上 下
11 / 77
【第二章】馬鹿国王による貧困政治

10.時の歯車

しおりを挟む
「前のアナスタシア姉様の代わりにはなれませんが、婚約者候補の一人として、お悩みを詳しく聞かせていただけませんか?」

「……」

 王子はぐっと唾を飲む。

 吟味しているのだろう。私がどんな人なのか。
 情報を漏らすような愚かな令嬢じゃないかどうか。

「……あなたになら、話してもいいかもしれません。ほかのだれにも言わないでくださいね」

「ええ。では、ここは王子と二人にしてくださいな」

「……しかし」
 王子側の従者が渋る。けれど王子は静かに頷いた。

 こうして私と王子は二人っきりになった。

「ぼくは、産まれてから数回しか父上と母上に会ったことがありません。乳母に育てられて、誕生日の日も二人はぼくに会ってくれませんでした」

「それは……さみしかったですね」

「えぇ。でも、そういうものだと思いました。ぼくは王子だから、頑張らないと、と勉強をがんばっているんです。でも、先日、ぼくの乳母がいなくなって、あたらしいメイドがぼくの面倒をみてくれるようになりました」

 王子はゆっくりと語る。

 言っても良いのかと、私の表情を伺いながら、言葉を選んで。

 だから私はなるべく笑顔で接した。
 あなたの味方です、そういう風に思ってもらえるように。

「乳母がいなくなったのは、乳母のお父さんとお母さんが亡くなったから、と聞きました。亡くなった理由は、ご飯が食べれなかったから。それから、流行病にかかって……」

「それを誰から聞いたのですか?」

「侍女たちが噂をしてたんです。こそこそと。それを聞きました」

 6歳の王子にまで聞こえるように話すなんて。
 全く、王族の侍女はどんな教育をされているのかと、怒りたくなる。

「ぼくは、国民を助けたいです。苦しんでいる人をいなくしたいです。それには、父上と母上を説得しないといけません。でも、二人は僕の話も聞いてくれない……」

「……だから、アナスタシア姉様を頼ってこられたのですね」
「はい」

 私は紅茶を一口含んで、考えた。

 おかしい。

 なにがおかしいって、6歳の王子が国民のために、苦しんでいる人を――なんて考えるのがおかしいのだ。
 6歳はもっと幼くあるべきだ。甘えたり泣いたりして感情をあらわにするべきだ。

「……お話はわかりましたわ。ジークフリード王子。では、お伺いします。誰に言われたんですか? アナスタシアを頼れと」

「それは、みんなに」

「みんなとは?」

「みんなは、みんなです。メイドも、執事も、騎士も、みんなが独り言のようにぽそっと言うんです。『せめて、王妃がアナスタシア様だったら』とか『ジークフリード王子が国王になってくれたほうがまだマシだ』とか」

「……ひどい言われようですね」

「はは、はい。そうですね」
 幼い王子は笑った。その笑顔は寂しそうな笑みだった。

 誰もが口答えできず。
 王子はプレッシャーを背負わされている。

「ジークフリード王子。ここには私しかいません。だから、もっと本音を出してください」

「……本音?」

「はい。あなたのお話をお伺いして、思ったのです。あなたの今の気持ちは、周りの気持ちで、あなたのものではございません。だから、あなた自身の本音を、どうか私に聞かせていただけませんか?」

「……そんなこと、考えたこともありませんでした。……ぼくは、王子で、国のために、民のために、ええっと……えと……なんだろ、あれ……なんで、涙がでてくるんだろ……」

 ぼろぼろと、大粒の涙が彼のルビー色の瞳からこぼれ落ちる。

「ほんとは、おとうさんと、おかあさんにほめてもらいたかったんです。ぼ、ぼくの父上と母上を悪く言われると、ぼくの存在まで、わるいもののように感じてしまって……ぼくは誰かに愛されているんでしょうか? 産まれてきてよかったんでしょうか?……うっ、うぐっ……」

「うまれてきてはいけない命なんて一つもございませんわ、王子」

 私は本音で答えた。

「きっとまだ、出会えてないだけなんです。きっと、あなたを心から愛してくれる人が現れるはずです。だって、あなたはこんなにもやさしい人なんですから」

 王子の涙を、新しいハンカチで拭った。

「……アナスタシア嬢は……なんだか、えっと温かいですね。あなたみたいなお姉様が、ぼくは欲しかった」

 王子の本音は、とても純粋な子どものものだった。

 でも――私はここからこの王子を騙さなければいけない。彼を甘い言葉で絡め取って、婚約者になって
 ――あぁ、醜い。目の前にいる子はこんなにも幼くて純粋なのに。私は齢だけとって。

 何度も何度も、こうして王子と結ばれるために努力をして。
 それでも願いは叶わなくて。
 毎回、毎回繰り返すごとに、私と恋愛対象になるべきである王子との精神年齢が噛み合わなくなっていく。
 しかし、そうしないと私は永遠に報われない。

「ジークフリード王子。またいつでも我が家にきてください。ミルクや紅茶を用意してお待ちしておりますわ。いつでも、私に本音を話してください。私はその本音を誰にもいいません。二人っきりの秘密にしましょう」

「は、はい。……えへへ、ありがとうございます」

 彼が大きくなるまでに婚約して……結婚して……結ばれて……。

 今度こそ、私は報われる幸せを、死を迎えることができるんだろうか。

 私の頭をよぎったのは、6年前に婚約破棄された時の辛い一瞬と、三日前、カンパネラと踊った時の幸福な一瞬だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

処理中です...