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レイ編
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しおりを挟むそこは強烈な臭いに支配される巨大な沼地だった。
「ゴフッ、……」
「おまッ!」
ラウラを抱き締めて自分の着ているコートの裾で顔を覆うと、お姫様抱っこで抱き抱えて走り出した。忘れもしない、自分が一度死んだ事にした魔の沼の封印の神殿だった。
「ラウラッ!」
どうやって戻ったか何て、先程迄の遣り取りが証明している。砂時計を回転させたら15年前に戻った。自分もラウラも若返って、だが服は出会ったままの装備。
「死ぬなっ…」
あの日倒した邪竜の素材で作らせた装備はレイを絶対王者にした。孤高で最高のSランク。
「クッ……」
誰も寄せ付けず、ただ自分の気のまま好きな事だけに生きてきた。
「コホッ…」
「おい!」
ミスリルの柱を飛び移って魔の沼から遠ざかる。
口の端から血を垂らして咳き込んだラウラを少しでも遠ざけなければと鼓動が早まった。
ギュッと胸のベルトを掴んで引っ張られ、ハッと目線を下げる。
「レイ、」
顔を赤くして潤んだ瞳でレイを見上げるラウラは、レイのコートの裾から頭を出して、左手でレイにしがみついていた。
レイは苦虫を噛み潰した様な泣く子も黙る顔でラウラを睨む。
「レイ、もう大丈夫です。ほら、臭く無いでしょう?」
そう言われてはたと気付く。
後三本で魔の沼を抜ける所で止まると、ラウラはコートを掴んでいた手を離して鼻や口を露わにした。その表情は微笑みに彩られ、自身の指先で、口から垂れた血を拭って宙に手を差し出すと魔術なのか水で洗い流した。
「このコートは凄いですね。覆われた瞬間に呼吸が楽になりました。それに貴方の足の速さにも驚きです」
「それは邪竜の鱗を剥いだ後の皮から作られてる。自分の毒は自分の身体じゃ効かねぇよな」
その通りだと、ラウラは納得してレイに降ろしてもらうが、二人並んで立てる幅が無いので、結局お姫様抱っこに落ち着いた。
「それで?此処は15年前なのか」
「判りません。貴方の戻りたい過去に飛んだだけです。あ、一方通行の使い捨てですから、元の時代に戻れませんよ」
巫山戯るなと怒鳴りたくなったが、微笑むラウラの顔を見て、15年の人生に取り立てて言う程思い入れなど無いなと怒りが引っ込んだ。
15年前に未来から来た自分達が居るなら、当時の自分達はどうなっているのだろうか。少なくとも毒沼が顕在してるならまだレイは此処に来る前の筈。
「過去の貴方を探してみませんか?」
「探して会えってか?」
「少なくとも貴方を変える事が出来ると信じています」
確信して微笑みを浮かべるラウラの目は知識でしか知らないが、きっと海よりも深い綺麗な青紫色をしているだろうと思った。
魔の沼から離れ、高ランクの魔物が犇めく森をのんびり歩く。獣道が分からない程生い茂る草に背の高い木々で薄暗い森を、土魔術で土を均すラウラの前をレイは辺りを警戒しながら歩いた。
「良く覚えていますね」
「神殿から真っ直ぐ進むだけだ」
良く魔力が途切れ無いなと感心しながら現れる魔物を討伐していく。何処から見ても貴族なこの男が魔物が蔓延る森を生きて出る為には俺が守らなければならない。
何の目的か知らないが、魔力を使って迄やる必要があるのだろう。
会話をした感じ無駄や面倒事は嫌い、効率重視なのがよく分かる。
そんなゆっくりペースで進んでいると、後ろから複数の蜘蛛の魔物がカサカサと迫って来る。
ダークポイズンスパイダーと言う、自身が産み落とした子蜘蛛に獲物を追い立てさせ、手前で待ち伏せをする1メートルサイズの大毒蜘蛛だ。
その子蜘蛛を剣を振るうだけで弾き飛ばしているレイは準備運動にもならないとボヤく。
そしてラウラは右手首に嵌めているブレスレット、ミスティリングから二丁拳銃を取り出すと、無属性のただの魔力の塊を撃ち出しては50センチ程度の子蜘蛛の頭目掛けて撃っていく。
「的が大きい上近寄ってくれるので狙いやすいですね」
「動きも遅えし雑魚はこんなもんだろ」
雑魚と言うが、連携を取る上、ダークポイズンスパイダーの牙や脚に生えている細かい毛には毒が含まれているのでAランク認定の危険な存在だ。それをいとも容易く連携を崩し、容赦無く屠る二人は子蜘蛛を始末する。
ラウラが残る親蜘蛛のダークポイズンスパイダーの足元に銃を連射して動きを阻害する。
「採れる素材はありますか?」
「毒の牙、脚の毒が含まれてる毛、目玉、魔石」
「結構ありますね。解体は面倒なので倒したらそのまま持ち帰りましょう」
さっきから気になっていたが、貴族なこの男は何故これ程魔物討伐に慣れているのだろうか。それに迷宮から時々見つかる銃を普通に使っている。弾切れは無いのか、反動は無いのか、音が静かなのは何故か。
ラウラは器用に伝えられた部位以外を撃ち抜いては微笑みから変わらぬ顔で子蜘蛛を踏んで消していく。
「それは銃か?さっきから出したり消したり何なんだ」
「知りたいですか?知りたいですよね」
今日会ったばかりの筈なのに、これ程馴れ馴れしいのは何故なのか。
ジトっとラウラを睨み付けると倒れ堕ちた親蜘蛛から視線を離してレイに笑みを向ける。
「この銃はLapis Modelです。元いた世界の迷宮から発見され持ち帰られた銃を買い取り、描き起こした設計図を基にMADシステムで作った魔力を放つ拳銃です。私の魔力に調整済みなので引き金を引けば私の思考を読み取って属性変更出来ますし、魔力と集中力が切れなければ幾らでも撃てます。
我が領土のみで出土するインバニウムにマナタイトを合金化して、それに魔力を注ぎながら形質変化させ、内部に魔術陣を投射し、最後にMADシステムで個人に調整する所まで請け負ってますよ」
「いや、そこまで詳しく聞いてねえよ」
呆れればいいのか驚けばいいのか、此奴の元いた世界がかなり進んだ先進国だと言うのだけは良く分かった。
ラウラが足で親蜘蛛を踏むとミスティリングに回収されて消えた。
「ほら、蜘蛛の回収も終わりましたから、どんどん行きましょう」
ラウラはふぅーと細く息を吐いて、額のかいてもいない汗を袖で拭うと、再び土を均して歩き始める。
こいつ冷静過ぎるだろと思いながら、足手纏いよりはマシかと数歩で追い抜いて先導しながら魔物を切り払い森を進んだ。
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