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【第五章】革命家と反逆者
39.ルチフェル・マクスウェルという男
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パーティが終わったその日、私は赤い石を握って眠りについた。
そしていつものように、ファウストの家に乗り込んだ。
私はカンパネラの背に乗せてもらって、窓から塔の中に侵入した。
「お邪魔するわよ」
「もうお邪魔してんじゃねぇか……」
ファウストのツッコミは最もだった。
行儀の悪いことに、ファウストは寝転びながら本を読んでいた。
「今日は聞きたいことがあって来たの。あ、こんばんわ」
「挨拶が遅いなぁ。……で、聞きたいことってのはなんだ? しょうもないことなら無視するからな」
「『ルチフェル・マクスウェル』という男について知ってる? アルビノの青年で、白い髪と赤い瞳の人なんだけど」
「この塔に引きこもってる俺によく尋ね人について聞くなぁ。知らねぇよ、そんなやつ」
名前と特徴だけだとピンと来ないか。
「昨日、我が家のパーティーに来た人なんだけど、人間じゃない生き物だったわ」
「……へぇ」
彼の興味が私の話に向けられる。
「……どんな感じがした?」
「触れられた瞬間、全身の皮膚が粟立つような気分だったわ」
「……触れられた?」
「ええ。社交界でのお決まりで、手にキスをされそうになったんだけど……って、そこが気になる部分なの?」
「……いや、うん、わかった。今のは俺の過剰反応だ。それで、姫様は嫌な感じがしたんだな。――で、カンパネラ。お前はどう思った?」
カンパネラは向かい側のソファーに座って、眉間にシワを寄せて肘杖をついていた。
「……気味が悪かったですね。とりあえず。それから、俺に似てるような、でも遠いような気がしました」
「流石に俺も正体を見ないとわからねぇな。……悪魔か。名前からして嫌な感じしかしねぇな。こっちで調べてみるよ。人間じゃないんだな」
「ええ。確実に」
私は念をいれて答えた。
白と赤――なにか思い出せそうで思い出せない。
見覚えは、少しあるのだ。
何だったか。遠い昔に会ったような、ないような。
「あー、姫様、そうだ。あれから調べてみたんだけど、例の賢者の石のなり損ない、5個は確実に盗まれている。でかいやつが。一つはこの前、姫様が持ってきたやつだから、あと4個、誰かが持ってやがる」
ファウストは舌打ちしながら言った。
自分の寝ている間に研究物を盗まれたなんて、いい気がしないわね。
「ところで、その賢者の石のなり損ないを使うと、何ができるの?」
「なにもできねぇよ。本物なら飲めば永遠の命を得ることができるけど、この紛い物を飲めば水銀が身体中を巡り、毒になる。あと、そのへんの石ころを金貨に変換することもできるが、そんなに永くは持たねぇ。せいぜい10分やそこらで元の石に戻る」
ファウストは頭を抱えていた。
多分まだ本物の賢者の石は完成していないのだろう。
「つまり、ただの有害物質なのね」
「そうだな。あとひとつ。人の願いと命を吸い取ることができる。この間、お前が言ってた対価とやらを貯めることができるぞ」
つまり――相手は賢者の石のなり損ないを持って、願いを命を集めているということか。
「ねぇ、ファウスト。願いと命を集めたら何ができるようになるの?」
「……完全な賢者の石になるだろうな。ただ、一つ二つの願いや命じゃ足りねぇ」
「具体的に何個くらい必要なのかしら」
「……」
ファウストは黙り込んだ。
これはわかっているけれど、答えたくないということだろう。
賢者の石――なんて厄介なものを作ってくれたのかしら。
でも、どんな時代でも不老不死を求める者がいる。
時を止めたいと願う者も、大金持ちになりたいと願う者も。
当たり前の欲求なのだ。それは。
けれど決して手の届かないものだ。
だけど届かなくていい。届いたら私のような地獄をみる。
「不老なんて、いいものじゃないのにね」
私は小さく呟いた。
「俺は別にこの体質で満足してるぜ。いつまでもなにかの研究をすることができる。人一人の人生じゃ足りない時間を補える」
「私もそんな捉え方をできるようになりたいわ」
私は、もう疲れてしまった。
呪いを解くのも、生きることも。
人と関わり、別れていくことも。
何代も何代も、弟が甥が『父代わり』になったことも。
こんな歪な身体、放り投げてしまいたい。
――でも、その前にやることがある。
それだけが、私を奮い立たせてくれる。
『エドアルトの頬をぶっ叩く』そして『国を元に戻す』。
これだけはやり遂げてやる。
何があっても。
そしていつものように、ファウストの家に乗り込んだ。
私はカンパネラの背に乗せてもらって、窓から塔の中に侵入した。
「お邪魔するわよ」
「もうお邪魔してんじゃねぇか……」
ファウストのツッコミは最もだった。
行儀の悪いことに、ファウストは寝転びながら本を読んでいた。
「今日は聞きたいことがあって来たの。あ、こんばんわ」
「挨拶が遅いなぁ。……で、聞きたいことってのはなんだ? しょうもないことなら無視するからな」
「『ルチフェル・マクスウェル』という男について知ってる? アルビノの青年で、白い髪と赤い瞳の人なんだけど」
「この塔に引きこもってる俺によく尋ね人について聞くなぁ。知らねぇよ、そんなやつ」
名前と特徴だけだとピンと来ないか。
「昨日、我が家のパーティーに来た人なんだけど、人間じゃない生き物だったわ」
「……へぇ」
彼の興味が私の話に向けられる。
「……どんな感じがした?」
「触れられた瞬間、全身の皮膚が粟立つような気分だったわ」
「……触れられた?」
「ええ。社交界でのお決まりで、手にキスをされそうになったんだけど……って、そこが気になる部分なの?」
「……いや、うん、わかった。今のは俺の過剰反応だ。それで、姫様は嫌な感じがしたんだな。――で、カンパネラ。お前はどう思った?」
カンパネラは向かい側のソファーに座って、眉間にシワを寄せて肘杖をついていた。
「……気味が悪かったですね。とりあえず。それから、俺に似てるような、でも遠いような気がしました」
「流石に俺も正体を見ないとわからねぇな。……悪魔か。名前からして嫌な感じしかしねぇな。こっちで調べてみるよ。人間じゃないんだな」
「ええ。確実に」
私は念をいれて答えた。
白と赤――なにか思い出せそうで思い出せない。
見覚えは、少しあるのだ。
何だったか。遠い昔に会ったような、ないような。
「あー、姫様、そうだ。あれから調べてみたんだけど、例の賢者の石のなり損ない、5個は確実に盗まれている。でかいやつが。一つはこの前、姫様が持ってきたやつだから、あと4個、誰かが持ってやがる」
ファウストは舌打ちしながら言った。
自分の寝ている間に研究物を盗まれたなんて、いい気がしないわね。
「ところで、その賢者の石のなり損ないを使うと、何ができるの?」
「なにもできねぇよ。本物なら飲めば永遠の命を得ることができるけど、この紛い物を飲めば水銀が身体中を巡り、毒になる。あと、そのへんの石ころを金貨に変換することもできるが、そんなに永くは持たねぇ。せいぜい10分やそこらで元の石に戻る」
ファウストは頭を抱えていた。
多分まだ本物の賢者の石は完成していないのだろう。
「つまり、ただの有害物質なのね」
「そうだな。あとひとつ。人の願いと命を吸い取ることができる。この間、お前が言ってた対価とやらを貯めることができるぞ」
つまり――相手は賢者の石のなり損ないを持って、願いを命を集めているということか。
「ねぇ、ファウスト。願いと命を集めたら何ができるようになるの?」
「……完全な賢者の石になるだろうな。ただ、一つ二つの願いや命じゃ足りねぇ」
「具体的に何個くらい必要なのかしら」
「……」
ファウストは黙り込んだ。
これはわかっているけれど、答えたくないということだろう。
賢者の石――なんて厄介なものを作ってくれたのかしら。
でも、どんな時代でも不老不死を求める者がいる。
時を止めたいと願う者も、大金持ちになりたいと願う者も。
当たり前の欲求なのだ。それは。
けれど決して手の届かないものだ。
だけど届かなくていい。届いたら私のような地獄をみる。
「不老なんて、いいものじゃないのにね」
私は小さく呟いた。
「俺は別にこの体質で満足してるぜ。いつまでもなにかの研究をすることができる。人一人の人生じゃ足りない時間を補える」
「私もそんな捉え方をできるようになりたいわ」
私は、もう疲れてしまった。
呪いを解くのも、生きることも。
人と関わり、別れていくことも。
何代も何代も、弟が甥が『父代わり』になったことも。
こんな歪な身体、放り投げてしまいたい。
――でも、その前にやることがある。
それだけが、私を奮い立たせてくれる。
『エドアルトの頬をぶっ叩く』そして『国を元に戻す』。
これだけはやり遂げてやる。
何があっても。
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