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惑星ヴァージャ (十一)
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「きみはもしかして――スタージョか?」
十年前のラーシュと同じ姿をしたスタージョが青灰色の目を瞠る。が、膝の下で暴漢がもがきはじめた。
「行け! 早くクロエを、オリジナルのクロエ・フレーザーを殺れ!」
離れた場所で暴れる女に向かって叫ぶ。セキュリティ・クロエのひとりを投げ飛ばした女が走り出した。足どりに迷いがない。
――こいつらは、クロエの居場所を知っている……!
ラーシュのなかで爆ぜた怖れが心を塗り替えていく。危ない。なんとかしなければ。
「ご協力ありがとうございます!」
「医療スタッフを、早く!」
駆けつけたセキュリティ・クロエたちが暴漢を引き受ける。
ラーシュはスタージョの腕を掴み、揺さぶった。
「あの女を追え! クロエを守るんだ」
「オリジナル――ラーシュ、きみは?」
「俺は――」
置いていけない。傷ついた友を置き去りにできない。
傍らで横たわり痛みに呻くセシル・コピーにちらりと見やり、ラーシュはふたたびセキュリティを力尽くで突破した女へ視線を戻した。
「スタージョ、頼む。行ってくれ」
「分かった」
躊躇いを擲ち、スタージョが走っていく。クロエのもとへ駆けていく。
眩しい。
同じ光景ではない。だけど前にもこうして、諦めたことがある。三百年前だ。あのときもこうしてクロエを諦めた。
「な、にをしてるん、ですか……」
隻眼を尖らせ、セシル・コピーが呻く。
「早、く、お嬢をさがし――」
「コピー!」
担架やツールを携えた医療スタッフとともにオフィスワーカー風のクロエがポインテッドトゥのピンヒールを脱ぎ捨て必死の形相で駆けてきた。白衣をまとったドクター・クロエにすがりつく。
「カチャ、お願い! この人を死なせないで」
「了解。優先順位は?」
「――人格の複製を最優先にして。インストールする義体はあとで用意する」
オフィスワーカー・クロエの逡巡は短かった。入制管理局の制服を着たたくさんのクロエが救急隊員クロエとともに奥からキャスターのついたポッドを押してやってくる。ラーシュは何ごとか伝えようとするセシル・コピーの口もとへ耳を寄せた。
「ラ、シュ……ラーシュ、さま、早く追いかけて」
「できない。俺にはできない。もうコピーが……スタージョが向かっているから」
「なに、いってるん、ですか。だから何だって、いうんですか」
腹に突き立ったままのナイフの根もとから血が滲む。
「三百、年、……何のためにここ、まで……」
「おい、ラーシュ・ヨハンソン」
オフィスワーカー姿のクロエがラーシュの胸ぐらを掴んだ。細腕なのに容赦ない力で地面に膝をついていたラーシュを引っ張り上げ立たせる。
――この女は、誰だ。
姿はクロエなのに既視感がある。いらいらとして険しい表情の奥に懼れが見える。
「早く行きなさい。あなたがここでできることはない」
「俺は医者で――」
「義体専門の医者ならいる。オリジナルのわたしもついている」
「まさか――セシル・バーリー!?」
「ここは地球じゃない。もうみんなのためのあなたでいる必要はない。もうグラスルーツからも父親からも自由なんだ。頼むから――」
ぎりぎりと音を立てんばかりにジャケットの胸もとを掴んでいた、手入れの行き届いた爪が離れる。
「お嬢とあなた自身のために走りなさい、早く」
振り返ると、セシル・コピーを救急隊員クロエたちが囲んでいる。ラーシュは足をもつれさせ、走り出した。
「セキュリティ! 彼――ラーシュ・ヨハンソンに二チームつけて、隠れ家へ連れて行って!」
セシル・オリジナルの声が遠くなっていく。
* * *
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