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第9話 半年

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― そして、俺がこの世界に来てから半年が経った


最初のひと月くらいは何かの拍子に元の世界に戻れたりしないかと期待も寄せていたが
それを過ぎると自分の中である程度の整理がつくようになった。諦めとでも言うべきか。
1か月…もう会社はクビになっているだろう。いよいよこの世界で暮らしていく覚悟を決めないといけない。

もっとも、今の俺は少女の姿をしているのだから
この姿のまま元の世界に戻ってもどのみち『碓氷透』として
会社に復帰するのは難しそうだが。

そもそも今の俺の姿、つまりこの『少女』は一体だれなのだろうか。
この半年間、時間があるときにいろいろと考えてみた。
一番しっくりくるのは俺がこの世界に来たときに新しく構築された存在という説だ。
つまり俺という人間が再構築された『転生』状態ということだ。

そう考える理由はもちろんある。
レベル100とか1000を基調としているこの世界でレベル9万越えの魔女が
今まで存在が露呈することなく存在していたとは考えにくかった。
もちろん俺がこの世界に転移してきたときにさらに別の世界からきた魔女と
合体した可能性もある。そういった細かい可能性を考えればきりがなかった。
まぁ何をどう考えても今の俺に出来ることなどないのだから、
この問題はいったん棚上げにすることにした。

俺はベッドに腰掛けながら自分の着ている服を手でさすってみた。
なかなか着心地がよく、動きやすい服だ。元居た世界のジャージに少し似ているかもしれない。
実は魔女は体から常に魔力を放っている影響で、市井の普通の服を着るとすぐに痛んでボロボロになってしまうらしい。
そこで、この城では『裁縫の魔女 マトリョーシカ』が作った服を着ることになっていた。
彼女が作った服は魔女が着てもボロボロにならないばかりか耐久性にも優れており、汚れも自動で落とせるという
文字通りみたいな服だった。まぁ魔法だが。

このジャージみたいな服は個人的に気に入っていた。
マトリョーシカは女の子向けの服を作るのが趣味なので
男が着られるような服はこういったジャージのようなものしかなかった。
この服は闘技向け、生活向けの服が欲しいとクロウにお願いされて仕方なく仕上げたもので
彼女自身は自分の作品のレパートリーとは認めていなかった。
とはいえ、ジャージがないこの世界でジャージに似た服を作れるのは才能だと思った。




朝日を浴びたくなくてベッドのなかでモゾモゾしてると部屋のドアをノックする音がした。

「お姉さま、起きてます?」

金髪にショートカットの女の子が部屋に入ってきた。
彼女は『セーブの魔女』メアリー。
彼女の能力は直近で自分が『セーブ』した地点にすべてを引き継いだまま戻れるというものだ。
使い方次第ではチート能力にも思えるが、負傷してもそのままセーブ地点に戻ってしまうので
安易な使い方では自滅する能力だ。セーブは何回でも行うことができるが戻れる地点は
一番最後にセーブを行った場面のみだ。自分はすべてを引き継ぐが周りはそうではないため
ある意味タイムリープ的な能力ということもできるだろう。

そして彼女は小学生のような容姿をしており、実年齢も同じような年ごろだった。
そんな彼女が自分の能力をうまく使えるわけがなく、クロウがなんとか
彼女を保護してこの城に招き入れたという経緯がある。

彼女は俺がここに来る1年前に城に来たということで、魔女としては先輩にあたるのだが
実年齢(碓氷透としての年齢)はもとより、魔女トールよりもかなり幼いことから
いつしか俺は「お姉さま」と呼ばれて彼女に慕われるようになった。

一度、メアリーには
「慕ってくれるのはありがたいけど、俺はそのまんまの見た目の中身じゃないかもしれないよ」
と言ってみたことがある。
「実は俺は男なんだ」と告げてみたが
「それがいったいなんなんです」と気にも留めなような素振りだった。
彼女くらいの年齢の子供が男女云々なんて気にしないものなんだろう。
そういうのはもっと思春期に入ってからはじめて芽生えるのかもしれない。
その時が来ると、俺も「お父さんキモーイ」みたいな感じで言われて離れて行くのかなと
思うと少し寂しい気持ちになってしまう。

まぁ、今はまだその時期ではない。
俺は毛布を引きはがそうとするとメアリーに対して
上半身を起こして言った。

「あぁ、ごめんごめん。さっき起きたところだよ」

俺はそのままメアリーの頭を撫でた。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。無邪気なものだ。

「今日はどうされますの?」

「んー、今日は確か試合も休息日だったはずだし、リンゼイの研究室でも訪ねてみるかな」

リンゼイとは、同じくこの城にいる魔女で常に白衣を着ており口数の少ない少女だ。
彼女は『観測の魔女』で、あらゆる幻覚や催眠、洗脳を無効化することができる魔女だ。

それだけだった。

戦闘に圧倒的に向いてないし、索敵能力もない彼女もまた庇護の対象になった。


彼女の研究室のドアをノックする。
研究室といっても彼女の場合はの科学者というわけではなく
なんとなくそれっぽいことをしているという程度の話だが

「どうぞ」

ドアの向こうからか細い声が聞こえてきた。

「あ。トールさん、メアリーちゃん。いらっしゃい!」

研究室の中には交換の魔女であるクリスがいて、俺たちを出迎えてくれた。
クリスとリンゼイは仲良しで一緒にいることが多い。
そして、クリスは幼子であるメアリーのことを特にかわいがって気に入っていた。

「よしよし、いい子いい子、クッキー食べる?」

クリスがメアリーの頭をなでるとメアリーはふてくされてその手を払いのけた。

「子供扱いはやめてください!」

「えー、いいじゃーん」

クリスは思いっきりメアリーに抱き着いた。メアリーは諦めたように成すがままにされていた。
クリスは初対面のときは炎の魔女にボコボコにされた直後で元気のない感じだったので大丈夫かと思っていたが
それ以外の時は存外元気だったので安心したのを俺は覚えている。

ここで暮らし始めて半年間。
管理者のクロウは基本的にこの場所の統括や自身の研究で忙しそうで会う機会がほとんどなかった。
ケイも迷いの森在住ということで、たまに会って挨拶する程度だ。
そうして、いろんな魔女と交流するうちに俺は自分を慕ってくれるメアリー、そしてリンゼイ、クリスと友人関係になった。

魔女の体はいわゆる「月のもの」など女性特有の現象が起きることはなかったが
それでも女の体初心者の俺にはわからないことだらけだった。
ブラジャーの付け方はおろか、髪の洗い方までまったくわからなかったところにいろいろと教えてくれたのがこの3人だ。
(この世界にはブラジャーは存在しているようだった。)
メアリーなどその方面のことになれば自分が役に立てるということが嬉しいらしく率先していろいろとレクチャーしてくれた。
別に隠しているわけではないが、俺が実は男だということをハッキリ知っているのはクロウやケイを除けば
この3人だけだ。
もっとも、この3人にしてもクロウと同じで俺が男であるとか女であるとかあまり興味がないようだったが。
魔女というのはなかなか特殊な観念を持っているのかもしれない。
もしくは『この世界』が特殊なのかもしれないが。

リンゼイがビーカーで沸かして入れてくれたコーヒー
(厳密にはコーヒーではないのだが、コーヒーと呼ぶことにする)
を飲んでいると、リンゼイがぼそっと呟いた。

「………そういえば、もうすぐ『ソトノヒ』だね」

「ソトノヒ?」

俺が聞き返すとクリスが代わりに答えた。

「城の生活用品とかを補充しに森の外まで買い出しに行くんですよ」

「ふーん」




「え!?」

あまりに当然のように言うので脳が反応するまでタイムラグを生じてしまった。
森の外!
行けるのか?森の外に!

「行けるのか?森の外に!」

考えていたことがそのまま口から出てしまった。

「まぁ買い出しメンバーに選ばれたら」

クリスが驚いた表情でそう答えるとリンゼイが続いて言った。

「…トールはこっちの世界に来てからずっと城の中だからね」

「あぁ、なるほど」

クリスは少しだけ複雑そうな表情をした。
俺以外の魔女はこの世界生まれだ。もちろん森の外のことも知っている。
森の外では魔女狩りが吹き荒れているそうだから、彼女は外の世界にあまりいいイメージがないのだろう。

「そういえばここに来たとき、機会があったら外に連れ出してくれるってクロウさんが言ってたな」

そうと決まればクロウに直談判だ!
俺は手に持っていたコーヒーを飲み干すとクロウの部屋に向かうことにした。

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