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ヴェーメル団長の抱き枕に関する謎習慣
1.
しおりを挟むピネッキ砦まで馬車で片道三日間。赴任にあたりエステルは、ヴェーメル団長とふたりで街道を旅することになった。
冬だからだろうか。すれ違う馬車や旅人の姿が少ない。葉が落ちて骨のように白茶けた枝だけを残した木々が並ぶ。さびしい眺めだ。
「少しお休みになったほうがよいのでは」
ヴェーメル団長は血走った目で御者台に座り、手綱をとった。
「そうもいっていられない。ずいぶん長く砦を空けてしまった。早く帰らないと、代理の副長が『地下迷宮のお気に入り』になってしまう」
御者を雇おうと提案したのだが、こちらも却下された。なかなかに強情だ。しかもぼろぼろのよれよれなのに手綱を離さない。危なくてしかたない。エステルは隣に座ることにした。
「すまない」
隣の大男がやつれた顔を前に向けたままぼそぼそとつぶやいた。
「まだ祖母君を亡くして間もないきみに無体な要請だった」
「……」
エステルは溜め息をこらえた。
いいんです、とはいえない。
聖騎士団に奉職している以上、転勤の可能性はある。しかし平民で三等文官だったエステルは昇格も転勤も希望しないいわゆる腰掛けだった。同じ腰掛けの同僚は結婚までの社会経験、あわよくば職場で条件のよい結婚相手を探そうと考える娘たちが多い。エステルの場合は出勤退勤がきっかり定刻で寮も完備と好待遇で余暇を呪具師の仕事に費やせるという条件が気に入っての腰掛けだった。首都の外へ転勤の話が出れば最悪、辞職するつもりだった。腰掛け希望の文官志望者はたくさんいるので辞職を慰留されることはない。
サーラおばさんは祖母ミルヤの一番弟子ではあるが、エステルが経験を積むまでのあくまで中継ぎのつもりで工房の経営を担っている。当然急な異動に驚き、
――ピネッキ砦なんて、師匠が生きていたら反対するわ。絶対に行っては駄目。
聖騎士団を辞めるよう助言をくれた。
しかし
――こちらとしては手段を選んでいられないわけ。
大神官は脅しにかかってきた。神に仕える身なのに。祖母の遺した工房に手を回すといわれてはエステルも折れるほかない。聖騎士団に抗議するといって聞かないサーラおばさんに早まらないよう、そして顧客と工房とを頼みエステルはヴェーメル団長とともに首都を後にした。
――こんなことになるならばりばり出世してお給料をもっともらっておけばよかった。でも呪具師の仕事をする時間が減っただろうなあ。
腰掛けといってもエステルに聖騎士団で結婚相手を探すつもりはない。もちろん真面目に仕事してはいるが、条件がよくておいしいから三等文官のままでいたというのに、このままでは呪具師としての独立が遠のく一方だ。
呪具師としてのエステルの顧客はほとんど首都クショフレール市住まいだ。すべてサーラおばさんに託してきた。任地に到着し次第、急な担当の変更を詫びる手紙を送るつもりでいるが、ヴェーメル団長の枕問題が解決して用済みになったのち、首都に帰ったとしても顧客はおそらくエステルのもとに戻ってこないだろう。
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