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第一部 アリア編

アリアの望みは魔王様の望みを叶えることです

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少しひんやりとした大きな手だった。


いつもうっとりと見とれていた、節が長くまっすぐに伸びた美しい手が、自分の手首を掴んでいる。
一瞬でアリアの思考回路はショートした。

「ひゃああっ!」

驚き高ぶり興奮し、アリアは飛び上がって思わずその手を叩き落としてしまった。

「あああっ! すみませんすみません!」

「そなたは私の子が孕みたいのではないのか?」

「そそそそそんな滅相もないっ!」

ボンッと頭から湯気を出すアリアに魔王は怪訝な顔をした。

「四大公たちからせっつかれているのだろう?」

「ご、ご存じだったのですか……?」

「あれらの考えていることくらいわかる。会えばかならず世継ぎをと迫られるのだからな」

うっすら笑みを浮かべる魔王にアリアの目は釘付けだった。
滅多なことでは笑わないのだ。

「尊い……」

「なんだと?」

「いえっ。あの、でも魔王様はお世継ぎをもうける気はないのですよね?」

「無くはないが、急かされるとやる気が起きぬ」

「ですよね。ほっとけって感じですよね」

頷く魔王にアリアも苦笑した。

「ご安心ください。私はそのようなことは望んでおりません。ただ魔王様のお世話ができればそれで」

「それが解せぬと申しておるのだ」

「は……?」

「なぜ朝起こして部屋の掃除をするだけで満足するのだ」

「えと」

「勇者パーティの一員であったほどの魔導士が、その身を呈してまで仲間を救ったお前が、なぜメイドなどという低い扱いに甘んじているのだ。まったく解せぬ」

「あ……」

「お前には誇りというものが無いのか」

無感情な声音で問われ、アリアの心にズキリと何かが刺さった気がした。

誇り。誇りとはなんだろう。

故郷にいたころ尖塔に閉じ込められていたアリアは確かに持っていたもの。持っていると思っていたもの。

それを手放したのはいつだろう。

勝手に国を飛び出したとき?
勇者パーティを魔界から弾き飛ばしたとき?
魔王にすがりついてメイドにしてくれと言ったとき?
魔王の信者にはじめて頭を下げたとき?

考えてもアリアにはわからなかった。
だから胸を張って笑って答えた。

「はい、ありません!」

不安をごまかすためにあえて明るく振る舞ったのだが、それが逆に魔王に不快な印象を与えたようだった。

「なぜ笑っている。その態度が気味が悪いと言っているのだ。誇りを持たぬものを我は認めぬぞ」

「はい、申し訳ありません」

頭を下げてアリアはその場を辞した。
祝いの席で魔王の気分を害してはいけない。
魔王のシールドは強固で、外からだけでなく中からも通り抜けるのは容易ではないのだが、アリアはフッと息を吹きかけるだけでそれを破壊した。

シールドがなくなると同時に「隠匿」の効果が切れ、魔王のまわりにわっと人が押し寄せた。

「魔王様、ぜひ私と踊ってくださいまし」
「魔王様、聞いてほしいことが……」
「魔王様、辺境領に湧いた魔獣によって被害が……」

口々に魔王にすり寄るものたちをすり抜けるようにかわし、出口へと急いだ。
背中に魔王の視線がつきささっているかのようだった。
突然主賓席を離れたアリアを大勢の視線が追う。
確認しなくても四大公たちの苦々しい顔が目に浮かんだ。

「なんで部屋に戻るの。一回も踊ってないじゃない」

足早にすすむアリアにそっと寄り添うようにランギルが声をかけてくるが、返事をする余裕はなかった。

魔王に気味が悪いと言われたのだ。
アリアの胸は張り裂けんばかりだった。

溢れそうになる涙をふりきるように走り出すと、ランギルの気配が遠く離れていくのがわかった。



その日の夜。

メイド長の元を訪れたアリアは了解を得るとその足で城を出た。
そばにいては不快にさせる。
そばにいなくても出来ることはあると己に言い聞かせ、騎竜に乗り魔界の空をひとり飛び立っていった。

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