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第22話 病院
しおりを挟む―浅はかな考えだった。
冒険者のラムジーはそう思った。
彼らはギルドの依頼でサガミの森に生息するテトラドラゴンの討伐任務を受けていた。
サガミの森は冒険初心者も入ってくるし、非戦闘職の人たちも行き来する地域だ。
ドラゴンは主要道路から少し離れたところを根城にしているようだが
ヤツがいつ人間を襲うかわからない。そういった脅威を排除するのが冒険者の仕事だった。
この日も、いつもと同じ『お仕事』だと思い特に何も考えずに
いつもの朝食をとっていつもの装備をそろえて、彼はパーティメンバーと合流した。
彼らはいつも同じメンバーでパーティを組んでいるわけじゃなかったが
こういう仕事をしているとメンツが似通ってくるものだった。
「おう、おはよう」
「おはよう」
ラムジーは顔なじみの冒険者、ダイドに挨拶をする。
彼もその挨拶に返事を返した。
ダイドは先日のジェレミー馬車襲撃事件で護衛をしていた男だった。
「今日はどうだい?」
「んー、ボチボチかな」
「なんだそりゃ」
ラムジーとダイドはお互いに笑いあう。
その後、他のメンバーも集まってきて総勢12人でドラゴン討伐の任務に出向くことになった。
ドラゴン討伐、確かに一人でドラゴンを討伐できれば英雄かもしれないが
普通はこうやって腕利きの冒険者数人で倒すものだ。
彼らはそうやって生計を立ててきた。そしてこれからもそうするつもりだった。
だが、そうはならなかった。
「はしれぇ!!!」
誰かの怒号が聞こえる。もはや誰の声が飛んでいるのかもわからなかった。
ラムジーは木に寄りかかっていた。もちろんポカポカ陽気を楽しんでいるわけではなかった。
ドラゴンの反撃にあい腹を切り裂かれて叩き飛ばされてしまったのだ。
ラムジーはぼんやりとした意識の中で腹に手を当てる。
じわっと生暖かい。さきほどまでは「痛い」という感覚もあったのに
今となっては「痛い」というより強烈な「熱さ」のようなものをわき腹から感じていた。
討伐対象のテトラドラゴンは彼らの想像以上に手強かった。
ギルドの認識ではまだそれほど人を襲っていないのでレベルは高くないとの
見通しだったが、実際にはレベル100は優に超えるレベルの凶悪ドラゴンが仕上がっていた。
彼らは別にドラゴンを格下と侮って初動をミスったわけでもなんでもなかった。
彼らの作戦や行動に落ち度はなかった。それでもこのレベル差はひっくり返すことができなかったのだ。
ラムジーの周りに次々と肉片のようなものが飛び散ってくる。
どうやら仲間がドラゴンに食いちぎられているようだった。
それでも他の仲間たちは攻撃の手を緩めずにドラゴンを叩いているようだったが
ドラゴンにはほとんどダメージは通っていなかった。
もはやラムジーの命は風前の灯火だった。
視界がぼやけてもう状況判断できるほど脳みそも機能していなかった。
何を言ってるのか内容も理解できないまま、耳の中に言葉だけ飛び込んでくる。
「おい、お前はこの件に関係ないだろ。急いで逃げろ!
できれば負傷者の1人でも回収してくれると助かる!」
「こんな状況で逃げられるわけないだろ!」
「わかった!このクソドラゴンは火を噴く。つまり広範囲攻撃可能だ!」
「なんか策はないか!?」
「やべぇぞ!ブレスの予備動作だ!」
誰かが加勢に来てくれたようだが、こんなものはエサの追加にしかなってなかった。
少なくとも彼はそう思っていた。
既に視界がかなりぼやけた状態で、彼は奇妙な光景を目の当たりにした。
赤いドレスの美少女がドラゴンを圧倒しているのだ。
彼女はまったく苦戦する様子を見せずに、ドラゴンを一瞬で葬り去った。
視界がぼやけて彼女の顔はまったくわからなかった。
でもラムジーにはそんな状態でも彼女が天使のような美少女であるという確信があった。
と、同時にこう思った。
(あぁ、これ、死ぬ前の幻覚ってやつだな…)
でも人生の最期に天使のような女をみて幕引き出来るならそれも悪くないかな。と彼は思った。
一つ誤算があるとしたら、それは彼にとって人生の最期の光景ではなかったことだ。
数日後、彼はカンヌギにある病院のベッドの上で目を覚ました。
「あ、え?あれ?」
ラムジーは素っ頓狂な声をあげてしまった。
「おや、気が付きましたか?今先生を呼んできますね」
偶然近くにいた看護師はラムジーが目を覚ましたのに気付いて部屋の外へと駆け出していった。
しばらくすると医者が部屋の中に入ってきて、彼の胸に聴診器を当てた。
「ふむ、問題はなさそうですな」
「先生、僕、生きてるんですか?」
「ここが天国じゃなければそうでしょうな」
医者は何とも言えない笑みを浮かべる。
ラムジーは改めて自分の手足を眺めた。
どこも欠損している部分はない。
「…奇跡か?」
「本当にその言葉にふさわしいですよ」
医者は続けて説明した。
「3日前、あなたはボロボロの状態で当院に運ばれてきました。
なんでもサガミの森の奥で負傷したそうですな」
「えぇ、確かこの町を出て1泊はしたと思います」
「そんな場所で負傷したにもかかわらず、治療が間に合ったんですよ」
ラムジーは不思議そうに聞き返した。
「というと?」
「本来、そんな遠距離でこんな深手の負傷を追っていたら確実に助かってません。
ところが…」
医者は一呼吸おいて言った。
「貴方はなぜかここに運び込まれる直前までまるで状態を『停止』したように
負傷したときの状態のままだったんですよ」
「え?」
「怪奇現象ですな。例えば血液というのは空気に触れているといずれ固まってしまうものです。
また、血液が大量に体から抜けてしまうと命を落としてしまいます」
「えぇ」
「ところが、あなたはまるで病院の前で襲撃されたかのようにそのままの状態だったんですよ
まぁ軽い治癒魔法はかけられていたようですが、そんなものでカバーできるレベルではありませんでした」
「………」
「ま。奇跡だと思っておくことですな」
ラムジーはふと思ったことを聞いてみた。
「あの、僕は誰にここまで運んできてもらったんですか?」
「あぁ、確かダイドという冒険者の方ですな。彼には感謝したほうがいい」
医者はそういうと、ニコッと笑いかけてそのまま部屋の外へと出て行った。
(俺、生きてるのか…)
その後、病室の窓からぼーっと外を眺めていると、聞き覚えのある声がした。
「よぉ、元気そうだな」
扉の方に目をやると、見舞い品であろう果物のカゴを手にしたダイドが立っていた。
ダイドはラムジーのベッドの隣にある丸イスに腰掛けた。
見舞いで持ってきたはずのリンゴを自分でくしゃっと丸かじりする。
「俺用じゃねーのかよ」
ラムジーは苦笑した。
「病人に固形食はまだ早いだろ」
ダイドは笑いながら言った。
「いや、たぶん食えると思う」
ラムジーは笑いながらもう一つのリンゴを籠から取り出すとそれを丸かじりしてみせた。
「!?」
ダイドは目を丸くした。
「へへ、どうだ?」
「ほ、ほんとにすげえな」
ダイドは感心したようだった。ラムジーは彼にあの日あったことを聞いてみることにした。
「なぁ、俺はすぐにやられちまってなにがなんだかわかんねーんだが、一体何がどうなってんだ?」
「………」
ダイドはあたりをきょろきょろと見回すと真剣な顔をして言った。
「それが…わからんのよ」
「は?」
「あのあと、別の通りがかった冒険者が加勢してくれたんだが
その時に地中にあった何かのガスにぶち当たったらしくて
それを吸い込んで、みんな気絶してしまってな」
「……」
「目が覚めると、なぜか俺たちは町の近くまで運ばれてた」
「どういうことなんだ…それで?」
「あぁ、ケガ人がたくさんいたから通りがかった商人から馬車を借りて
全力で病院に駆け込んだってわけだ。不思議なことにそれまで静かだったのに
病院の前につくとみんな傷口が開いたかのように吐血し始めてな」
「ほかのみんなは?」
「気絶前に死んだやつはやっぱり死んでたよ。だが、他の2人はなんとか一命はとりとめたらしい。
さすがにお前みたいにタフネスじゃないから冒険者は引退しないといけないかもしれんが…」
つまり、体のどこかを欠損して冒険は続けられないということだろう。
「そんで、後日再度現場まで行ってみたんだが
バラバラ死体に加えて、なぜかドラゴンもくたばってたらしい」
「!?」
自然発生のガスでみんな気絶するのはなくはないかもしれないが、
ドラゴンが死んでいた。というのはどういうことだろうか。そう彼は思った。
「それも鋭利な刃物で切り取ったみたいにすぱっとやられてたそうだ」
ダイドは手で包丁の形を作って振り下ろした。
「笑えるのが、加勢に来てくれた冒険者がちゃっかりその肉を手に入れて
売りさばきに行ったことだな」
ラムジーはダイドに聞いた。
「ほーん、そんなこと許したのか?」
「そりゃあ、最終的にはみんな気絶したとはいえ善意で加勢してくれたんだぞ?
それくらいのメリットあってしかるべきだろ」
それもそうだなとラムジーは思った。
「ところで、加勢に来てくれたって子はどこの誰だったんだい?」
「ハハハ。子って年齢じゃないぞ」
ダイドは豪快に笑う。
「え?赤いドレスの女の子じゃないのか?」
「おいおい、夢でも見てたのか?加勢に来てくれたのは俺らと同じムキムキの成人男だよ」
「そう…なのか」
結局この時、彼らは赤いドレスの女の子の正体にたどり着くことはなかった。
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