南京錠と鍵

ラーシュ （八）

「複製人格運搬式移民は儲もうけが出なくてのう」

　開発に時間と人件費など金が想定以上に必要となり、利益が手もとに残らなかったのだという。

「しかしこれからじゃ。超光速航法が開発されるまでの間、複製人格運搬式移民は重宝されるじゃろう。地球の外で、な」

　複製人格運搬式移民システムは魂を体から解放する。宇宙航行だけでなく、さまざまな商機を生むだろう。

「お言葉ですがフレーザーさん。複製人格運搬式移民システムは利益だけでなく――苦しみも生むかもしれません」
「軍事利用のことかの――？」

　不機嫌になるかと思いきや、老アーサーは皺しわに埋もれかけた目に痛みをこらえるような色を浮かべた。

「人間は道を踏み誤るものじゃ。どんなに枷かせをかけても悪用しようとする者は現れるじゃろう。そして悲しみと嘆き、苦しみをも生むじゃろう。しかし、過ちを改めるのもまた人間なのじゃ。わしはクロエに、――妻に見せたかった。未来は必ずよくなる」

　老アーサーはガラス張りの天井越しに夜空を見上げた。

「コールドスリープをしていたら権利を押さえられる期間などあっという間に過ぎてしまうじゃろうが、――これから生じる複製人格運搬式移民システムの利益をラーシュ・ヨハンソン、おまえさんにくれてやる。――その金でクロエを探してほしいのじゃ」
「探す、――とは？」

　ラーシュは戸惑いの目を老人から傍らに行儀よく控える大男へ向けた。セシル＝コピーが気まずげに目を逸そらす。

「クロエは行方不明なんですか？」
「まあ――そうなる。最初の船の行き先は分かっておるが乗り換え後は姿をくらます計画じゃ」
「どうしてそんなことに」
「わしの財産をクロエに譲ろうと思ってな」

　総撤退に向けて地球行政府は人々から財産を接収したがその前に地球の外で蓄えた財産は対象外だ。
　アーサー・フレーザーは若いころから宇宙開発関連事業を多数手がけており、太陽系外の居住可能惑星やテラフォーム、通信、バイオ３Ｄプリンタ技術などさまざまに事業を展開している。いずれも地球からの人類の撤退が本格化する前に始めていて地球行政府の接収対象から外れていた。莫大な財産なのではないか。

「すべてクロエひとりに、――ですか？」
「複製人格運搬式移民システムを除いて、な」
「それは……」

　クロエは地球出身の人類のなかでも一、二を争う富豪になるだろう。金はあればあるほどよい。が、いいことばかりともいえない。
　青ざめるラーシュを見やり老アーサーは片頬で笑った。