ぶのも一苦労なんだ。
ここからまた別の店を探して運びたくないんだよ」
嘘だった。ここでグレースに顔と恩を売っておきたいという
邪な考えが9割を占めていた。
「アタイだって飲食店経営とはいえ商人の端くれさね。そんなおいしい話に
ホイホイ飛びつくほどの世間知らず箱入り娘じゃないよ」
グレースは胡散臭そうにじーっとこちらを見つめていた。
どうやら俺の作戦は失敗に終わったようだ。
と、そのとき奥から小さな声がした。
「ぐれーす…?」
通路の奥からよろよろと小柄で年配の男性が現れた。
「ちょ、父ちゃん。寝てろって言っただろう!」
グレースはその人のもとに駆けつけた。
彼はゴホゴホと咳をしており、かなり体調が悪そうだった。
俺がこの人は誰かと聞く前にグレースが答えた。
「この人はアタイの父ちゃんでマーシーっていうんだ」
「どうも」
俺は彼にぺこりと頭を下げた。
彼もそれにならって俺に小さく会釈をする。
「ずっと厨房に立っててもらってたんだけど、ここ最近病をもらっちまってね」
「それじゃあ今は厨房を誰が?」
「イトコにアルバイトで来てもらってる。でもアイツも別のところに就職が決まってるんだよなぁ」
「…そうですか」
俺にはどうしようもない家の事情だった。
「それより、父ちゃん。なにしにこんなところまで来たんだよ」
「お前がちゃんと商談をこなせるか見に来たんだよ、ゲホッゲホッ」
彼は会話をするのも一苦労といった感じだった。
「とりあえずそこの椅子で休ませては?」
「え?あぁ、そうだな」
俺はグレースと一緒に彼に肩を貸すと、隅にあった椅子に座らせた。
「まったく、商談はだいぶ前からアタイがやってただろう。今更気にするようなことかよ」
「ふふ…」
マーシーは少し笑いながら言った。
「商売の世界に教科書はない。タダより高い物はない。という言葉も事実だが
そればかりに気を取られてはいけないということだ」
そういうと、マーシーはこちらに向き直って言った。
「率直に聞こう。君はどうしたいのかね?」
「…え?いや。さっき言った通り、メメントドラゴンの値段でこのドラゴンを売る。
つまりこのまま依頼達成書にサインをもらえれば、ギルドでお金を受け取る。そのつもりですが」
俺はマーシーがなにを見定めようとしてるのかわからず脳をフル回転させた。
これが現代日本なら成果物と違うものを出荷するのはマズイかもしれない。
税金の取扱いが変わってくるからだ。
だが、魔女の城で勉強したところによるとこの世界の税金システムで
弊害がありそうには思えない。この世界には消費税が存在しない。
法人税は会計年度で店ごとだし、酒税は今回関係ない。
原材料の入荷の際に税金がかかることはないし、この世界には青色申告などないのだから
仕入れと売り上げ利潤の数字があってなくても特に問題はないはず。
いやまて、むしろ日本のサラリーマン的な問題じゃなくて、この世界の冒険者ギルドで
依頼したものと違うものを納品したことを達成扱いするのが問題になるのか?いや、だが、でも―
ポーカーフェイスを決めながらグルグルといろんなことを考えてみるが
結局のところ、この世界の人間ではない俺がなにかを思いつくことはなかった。
しかしマーシーはそんな俺の考えを見透かしたかのようにニヤリと笑った。
「なぜ、この店の依頼を受けたんだね?そもそもメメントドラゴンの時点で条件は
そんなによくなかっただろう?」
「…それは、以前この店に来たときに…食べた料理がおいしくて」
俺はちらりとグレースの方を見る。彼女は「?」と不思議そうな表情をしていた。
言えない。看板娘のグレースに気に入られようと依頼を頑張っていたなどと。
「あれ?お兄さんウチに来たことあったっけ?なかなかイケメンだし
アタイが忘れることなんかないと思ったんだけどなぁ」
「あぁ、あのときは、その、店が客でいっぱいだったからね
今と違って俺もボロボロの格好だったし」
「ふーん」
言えない(2回目)
まさかこれまでは赤いドレスでロングヘア―の女の子として店に来てましたなどと
言えるわけがなかった。
すると、マーシーは大きく咳払いをした。
「ゴホン!君、名前は?」
「えー…トールです」
「わかった。トール君。きみ、ウチの専属になる気はないかね?」
ここはレストランの搬入口、目の前にはドラゴンの肉
椅子に座った老人、肉の横に立つ若い娘、そしてイケメンに変身している俺
場の空気が一瞬時間停止したかのように静まり返った。
もちろん、俺が魔法を使ったわけではなかった。
一瞬の後、俺とグレースは同時に重なるように言った。
「えぇえぇえええええええええ!?!?!?!?!?」
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