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【第七章】竜の国

62.竜の国(2)

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「カンパネラは自分以外の竜と出会ったことがないのよね」
「ええ。見たこともありません。竜は卵で産まれて、母は産後に死ぬので、同族の竜なんて見たことがないんですよ」

 カンパネラはそう言って、私の手を強く握りしめてきた。
 この世界の王様である古竜。
 はたしてどんな存在なのだろうと、私はドキドキしていた。でも、カンパネラは怯えていた。

「なにか怖いことがあるの?」
「怖いと言うか……そうですね。拒絶されるのが怖いです。俺と竜の王様、二人しかこの世界に竜がいないなら、そんな竜に拒絶されたら……」

 カンパネラは嬉しいような、恐ろしいような、そんな表情を浮かべていた。
 私はカンパネラの両手を掴んだ。

 そして、彼を見るために上を向いて、瞳をしっかり見つめて言った。

「たとえ竜の王様に拒絶されても、私は一緒にいてあげるわ」

 もう600年も生きたんだ。
 あと何十年くらい、彼に付き合ってやっても良い。
 そして彼が共に生きるつがいを見つけるまで、傍にいてあげてもいい。

 本当は、ずっとこの命を終わらせたいと思っていた。
 王子と結ばれて、幸せになりたいと思っていた。
 でも、王子と結ばれて、めでたしめでたしのハッピーエンドになんてならない。だってそこに愛があるのかわからないから。これは物語ではなく現実なのだから。

 そして同じ呪いを受けたファウストの考えを聞いて、ハッとしたのだ。
 私にはまだ知らないことがたくさんある。

 医学の勉強をもっとして誰かの役に立ちたい。

 賢者の石みたいなすごい発明をしていたい。

 永い命を生きるんだ。100年ぽっちの命しか生きられない只の人間じゃ証明できないことを、研究してもいいかもしれない。

「いいんですか? アーさん」
 カンパネラの声は少し泣きそうな声だった。

「いいわよ」
 私はそう言って、微笑んでみせた。



 古竜は火山の中に住んでいるらしい。
 森に住む妖精やドワーフたちが協力してくれて、私達は火山口に辿り着くことが出来た。
 火山は枯れていた。
 マグマはなく、火山だったもの――になっていた。

「……」
 カンパネラがゴクリと息を呑む。
 火は生命の源だ。
 それが消えてしまっている。無くなりかけている……。
 あまり考えたくない。想像が当たらなければいいと思う。

「アーさん、降りますね」
 カンパネラは竜の姿で、私を背にのせて火山口の中に降りていった。

 まだ微かに熱は残っていた。
 私がブーツで歩くと、すぐ足は燃えて朽ちてしまうだろう。
 だけど、カンパネラは素足でその上を歩けた。だから私は彼の背に乗ったままでいた。

「誰も、いないですね」
 カンパネラの声が落ち込む。

「留守なのかしら」
 私は辺りを見渡す。

「ぐる、ぐぅううっ」
 と、地の底から唸る声が聞こえて、私は音の方を向いた。
 するとそこには大きな壁があった。
 壁はよく見ると鱗で埋まっていた。

「誰だ」

 野太い声が聞こえた。きっと目の前の壁が言ったのだろう。

「貴方に会いに来ました。……貴方と同じ、竜です」
 カンパネラは震えた声で言った。

 全長20メートルを超える大きさのカンパネラの三倍はありそうなくらい、その竜は大きかった。

「俺の名前はカンパネラと申します。竜の王様。
 ずっと同朋を探していました。どうか、お話をしていただけませんか?」

 カンパネラは頭を下げて、古竜に言った。

 古竜はゆっくりと身体を動かした。
 瞳はダイヤモンドのように、宝石のように輝いていた。

 私はその瞳に、なんとなく見覚えがあった。

 雰囲気は違う。古の竜は貫禄がある。少しでも無礼な態度をとったら押し潰されそうな程の恐ろしさを併せ持っている。

 けれど古の竜の瞳は、カンパネラの瞳によく似ていた。
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