我慢を止めた男の話

DAIMON

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第三十四話『落ち着けるのは大切なこと』

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「あ~、流石に飲み過ぎたか……」

 やっぱりというか、起きたら頭がぼーっとして重く、起きているのに瞼が落ちそうになる……頭痛や吐き気はないんだが。

 しかも外を見たら、もうすっかり太陽が昇りきって青空が広がっている……ほぼ昼じゃないか、完全に寝坊だ。

「ぶわぁ~ぁ……まあ、いいか」

 今はもう会社員じゃないんだ……遅刻とか何とか気にしなくていい。

「風呂でも入るか」

 そうすれば頭も覚醒するだろう。
 俺は手早く風呂を準備し、朝風呂ならぬ昼風呂を堪能した。

「はぁ~、サッパリしたぁ~」

 風呂上がりの爽快感で、狙い通り頭もしっかり覚醒した。
 欲を言えばコーヒー牛乳が飲みたいところだが、手元に無いので仕方ない……。
 ちなみにフラムベル王国にはコーヒーはあるし、牛乳もある。
 しかし残念ながら、ただコーヒーと牛乳を混ぜただけではカフェオレになるだけで、所謂コーヒー牛乳にはならない。
 麦茶と牛乳を混ぜる、という裏技も試した事があるが、飲んでみて微妙な気分になったのを覚えている……。

「はぁ、な~に考えんだろうな、俺は……」

 変な事をダラダラぼーっと考えてしまった……やっぱりまだ頭が完全には覚醒してないみたいだ。

 しかし、このぼーっとした時間が、なんとも言えない良い気分にさせてくれる気がする。
 ゆっくりと過ごせる……それが何だか贅沢に感じる。

「……さぁて、出掛けるか」

 暫くぼーっと外を眺めながら過ごしてから、着替えて出掛ける支度をする。

 街歩きはもうしない。
 トラウマって程じゃないが、嫌な印象が付いたので王都はもう彷徨かない事に決めた。

 今日は冒険者ギルドへ行く。
 フラン支部長に会って、報酬の件を片付ける。
 前金で貰った金貨100枚が丸々残っているから、報酬なんてもう受け取らなくてもいいんだが、多分それじゃあフラン支部長が納得しないだろう。
 金貨がどんどん増えていくなぁ……ちゃんと数えた事がなかったが、今どのくらい貯まったんだろう?

 もしかして、そろそろ家とか買えちゃうか?
 夢のマイホーム、海辺の一軒家……!
 歩いて釣りに行けたり、泳ぎに行けたりする場所に住むのが子供の頃からの夢だった。

「…………フフ」

 いかん、つい変な笑いが……。
 こういう想像って楽しいんだよな。
 そうだ、話のついでにフラン支部長にそういう不動産関係の事を聞いてみるか。
 俺よりは間違いなく詳しい筈だ。

 準備が出来たし、出るか。

「あ、そうだ」

 キャスに一言掛けておこう。
 昨夜の様子からしてまだ起きてない気もするが、もしかしたら案外もう起きてギルドに行ったかもしれない。

 荷物を背負い、自分の部屋を出てキャスの部屋へ――。

「おーい、キャスー。起きてるかー?」

 部屋のドアをノックしてから声を掛ける。

『…………』

 しかし、反応が無い……。

「いないのか?」

 こんな時は便利な探知魔法だ――余り範囲を広げない様にして発動させる。
 すると、部屋の中に気配が1つ……。
 かなり微弱……これは、対象が弱っているか、何らかの理由で意識が無い状態の反応だ。

「まだ寝てるのか、それともやっぱり二日酔いで起きれないのか……」

 念の為、ドアノブを捻ってみる。
 鍵は掛かっていなかった……昨夜、俺が運び込んでから1度も起きてないな、これ……。

「キャス、入るぞ~」

 一言断ってからドアを開けて中へ入る。
 すると、キャスはベッドの上で毛布に包まっていた……。

「おーい、キャスー。大丈夫か~?」

「…………ゥゥ~…………ァァ~……」

 ゾンビか?
 緩慢にモゾモゾ動いたかと思えば、そんな唸り声とも取れる小さな声が出てきた。

「……こりゃやっぱ二日酔いかな」

 昨夜の解毒魔法アンチドーテじゃ足りなかったか。
 念の為、もう一度解毒しておくか。
 それと念の為、治癒ヒールも掛けておこう。

「…………スヤァ」

 魔法を掛け終えると、毛布の中から安らかな寝息が聞こえてきた。
 これなら大丈夫だろう。

「……んじゃ、俺は行くからな」

 一応一声かけてから退室――宿を出る時、ホテルマンにキャスの事を少し気にかけてもらえる様に話しておいた。

 宿を出たら真っ直ぐギルドへ――寄り道無しだ。

 ギルドに着いたら受付で取り継いでもらい、すぐにフラン支部長と会う事ができた。

「おはようございます、ジロウさん。ご気分は回復されましたか?」

「ええ、おかげさまで」

 挨拶の後、応接用のソファーにフラン支部長と向かい合わせに座る。
 すると、タイミングよくドアが叩かれ、女性職員がティーセットの乗ったトレイを持って入って来た。

「失礼します。お茶をお持ちしました」

「ありがとう」

「どうぞ、お構いなく」

「いいえ、どうぞご遠慮なく」

 遠慮したが、目の前にお茶が置かれてしまった。
 白地に青で蔦が巻き付いた様な模様が描かれた綺麗で高そうなカップだ……。
 しかし、出された以上飲まないのは失礼だろう。

 ソーサーごと持ち上げ、片手でソーサーを持ちながら、もう片方の手でカップの持ち手を軽く摘み、静かに淵に口を当て、お茶を口内に流し込む――間違っても啜ってはいかん!

「っ……あ、美味い」

 口に入れ、飲み下すと紅茶の甘い良い香りが鼻に抜けた。
 渋みも程よく、温度も熱過ぎずぬる過ぎず……これは良い!
 俺の雑な味覚と感性じゃこんな表現が限界だが、俺にも明確に美味いと感じるお茶なら、確かな技術だと思う。

「ふむ、確かに良い香りです。また腕を上げましたね」

「恐れ入ります。それでは、私はこれで失礼させていただきます」

 そう言うと女性職員は恭しく頭を下げ、トレイを持って部屋を出て行った。
 仕草に澱みがない……印象としては、出来る秘書って感じか。

「さて、早速本題に入りましょう」

 そう言うとフラン支部長はカップをテーブルに置き、深く頭を下げてきた。

「先ずは感謝を――ジロウさん、この度はありがとうございました。貴方のおかげで、私は新たな剣を得る事が出来ました」

 頭を上げ、フラン支部長は側に置いていた剣を見せてくる。
 ダニロさんの工房で見た、あの剣だ。

「折れた師の剣より生まれ変わった、私の剣――銘を『緋炎』と付けました」

「おお、良い名前ですね」

「ありがとうございます」

 嬉しそうに鞘に収まった剣を――緋炎を撫でるフラン支部長。
 尊敬する師匠の剣から打ち直された自分だけの剣なら、愛着も一入ひとしおだろうな。
 そういえば、フラン支部長はあの剣が折れてしまったのが原因で冒険者を現役引退したんだったか。

「支部長、冒険者に復帰するんですか?」

「……確かに、そうしたい気持ちもありますが、流石にすぐに支部長の職務を放棄して~というのは難しいですね」

 フラン支部長が言うには、後任として適任者は何人か候補がいるものの、いずれもまだ支部長を任せられる程には育っていないらしい。
 それにフラン支部長自身、今の仕事にやりがいを感じている面もあって、現役復帰は当面保留にするとの事だ。

「少し話が逸れましたね。本題に戻りましょう」

 フラン支部長は徐に立ち上がり、執務机の向こうから布が被せられた四角いトレイを持ってきてテーブルに置いた。

「こちらが今回の依頼の報酬です。どうか受け取ってください」

 布が取り払われると、きっちりと並べて置かれた金貨、金貨、金貨……!
 ザッと置かれていない分コンパクトに纏まってはいるが、その分数え易く……パッと見る限り10枚1束で20束、金貨200枚……!

「金貨200枚を用意しました」

 正解――って、またこんな大金を用意してくれちゃって……。
 うーん、金はあって困るものではない……筈なんだが、今、俺は困っている。
 こうポンポン大金が舞い込むと、元日本人としては気後れするというか、腰が引けるというか……。

 だが、夢のマイホーム資金と考えれば……て、そうだ、忘れていた!

「フラン支部長、ちょっとご相談が……」

「何でしょう?」

 俺は夢のマイホーム計画――という程大層なもんじゃないが、海辺に一軒家を買いたいと考えている旨を簡単に話した。

「なるほど、それは素敵な夢ですね」

「恐縮です」

「そういう事でしたら、私が紹介状を書きましょう。多少の役には立つ筈です」

 フラン支部長の話によると、ウエストバリーは港湾都市として栄えている事もあって、貴族や商人達が自分達の屋敷や店舗を構える事が多く、商業ギルドに登録した所謂『不動産屋』も数多くいるそうで、冒険者ギルドの支部長の紹介状があれば良い物件を紹介してくれる筈だという。
 ちなみに、その話の流れで教えてもらったが、どうも一軒家は広さや立地などの条件で価格が大幅に変わるらしく、一概にどのくらいとは言えないそうだ。
 その辺りも不動産屋に予算を言えば探してくれるし、紹介状とAランク冒険者の肩書きがあれば結構勉強してくれるとも……。

 まあ結局のところ、現地に行って探してみない事には分からないという事だな。

「では、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

 封筒に入れられた紹介状と報酬を受け取る。
 金貨が嵩張るが……まあ、仕方ない。
 この世界では自分の金は自分で管理するのが基本だ。
 銀行みたいな金を預ける場所も無い。
 金を貸す仕事はあるみたいだが、よくある話でヤクザ者とつるんでる輩が多く、近づかないのが賢明――と、これは余談だな。

 とにかく、これで用事は済んだ。

「それじゃあ、俺はこれで」

「はい。また何かあれば、気軽に訪ねて下さい。私で力になれる事があれば、助力は惜しみませんので」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします。それでは」

 軽く挨拶を交わし、俺は支部長室を後にした。

 これで一先ず今日の――いや、この王都での用事は全て片付いた。
 これからチェックアウトまでは引き篭もる。
 そして、目的地の港湾都市ウエストバリーを目指す――そろそろ腰を落ち着ける場所が欲しい、というか欲しくなってきた。

 ウエストバリー、良い街だといいなぁ。

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