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第18話 冒険者

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ということで、商人ジェレミーの助けもあって
俺は難なく検問を通過しカンヌグの町に入ることができた。

「お、そうだ。助けてもらった報酬を渡さないとね
すまないが、一緒についてきてもらえるかい?」

ついて行かない道理はなかった。
実際、魔女の城からはいくらかのお金は渡されているものの
こういったものはいくらあっても困らないものだ。

町の中をしばらく進むと馬車は大きな建物の前に止まった。
どうやらここが「商館」ということらしかった。

「ま、中で茶でも飲んでいってくれ」

ジェレミーおじさんは満面の笑みで俺たちを館の中へと案内した。
一緒についてきていた護衛も苦笑している。
どうやらこの人、かなり「お人好し」な部類のようだった。
前世でサラリーマンをやっていた俺としてもこのタイプの人間は素直に
好感が持てた。

俺たちは彼の部下と思われる身なりの整った男性に
応接間に案内された。
応接間の席に着くと、別の部下と思われる女性が紅茶を運んできてくれた。
(まぁ、正式名称は違うのだろうが味は地球でいう紅茶にそっくりだった)
俺や護衛達はそれを飲んで一息をつく。

…おっと、忘れるところだった。

俺は紅茶を飲みながら、外に止めてある馬車にかけていた
『停止魔法』をこれまたみんなにわからないようにこっそりと解除した。

ガシャン!

大きな音が窓の外から聞こえた。
続いて男性の声で

「あちゃー、やっぱりかなり痛んでたか」

「ここまで持っただけでも奇跡だろう」

と話す声が聞こえた。どうやら貨物の運び出しをしていたスタッフたちにようだ。
車輪の破損位置的に魔法を解除したところで馬車がひっくり返ったりしないことは
わかっていたが、とりあえず外の会話を聞く感じ俺の魔法解除タイミングが
悪かったせいでケガ人などが出た様子ではなかったので、少しだけ安心した。

俺がゆったりと紅茶を飲んでいると護衛の一人が話しかけてきた。
それをきっかけに談議に花を咲かせた。

「そういや、アンタはなんでこの街に?」

「んー、ちょっくら金を稼ごうと思ってね」

「じゃあ、冒険者にでもなるのかい?」

冒険者…まさしくこのファンタジーな世界にうってつけの職業だ。
前世でバックパッカーをやりたかった俺としても世界中を旅できるであろう
冒険者という職業には魅力を感じていた。


…が、その反面。前世でも結局は会社勤務をしているとおり
どうしても選択に対するリスクのことを考えてしまう。
魔女の城で勉強したところによると、冒険者とは各町にある『冒険者ギルド』で
冒険者証というものを発行してもらうことでなることがことができるらしい。

冒険者証は全世界共通で今いるプローゼ帝国、そしてまだ見ぬアルム聖国
その他どちらにも属していない小国でも基本的に共通のものが使われる。
冒険者の取扱い自体にも国によって若干の差異はあるものの基本的な部分は同じだ。

また冒険者証の発行には一定の決まりがあり『15歳以上であること』『一定の戦闘力があること』
が求められる。戦闘力についてはそこまでべらぼうなものが求められているわけでもなく
日本でいうところの警察官の武術訓練をこなせる程度の心得があれば通過するらしい。
(とはいえ、まったくの素人が危ない仕事をするわけにもいかないので
最低でも地球での警察官並みの武の心得は必要ということだ)

もっとも、地球で警察官並みの武術を得ようと思ったらかなりの訓練が必要になるが
ここはファンタジーの世界だ。魔法やスキル等で技術の底上げをすることも認められている。
そういった経緯もあって、この世界ではイカツイ冒険者ばかりではなく
チャラチャラした兄ちゃんや若い女の子もそれなりの数存在する。


話を戻すと、おそらく俺は実力だけでいうなら登録自体はたやすい。
なんせ魔女としてレベル9万の実力を隠しているのだから。
だが、冒険者とはいわば毎日がギャンブルみたいな仕事だ。
命を落とすのも自己責任だし、腕や足を失うことだってある。
ギルドの依頼を失敗して一銭も手に入らないどころか、むしろ違約金をとられることだって
あるかもしれない。

そう考えると、『冒険者になります!』と軽々にいえるだけの度胸が俺にはなかった。


俺が難しい顔をしていることに気付いたのだろう、護衛の一人が

「まぁそう思い詰めるなよ。この町ならなんとでも生きていく方法があるはずさ」

と俺の肩をぽんぽんと叩いた。

「つか。ゴブリンをあれだけなぎ倒せるなら武力系の仕事すればいいじゃん」

「うーん…」

そもそも、ゴブリン無双も俺が剣の腕を磨いていたから出来たわけではない。
ただの魔法によるチートである。
なんとなく、そんなあやふやなものに頼りきって生計を立てることに『恐さ』のようなものを感じていた。
ある日突然魔法が使えなくなって一般人に戻ったとして、俺はそれでも生きていけるのだろうか?

そう考えると、俺は前世でのスキルを活かしたような仕事がしたい。と
そういう考えもあった。


わかっている。俺の言ってることは支離滅裂だ。

世界を旅したい。でもその前にカンヌグの町で拠点を築く。
だが、冒険者登録はせずサラリーマンとしてのスキルを活かした拠点づくりをする。

意味不明である。

でも、この意味不明さが俺という人間で俺の人格なのだ。
あるいはただの臆病風なのかもしれないが。


「まぁ、とりあえず街を回っていろいろ考えてみるつもりだよ」

「そうか、まぁ頑張れよ」

「ジェレミーの旦那が滞在許可証を発行してくれたから1か月くらいはこの町にいられるけど
それ以上になると、許可証の更新をしない限りは不法滞在になっちまうからな
それより前にちゃんと『この街の住人登録』を済ませて滞在できるようにしとけよ」

地球でいうところのビザみたいなものがこの世界にもあるようだ。
まぁそれはそうだろう。この世界はまさしく中世ヨーロッパのように
領主がその地域を治める支配体制になっているようだった。
それがゆえにあまり国民にぽんぽんと移動されると権力基盤が揺るいでしまう。
そういった理由もあって町への出入りは結構厳しめに管理されているようだった。

しかし、そんな中でいろんな町に出入り自由なのが
『冒険者』そして、『勇者一行』だった。

そう、この世界には勇者がいるのだ。
彼らは魔王を倒すという目的のために個人にしてかなりの権力を持たされているとのことだった。

「まぁ俺が勇者になるのはあり得ないとして…」

やはりこの世界を旅して回るとするなら冒険者登録は必須に思えた。
まぁ、その辺はおいおい考えて行けばいいだろう。

「おまたせぇ!」

ちょうど思考がまとまったところで、ジェレミーが護衛達に払う報酬をもって
部屋の中に入ってきた。

「おつかれさまー!また今度も頼むよぉ」

彼は護衛の一人一人に報酬を手渡ししていた。
こういった仕事を人任せにせず自分で行うあたり、かなり人がいいのだろう。
こんなので魑魅魍魎渦巻く商売世界でやっていけるのだろうか。
いや、この手のタイプは意外とスイッチのオンオフが激しいパターンもあるな。

「ん?どしたのトールちゃん」

「あ、いえなんでも」

ジェレミーの問いかけについ返事をしてしまった。
どうにも考え込んでぼーっとしていたようだ。

ちなみに俺はいまの男性スタイルのときも『トール』という名前を使うことにした。
単純に前世が『透』だから親しみがあるし、この世界でもトールという名前は
男女どちらでつかっても違和感のない名前だそうだからだ。

ジェレミーに頼んでこの街の滞在許可証を作ってもらうときに彼には名前を教えた。
もしかしたら、今後何かの縁でまた助けてもらうことがあるかもしれない。

「んじゃ、これは少ないんだけど」

彼は俺に小袋を手渡した。中を確認すると銀貨が数枚入っているようだった。

「ちょっとイロつけといたよ~。だからさ」

ジェレミーは下手糞なウインクをした。
なるほど、やはり彼は商人に向いてるようだ。
目先に小銭に固執せずにここは俺にいい印象を与えておいた方が
有利だと判断したのだろう。

本当に有利になるかはわからないが、俺はせっかくなのでその判断に乗っかることにした。

「またなにかあればお手伝いしますよ」

「ありがとね!」

ジェレミーは満面の笑みを浮かべた。


その日は思わぬ臨時収入もあったのでカンヌグの町の宿で1ランク上の部屋をとって休むことにした。
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