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惑星ヴァージャ (十五)
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テーマパーク奥の本来ならば閑静であったろう住宅街の一角、瀟洒な一軒家のまわりは阿鼻叫喚地獄と化していた。
「もうすぐ! あと少しよ!」
ダガーナイフで切り結ぶセキュリティ・クロエにわめき散らし闇雲に襲いかかる女刺客を蹴り飛ばすセキュリティ・クロエ。ランダムに起動しているようにしか見えない隠れ家のトラップに暴漢を沈めるセキュリティ・クロエ。恋人と同じ顔なのに恋人とかけ離れた膂力、恋人が見せたことのない剥き出しの闘志で道を切り開いている。
少し前に、やはり統率のとれた動きで戦うセキュリティ・クロエたちに守られるスタージョの姿も見える。
変な夢を見ているみたいだ。
ラーシュ・ヨハンソンは思い出していた。
地球最後の大富豪と呼ばれた宇宙移民推進派政商アーサー・フレーザーの孫娘クロエが歌い踊るのを初めて見たのは、昔の恋人の家だった。流行最先端といえば聞こえはよいが、地球行政府の省資源政策に則り豆の莢を模したかのようなころんとしたかたちの狭小住宅はお世辞にも快適とはいえない。のぞきこむデバイスの画面でクロエ・フレーザーは、恋の終わりを迎えたラーシュより居心地悪そうにしていた。
かちこちアースに、さよなら
ぐるんぐるんにエナジー
溜めてびゅびゅん! 遠くへGOGO
行きましょいっしょに深宇宙――
おとながターゲットの香水に子どもが喜びそうなちゃかぽこと明るい宇宙移民船キャンペーンソングなどそぐわない。広告塔ならばそうと割り切り、羞じらいなど放り出してしまえばいいのに。
「エンターテイナーとはとてもいえないな」
ばっさり切り捨てるラーシュに、当時の恋人がいったものだ。
「莫迦にしたものじゃないわ。一生懸命で、なんだかかわいいじゃない」
「そういうものか」
「そういうものよ」
そのころの恋人の名前も顔も思い出せないのに、歌い踊るクロエを見るときに弧を描いていた唇が忘れられない。金銭的苦労のない育ちへのやっかみより家業のしがらみにがんじがらめの状況への同情、解放の希求への共感がにじんでいた。
ラーシュにとって恋人は、数ヶ月にわたる辺境巡回出張明けの数日をともにできればじゅうぶんで、美しさや刺激などより穏やかにすごせることが第一だった。出張帰りに訪ねてみれば他の男と浮気していたり行方をくらましていたりするのが女だ。それでいっこうにかまわない。盛り場へ行けば代わりはいくらでもいる。
そう思っていたのに、分からないものだ。
人生の添えものでしかなかった女、よりによって亡父から押しつけられた思想団体グラスルーツとまっこうから利害が対立する宇宙移民推進派政商一族の娘と恋に落ちることになろうとは。
地球残留派思想団体の代表としてロビイングのために顔を出したパーティで初めて直に目と目が合ったあのとき、ラーシュは人生に鍵をかけられた。
まさか自分が、恋に溺れてしまうなんて。
三百年かけて宇宙を渡り、取り押さえられる暴漢たちやかれらを送り込んだフレーザー一族、戦うセキュリティ・クロエたち、ふたりのセシルや地球で見送った人々、老アーサー、さまざまな人々の手を借りときにかれらの人生を――そして複製体スタージョと自分の人生を捻じ曲げてもかまわない、何が何でも手にしたいと切望するほどの恋をするとは。
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