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惑星ヴァージャ (十六)
しおりを挟む目の前の邸宅の入り口にたどり着いたのは、スタージョのすぐ後だった。焦げた薔薇の蔓がところどころしがみつくように残るアーチをくぐると
じ、じじ。
光が照射されスキャンされる。
〈セキュリティロック解除対象者二名、感知しました〉
〈入館を許可します〉
焦げ薔薇のアーチから玄関ポーチへ敷石に進路を示す光の矢印が現れた。
「…………」
ラーシュは隣に立つスタージョと見つめ合った。
感慨深い。そして複雑な気分だ。
クロエを送り出したあとの苦しかった日々、あのころのラーシュそっくりそのままの男がそこにいて不思議そうに自分を見つめ返している。きみは俺のコピーだ。いつの日か俺そっくりに老けちまうんだよ。
スタージョはラーシュから光の矢印が指す隠れ家の玄関へ視線を移した。
「行こうか」
「でも……」
セキュリティ・クロエたちを置いていっていいものだろうか。ラーシュの躊躇がうつったようにスタージョも振り返る。
「こっちは気にしないで!」
「完全制圧まであと少しだから、行って!」
「かわいいお庭だったのにめちゃくちゃにしやがって、このっ! このこのっ!」
足蹴にされる暴漢が隠れ家の入り口へ這い寄ろうとしている。刺客をクロエに近づけるわけにいかない。
「急ごう」
荒ぶるセキュリティ・クロエたちの声に押されるようにスタージョは走った。追いかけてラーシュも通路に足を踏み出す。
眩しい。
地面に現れた蛍光色の矢印に照らされるスタージョの姿は眩しい。ただ若いだけの自分ではない。こんなにも自分に似ているのに、スタージョはやはり自分とは違う。状況を判断し割り切るまでが少しだけ早い。
――スタージョに何があったんだろう。
外見に経年の変化はない。覚醒の期間はそう長くなかったはずだ。しかし三百年の月日は地球で複製した時点でラーシュと同じだったはずのスタージョに変化をもたらしている。
今はまだ瞬きひとつに満たない時間の差かもしれない。
「待、っ――」
置いていかないでくれ。心の隅に引っかかっていた追いかけていいのかという迷いから目を逸らし、ラーシュは光の矢印に導かれ走り出した。
金属の扉、頑丈そうな格子戸、分厚いガラス戸が開く。スタージョに続き屋内へなだれこむと
〈セキュリティロック解除対象者二名の入館を確認。施錠します〉
び、びび。
警戒音とともに三つの扉が鎖された。
「クロエ!」
エントランスでうずくまる恋人に声をかけたのはどちらが先だったろうか。少なくとも駆け寄ったのは、扉の向こうのセキュリティ・クロエたちの無事を気にしたラーシュでなくスタージョだった。
たかだか二歩、三歩先なのに、遠い。
「……ラーシュ?」
スタージョの肩越しに抱き起こされるクロエが見える。
信じられないという風情で男を見上げる恋人は別れたときと変わらぬ姿だった。当たり前だ。万聖街のアースポート駅舎前で別れたあと三百年間、クロエはずっと冷凍睡眠ポッドのなかにいた。あのあと地球に十年残った自分はクロエの知る姿ではない。
ふ。
視線がスタージョから離れ、ラーシュを捉える。
クロエの若葉色の目が燃え上がった。
恐怖にくずおれ泣き腫らした瞼でもクロエの生き生きとした目を隠すことはできない。仮装体がどんなに精緻にクロエを模していても若葉色の目に宿る光を写すことはできない。
老いた自分では駄目だ。別れたときと変わらない姿のスタージョこそクロエにふさわしい。
ラーシュはよろめくように後ずさった。
「待って!」
体を起こしてクロエが片手を差し伸べた。もう片方の手は抱き締める腕を緩めようとするスタージョの袖をしっかり掴んだまま立ち上がる。
「行かないで、ラーシュ」
一歩、また一歩。あのとき――初めて誰かのパーティで出会ったあのときと同じだ。化粧気のない白く褪めた頬に朝陽が射すようにあたたかな色が戻ってきていた。
光が近づいてくる。
ギャラリーの注目を浴びなくても、クロエは輝いている。
あのときからずっと、恋をしている。
遠く時間と空間とに隔てられても、ずっと。
「ラーシュ」
よろめくスタージョの袖を掴んだままのクロエがもう片方の手でラーシュの胸もとに縋る。
「ふたりとも、ラーシュなのね」
「クロエ……」
同時に口を開いた男ふたりを抱き寄せてクロエは少し困ったように微笑み、そしてがくり、と気を失った。
* * *
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