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【第二章】馬鹿国王による貧困政治

15.国の裏側(1)

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 それは一瞬のことだった。
 目を塞がれ、腹に腕を抱えられてしまった。
 そして軽い浮遊感と、しゅるしゅるしゅる――となにかを巻き上げる音が耳に届く。

 油断した。
 ここは屋敷じゃないのだ。
 一歩外に出て、ズドンと刺されることなんて当たり前にある場所だ。

 とんっと、どこかに下り立った音がした。
 私は担がれたままなので、どこにも下り立てない。
 ようやく相手は視界を解放してくれた。

 ここは屋根の上だった。
 先程の家のすぐ上。貧民街が遠くまで見える。

「あんたが噂の魔女様か」

 目の前に立っていたのは青年だった。
 まだ20にも満たない程の見た目で、灰色の髪がざっくばらんに切られている。

 彼は私を品定めするような目で見ていた。

「……魔女?」
 そんなこと、言われたこともなかったわ。

「俺らの間では話題になってるんだよ。ガキが診察をしてくれて、それがピンポイントに当たって回復するって」

「医者は連れの方だけど」
 と私はカンパネラを示す。

「いや。連れは手伝いしかしてないって聞いた。処置も縫合もお前さんがやってるんだってな?」

「……」

 たしかに。
 無理のある設定だったか。

 手術まで大掛かりなことはできないけれど、傷の縫合を12歳の子どもがこなしていたら、変だと思うわよね。

「それで、何の用? いや、用を話す前に降ろしてちょうだい」

「あぁ、用って言うのは……俺の妹を治してほしいんだ」
「それならこんなややこしい手を使わなくても……」

 と、言った時、後ろから抱きしめられた。
 いつも嗅いでいる優しい香り。そしてそのぬくもり。

「アーさん、大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫よ」

 カンパネラはほっとした表情を浮かべたあと、男を強い目で睨みつけた。

「……何をした?」
 カンパネラの声は地の底から沸き立つような低い声だった。
「な……なにも……」
 飄々としていた青年が、カンパネラの言葉に言いよどんでいる。

「カンパネラ。大丈夫よ?」
「……アーさんがそう言うなら」

「おっかねぇ付き人がいるんだな。……兄さん、そんなヒョロっこい身体でどんだけ力を蓄えてるんだ?」

「…………」
 カンパネラは無言を貫く。

「……へいへい、答えたくないってか」

「えっと、妹さんを見てほしいのよね? 今日? それとも明日? できれば日が沈む前に帰りたいのだけど……」

「今日中に見てほしい。どうすればいいのか、何をすればいいのかがわからないから……」

「わかったわ。じゃあ、あなたと患者の名前を教えて」

「…………」
「何驚いてるの?」

「いや、そんなにあっさりと見てもらえるとは思わなかったからさ。医者っつう奴らは高い金を要求してくるのかと思ってた」

「だからわざわざ私を攫ったの? 私は攫われなくても。どんな患者でも診ているつもりよ。お金は出世払いで返してくれればそれでいいわ」

「小せぇのに態度はでけぇんだな。さすが魔女様だ。俺の名前はイヴァン、妹の名前はサーシャだ」

「わかったわ。……ごめんなさい、カンパネラ、帰りはもう少し遅くなりそうだわ」

「アーさんが決めたのなら、俺はそれに従いますよ」
 そう言って、カンパネラは私をひょいっと抱き上げて、肩の上にのせた。

「か、カンパネラ。恥ずかしいわ」

「いやぁ、大好きなアーさんを他の男に抱っこされたっていうのが、ちょっとイラッとしまして」

 カンパネラは笑顔で言いのけた。
 ……この竜、まさか嫉妬したというの?

 いや、そんな、まさか……ねぇ。
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