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【第七章】竜の国

64.竜の国(4)

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 カンパネラは羽を大きく動かして飛翔ひしょうした。

「父上、すみません。あとひとつだけ質問してもいいでしょうか?」
 カンパネラは真剣な声で言った。
「いいぞ。いくらでもしろ」
「……この世界や人間世界に、竜は残っているのでしょうか?」

 子を作るうんぬんの話の前に、そっちの話をするのほうが重要じゃないかしら、と思ったけど、ぐっと黙っておく。

「もう……いない。今まで同朋なかまの波長を感じていたが、それはお前の波長だったらしい。ここ100年、それ以外な何も感じ取れていない。お前以外の竜は、もう――いない。

 私は溢れ出てくる感情を、ぐっと堪えた。
 けれど、それはぽろぽろと涙でこぼれてしまう。

「それじゃあ、父上は――竜の中の王なんでしょうか?」
「消去的に言えばな」
「そう、ですか……」

 カンパネラは何故か悲しそうな顔を浮かべた。

「また、すぐ来ますから」
 そう言って、カンパネラは飛び立ってくれた。

 外の空気が気持ちいい。冷たくて、ひんやりしている。
 カンパネラの鱗のつるつるして気持ちいい……。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか、塔の前に着いていた。

 カンパネラが変化を解いて、人間の姿に戻る。

「あーさん。すみません、暑かったですよね――って、えぇええ!? な、なんで泣いてるんですか?」

「……そんな、竜が残り二匹しかいないなんて……お前のお父様が亡くなったら、お前は一人になってしまうじゃない」

「アーさん」
「……本当はこの世界中を巡って、お前のつがいを見つけようと思っていたの。そしてお前が幸せに生きられるように、するつもりだったのに……」

 涙が溢れて止まらない。
 あとたった100年ほどで、カンパネラの父は亡くなってしまう。
 それから、カンパネラは一人になってしまう。

「そんなこと気にしなくてもいいのに」

 カンパネラははっきりと言った。寂しいそうな表情を浮かべた彼。

「確かに同朋なかまがいないのは寂しいですけど、俺は最後の竜として強く、誇り高く生きていこうと思います。そして――」

 月だけが私達を照らしてくれていた。

 光る花の上に立ちながら、彼は――カンパネラはしゃがみこんで、私の唇にキスを落とした。

 すると、身体の中にあった、何かがプツンと変わった。

「カンパ――ネラ……?」

「俺の父が言ってましたよね。竜の王だと。つまり俺は彼の息子だから、竜の王子です」

 身体中に震えが走る。彼の触れた唇は、とても熱く感じた。

 なんてことをしたのだ。
 そんなことをしたら――

「……私の不死の呪いが、解けてしまった……?」




 いつか、ファウストに尋ねられたことがある。

『それはこの国――オルデハイムの国王じゃなければ駄目なのか?』

 私はこの国のことしか見ていなかった。
 だから、王子と結ばれるべき。エドアルトと結ばれるべき、ジークフリートと結ばれるべきと、ずっと思っていた
 でも違った。

 王位継承権を持つもの――つまり、王子なら誰でも良かったんだ。
 オルデハイムの王子じゃなくても、竜の王の子――つまり王子であるカンパネラでも。

 カンパネラは私にキスをした。

 それは――私の永い永い人生の終わりを意味していた。
 もう繰り返すことはない。
 王子と結ばれないからといって、何度も何度傷つくことはない。知人の死を看取って、自分だけ生き残る寂しさを感じることはないのだ。

 けれど――でも――

「何故? どうして呪いを解いたの? 呪いを解いたら、お前は一人になるわ。ずっと一緒に生きていられない」

「俺も、できることならアーさんと一生一緒に生きていたかったです。だって俺はアーさんのことを俺は世界で一番大好きですから」

「うっ……」

 私は涙を流す。この涙は喜びの涙なのか、悲しみの涙なのかわからない。

「……俺は、アーさんの強い心が好きです。傷ついた人に優しいところが好きです。ちょっと過保護だけど、色んな知識を教えてくれることも好きです。白銀の髪も、青空のような瞳も、白い肌も、中身も外見も全て大好きです。きっとこれから何百年生きても、アーさんよりも好きになる人は現れないでしょうね。」

 カンパネラは愛の告白を語ってくれた。
 彼の瞳はずっと優しいままだった。

「それなら、何で私の呪いを解いたの?」

「少し前、アーさんが刺される事件がありましたよね」
「ええ」

「……その時、わかったんです。俺は本当にアーさんが好きなんだと。アーさんに笑ってほしい、喜んでほしい、悲しまないでほしいと」

「カンパネラ……」

「想いなんて一方通行のままでもいいです。応えてくれたらとても嬉しいですけど。でも、俺はそんな自分の想いよりも、貴方の幸せを願いたい」

 カンパネラは私の涙を自前のハンカチで拭ってくれた。そして目線を合わせて、しっかりと目を合わせて言った。

「……アーさんが本当に幸せになるために、呪いを解いてあげたかったんです。俺がアーさんを愛しているという証明のために」

 ああ。
 目の前の竜の子を私は子どもだと思っていた。
 まだ100年そこらしか生きていない子竜。
 でも彼はしっかりと物事を考えて判断して、答えを導き出してくれた。

 私の望みを叶えるために。
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