我慢を止めた男の話

DAIMON

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第三話『困惑の裏事情』

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「た、頼む!彼女だけは……カサンドラ様だけは助けてくれ!この通りだ!!」

「ええぇ……?」

 マッチョスキンヘッドの土下座……しかも俺が武装解除で身包み剥いだからパンツ一丁だし……。
 俺、困惑……。


 異世界最初の町は、海賊に支配されていた。
 町には副船長と下っ端がいて、全員チートパワーでシバキ倒した。
 しかし、やがて船長が船で帰ってくるという。

 こうなったら徹底的に戦ってやるぜ!――と息巻き、奴らの船が戻ってくるのを待ち構えた。

 そして、夕方……遂に海賊船が現れた。

 俺は沖に船影が見えた時点で海にダイブ、海賊船目指してクロール――やっぱり凄いわ、この体、クロールでモーターボート並みのスピードが出るんだもの。

 で、海賊船に海面からジャンプでダイナミックエントリー。
 着地から間髪入れずに甲板の下っ端海賊どもを薙ぎ払い、現れたマッチョスキンヘッドの海賊団船長ゴードンも何か言ってる途中で容赦なくアッパーカットで垂直に飛ばしてやった。
 俺の倍はありそうな巨漢が、メインマストの先辺りまで飛んだのは、なかなか圧巻だった。

 そこで、何やら赤い髪の女海賊が「おのれー!!」とか叫びながらサーベルで襲いかかって来た。
 ので、サーベルを蹴り飛ばして、見様見真似の背負い投げで甲板に叩きつけておいた。
 俺は他人を力で踏み躙る様な輩に老若男女はないと思ってる。

 で、全員身包み剥いでから縛り上げ、それが終わったところでゴードンが目を覚まし、冒頭の台詞を吐いた訳だ。

 女を庇う、というのは男ならよくある話だが……カサンドラだと?

 そういえば、さっき気になる物があったな……。

「ん」

「ッ!そ、それは……!」

 ゴードンの顔色が変わったな、こりゃ勘が当たったかな。

 俺が奴に見せたのは、一本のナイフ――下っ端が持つ様な鈍らじゃない。
 精巧な細工が施され、柄のところに虎だか猫だかが剣を噛んだ紋章が刻まれている、如何にも曰くありげな一品……。
 あの女が服の中に入れていたのを見つけた。
 咄嗟に抜けない場所であり、絶対に落とさない場所、それだけ大事な物と分かる。

「その反応で大体わかった。お前ら、ただの海賊じゃねえな?」

「…………」

 こういう時の沈黙は肯定と同じだ。

 なんとな~く見えてきた。
 想像だが、あの赤髪の女――カサンドラはどこぞ貴族か何かの令嬢的な者で、海賊は世を忍ぶ仮の姿……。
 で、この船長を張るゴードンは、カサンドラの護衛ポジションなんだろう。

 何かしら深い事情ってやつがあるのかも知れない……が。

「お前ら、これまでに海賊行為でどんだけ他人を踏み躙ってきた?」

「ッ……そ、それは……!」

「お前らが抱える事情とやら、その踏み躙ってきた人達に話して、その人達は納得してお前らを許すと思うか?」

「……ッ……」

「自分で分かってんじゃねえか。分かってて、いざ自分達が危なくなったら「助けて」なんて虫のいいこと言うな」

 俺は、そういう虫のいい台詞も、それを吐く輩も嫌いだ。
 因果応報、俺の好きな言葉だ。

「……その男の言う通りよ、ゴードン」

 おや?
 カサンドラとやらが目を覚ました様だ。
 というか、少し前から起きてたのか?

「カサンドラ様……!」

「どんな事情があろうと、私達がしてきた事は許されないことよ……。ここで果てるとしても、受けるべき報いを受ける時が来ただけのこと……」

「ですがッ、カサンドラ様は……!」

「その男が言ったでしょう……。私の、私達の事情なんて、この国で平和に暮らしていた人達には関係ないわ……」

「ッ……ぐぅぅ……!!」

 ゴードンは、悔しそうに唸った後、何を思ったかまた俺に向かって頭を下げて床に叩きつけた。

「……何の真似だ?」

「どうかッ、どうかお頼み申す!!これまで重ねた罪はこの身をもって償う!!私はどうなっても構わない!!だからせめて……せめて話だけでも聞いてほしい!!そして、カサンドラ様のお命だけは、助けてほしい……頼むッ!!」

 ぬぅ、必死かよ……。
 ヤバいな、好きに離れないが、なんだか同情心が湧いてきてしまった……。
 ここでこいつらの訴えを一蹴したら、俺が冷酷非道みたいじゃないか……。

 ああもう!
 俺も甘いな!

「……言ってみろよ。その事情とやら……」

「っ!感謝する!!」

「うるせえ、いいから早く話せっての!」

 ああ、クソ!
 異世界に来て早々に、なんでこうなる!?



 で、話を聞いた結果――まあ大体予想通り。

 カサンドラは隣国『ガルナス帝国』のレンブルトン侯爵家の令嬢だった。
 ガルナス帝国と、俺が今いる場所を領土に持つ『フラムベル王国』は、もう百年以上という長い間、戦争を続けている。
 詳しくは分からないが、帝国も王国も『相手が先に侵略してきたから反撃し、相手が非を認めず、それどころか逆恨みで攻めてくるから戦っているだけだ』と主張し合っている構図らしい。
 だが、そんな長い間戦い続ければ、もう嫌になる人間が現れる――帝国内でも、戦争の終結と継続を望む派閥に分かれ、貴族同士の勢力争いが起こっているとか。
 で、カサンドラの実家、レンブルトン侯爵家は戦争終結派に属する貴族の一家だった。

 残念ながら、今の帝国は戦争継続派が政治の実権を握ってしまっている……。
 何しろ皇帝が戦争継続派だからだ。
 しかも悪い事に現皇帝は高齢の上、病気で伏せっている上に、実子の皇太子が病死しており、後継はまだ幼い孫娘の『ビビアン皇女』とやらのみという状況で、戦争継続派の貴族達がほぼ好き勝手してしまっているという有り様……。

 その為、戦争終結派の貴族達は帝国内で冷遇され、閑職に飛ばされたり、人質を取られて過酷な任務に送られたりしているらしい。
 レンブルトン侯爵家も、夫人――つまりカサンドラの母親が人質に取られ、レンブルトン侯爵は発言権を封じられ、カサンドラは王国内に工作員として侵入して略奪行為を命じられている、という訳だそうだ。

 はぁ、聞くんじゃなかった……なんて後悔しても遅い。
 聞いちまったからには、もう、聞いた上でどうするか、だ。

 何も聞かなかった事にして、こいつらは全員然るべき場所に突き出して、俺は異世界を漫遊する?
 いや……いやいや、無理だな。
 後悔や罪悪感は後からジワジワ効いてくるんだ。

 なら、帝国相手に大立ち回りして、カサンドラの実家とかを救う?
 そんな、正義のヒーローじゃあるまいし……こいつらに対してそこまでする義理はない。

 なら……最低限、ゴードンとカサンドラだけを手近なところに置いて、旅に出る、か……?

 うん、このぐらいかな。
 またこの世界の事も碌に知らないし、色々知ってそうな人間が近くにいるのは悪くない。
 もし、逃げ出したら、それはそれで面倒がなくていい。

 よし――

「分かったよ、命だけは助けてやる」

「っ!かたじけない!!」

 また床に頭突きしてる……。
 やれやれ、このオッサン仰々しくて暑苦しいわ……。



 という訳で、海賊を制圧した俺は町に帰還――縛り上げた海賊どもを見て、町の人々から歓声と共に迎えられた。

 そのまま祝いの宴~とはならない。
 食料や金品を奪われ、持ち出され、今の町には殆ど蓄えがない状態だからだ。
 だからって訳じゃないが、海賊船とその積み荷は町の人に譲った。
 まあ、砲弾やら薬類やら保存食やら酒やら、大したものはないしそう多くもないが、町の人達にはかなり喜ばれ、感謝された。

 ちなみに町から奪った食料や金品は船に無かった。
 ゴードンにこっそり聞いたところ、海上で帝国軍に引き渡したらしい。
 そうやって王国内で略奪を行い、ジワジワと王国内を荒廃させるのが目的なんだと……悪辣な。

 さておき……今後の事。

 先ずとっ捕まえたゴードン以下海賊どもは、この町から歩いて2・3日のところにある小都市『レーネック』に王国軍の駐屯地があるらしく、そこに連れて行けば『犯罪奴隷』として引き取ってもらえるとのこと。
 なので、俺が引き摺って連れて行く。
 服船長以下、海賊どもはゴードンや他の仲間がボロボロになっているのを見て反抗心が折れたらしい。
 ちなみに、ゴードンとカサンドラ以外は全員、あちこちから集めた荒くれ・チンピラ・犯罪者などだそうだ。

 それにしても、あるんだな、奴隷制度……しかも、ゴードンから嫌な話を聞いた。
 なんと、場所によっては、帝国の工作員が王国民を攫い、帝国内で奴隷にするという胸糞工作も行われているとか……。
 本当に胸糞悪い……。
 戦争なんて碌なもんじゃない……。
 人が人じゃなくなる……。
 あー嫌だ嫌だ……。



 嫌な話を聞いて気分が悪くなったが、そこは一先ず置いておいて、すぐにレーネックへ出発する。

 もう日が暮れたが、海賊どもを町に置いておくのは危ないし、町の人達も気が休まらないだろう。
 俺も神様謹製のこの体は全然疲れていないし、異世界の都市とやらを見たい気持ちもある。



 という訳で、長居は無用――すぐ出発だ。



「本当に行くのかね……?」

 町の入り口にて、町長や町の人々がわざわざ見送りに集まってきた。

「夜の道は危険だ。それに海賊どもを連れてなんて無茶だ」

「まだお礼もしていないというのに……」

「いやいや、ここに海賊を置いたまま一晩明かす方が危険ですし、俺の事なら心配無用ですよ。こんな『装備』も貰ったし、食料まで分けて貰ったんですか、お礼としても十分ですよ」

 夜明けを待たず出発する旨を話したら、せめて海賊から救ってくれたお礼だと、装備一式を用意してくれた。

 鉄製の胴鎧、丈夫な革ブーツ、革手袋、雨具にもなるマント、そして剣とナイフ――全て町の人達が特急で仕立ててくれた。
 そして、数日分の食料と水、毛布とそれらを入れる丈夫なリュック。
 旅支度としては十分、身一つだったのが1日で大分整った。

 準備は万端――出発待ったなしだ。

「じゃあ、色々ありがとうございました」

「それはこちらの台詞だ。元気でな!」

 軽く言葉を交わして、町に背を向け、歩き出す。
 海賊どもを繋いだロープを引いて――

「本当にありがとうな!!」

「また来てくれ!!」

「くれぐれも気をつけてね!!」

 町の人々の声を背中に受け、俺は町を出発した。

「さて……一応言っとくが、キリキリ歩けよ、てめえら。俺はお前らに一切配慮しないからな。モタモタしたら容赦無く引き摺っていくし、抵抗なんかしたらボコってから引き摺るぞ」

「「「へ、へい……!」」」

 町を出たところで海賊どもに釘を刺しておく。
 人数が集まると安心感から反抗心を取り戻す可能性もあるからな。



 こうして俺の異世界生活というか、旅が、いきなり波瀾万丈の気配を帯びて始まった――。
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