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第3話 誘拐

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部屋の中は暗く、ランタンの頼りない光が
ぼんやりと赤黒くあたりを照らすだけだった―

そんな中、俺は鏡に映る自分に手を振ってみたりニチャアと笑ってみたりするが
やはり鏡の中にいる人物は間違いなく「俺」だった。

鏡の中の俺は黒髪ストレートで肩にかかるほどの長さがあり、顔は異国人風でありながら日本人にも見える。
服は病院着ではないが、それに似たようなものを着せさせられていた


「なんだよ、これ。俺を一体どうしたんだよ!!」

俺は隣の椅子に座ってこちらを見ていた女、クロウに掴みかかろうとする……
が、妙に体が重く立ち上がって飛びかかれるほどの体力は回復していないようだった。
諦めて俺はベッドに座りなおす。

「んー、君は記憶がないクチかな?」

「記憶?」

記憶ならある。
直前まで会社で残業していて…そして何者かに襲われたのだ。

「わた…俺は直前まで会社で残業していたところを何者かに襲われたんだ!」

銀髪の女は顎に手を当てながら言う。

「ふむ…なるほどね」

少し沈黙を置いた後続けていった。

「それで、その、ザンギョーってのはなんだい?会社ってのはギルド的なものだろ
確かどこかの国でそういった制度を採用しているのを聞いたことがあるよ」

俺は頭を抱え込んでしまった。
なるほど、彼女も見た目からして明らかに日本人ではない。
残業とか言う文化が日本オンリーなどというつもりはないが
残業という概念がない文化圏の外国も確かに存在するだろ。

「残業についてはどうでもいいです。それよりわた…俺がなんで
ここにいるのか説明してくれませんか?」

気を抜くとなぜか一人称が「私」になってしまう。
姿に口調が引っ張られてしまっているのだろうか。


「んーーーー」

やけに長い「ん」を発すると、クロウは目線を右上にやった。
何から話そうか考えている。というのもあるが、長年の社会人の勘として
これはなにか隠そうとしているなと少し感じた。
まぁそうは言っても社会人歴十数年程度の若輩者だ。勘を外すこともよくあるが。


「君は世界を移動してきた。ここは君にとっての『異世界』だと言ったら信じるかい?」

「頭おかしいのか?と思いますね」

「だろうね」

クロウは苦笑した。

「私としてもこんなのはレアケースで、どう取り扱っていいのかわからないのだよ」

「よくわからないですけど、あなた方が俺を誘拐してきたわけでないということですか」

「ん?どうして複数形で話すんだい?」

「仮に誘拐だとしてもこんなこと個人で出来るわけないし、何らかの理由で日本から
遠く離れた場所にいるとしても、俺とかいう異分子を個人で保護する必要はないですからね。
犯人グループでないとするなら例えば現地の国連関係法人とか警察機関が俺を保護してくれたと
考えたほうがつじつまが合う」

彼女は少し困惑したように言った。

「コクレンカンレンホージンってのはよくわからないが、君がこの世界に来る前に
なんかの事件に巻き込まれていたのは察したよ」

なかなか話が通じないことに少しいら立ってしまう。
もし彼女が犯人グループと関係ないとしたら俺にとっての恩人になるかもしれない。
こういう感情を抱くのは不義理だろうか…?

「今度はそちらの番です。俺が何をどうしてここにたどり着いたのか教えてください」

「…わかった。こっちに来てくれ」

彼女はドアの先を顎でくいっと指し示した。
この体になる直前、俺は確かに何者かの攻撃を受けた。
全裸にコートを羽織った謎の女…
そのときのケガで起き上がれないんじゃないかと一瞬危惧したが
ベッドから起き上がると体は重いものの、なんとか立ち上がることができた。
しかし、さっきクロウに掴みかかれなかったように、サクサク動ける状態ではないというのが実情だ。

クロウは手を貸すかのように腕を伸ばしてくるが俺は片手でそれを制止する。
彼女はすこし寂しそうに微笑んで腕をひっこめた。
何が起こったのか教えてほしいといったのは俺だ。
だからというわけではないが、ここは自分の足で彼女の指示する場所まで向かわないといけない。
なんとなくだが、そんな感じがした。


部屋を出ると数メートルを歩き出す。
怪我をしているわけでもないので歩けないわけでもなかったが
やはり、倦怠感が足取りを重くしていた。
まるで陸上競技かのような『廊下歩き』を終えると、彼女は厳重そうな扉の前に立った。

「この部屋はほとんどの住民の立ち入りを禁じている」

彼女は神妙な面持ちをしながらそう言って扉を開けた。





部屋の中は殺風景だったで、大きさは先ほどいた部屋と大差なく
洋館の物置部屋…といった感じの作りになっていた。
ただ、真正面に異常な光景が見受けられた。
大きな鏡のようなものが置かれており、その鏡面にあたる部分に
紫色の渦のようなものがグルグル渦巻いている。
まるでハリウッド映画に出てくるCGの類のようだったが
その光景はあくまで裸眼の俺の目の前に広がっていた。

「これは…?」

「異次元装置。とでもいえばいいのかな?」

「は?」

「この装置は『空間管理の魔女』である私が研究テーマとして用意したものだ」

クロウは続けて言った。

「この装置は空間管理という魔法がどこまで有用なのかを確かめるために私が施した『生涯魔法』だよ」

「生涯魔法?」

まったく知らない意味の分からない単語が出てきた。

「それについてはあとで説明するよ。とにかく、この鏡はこの世界ではない世界とゲートでつながっている」

「なるほど、それで俺が現代日本からこの世界に飛ばされてきたと」

馬鹿げている。だが現に目の前に存在する謎の鏡をみているとそうも言ってられない。

「よくわからないが、このゲートは俺の世界。現代日本と繋がっていて
ここを通れば元の世界に変えれるってことでいいんですか?」

彼女はうつむきながら首を左右に振った。

「残念ながらコトはそう単純じゃない。例えばこれを見てくれ」

彼女はそういうと部屋の片隅にあった箱のようなものを俺の目の前まで運んできた。
中を覗き込むと、変な形をしたペットボトル状のものや、何に使うのかよくわからないスライム状のものなどが
箱の中に整理して詰められている。

「これは一体何なんですか?」

「私にもわからん!」

クロウはこちらが困惑するのを見越してか悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう答えた。
顔立ちがいいもんで一瞬ドキッとしてしまったが、平静を装って話をつづけた。

「わからないってどういうことですか?」

「これらの品はこの鏡から飛び出てきたモノだ」

「はぁ…」

「でも、君はこれらの品に見覚えはないんだろう?」

「ない…ですね」

もしかしたら地球のどこかでこういったグッズを作っている会社があるかもしれないが
少なくとも日本における日常品とは言い難い。

「実はね、この鏡ゲートは不安定なんだよ」

「というと…」

ある程度この先の展開に察しがついていたが、俺はあえて尋ねた。

「このゲートは数刻おきにリンク先が変わる。それこそ無数の世界にね」

「なるほど…」

「今ので理解ができたのかい?」

クロウは素直に驚いた顔をしてこちらを見てきた。
俺自身、SFモノが好きでよく映画やアニメを見ていたクチだから
この設定から導き出される答えは薄々予想がついている。

「もし異世界というのがパラレルワールドだったり、それに類する世界だったとして
それは数個とか数十個という単位ではないはずだ。それこそ無限に近い世界が存在するはず。
その無限の世界にランダムでチャンネリング…つまり鏡とリンクを繋げるのだとしたら」

「そう」

クロウは一呼吸おいて続けて言った。

「再び君の世界とリンクする可能性は砂漠で一粒の砂のかけらをさがすようなものだよ」




彼女のその言葉で、俺は妙な脱力感に襲われた―

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