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【第二章】馬鹿国王による貧困政治
10.時の歯車
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「前のアナスタシア姉様の代わりにはなれませんが、婚約者候補の一人として、お悩みを詳しく聞かせていただけませんか?」
「……」
王子はぐっと唾を飲む。
吟味しているのだろう。私がどんな人なのか。
情報を漏らすような愚かな令嬢じゃないかどうか。
「……あなたになら、話してもいいかもしれません。ほかのだれにも言わないでくださいね」
「ええ。では、ここは王子と二人にしてくださいな」
「……しかし」
王子側の従者が渋る。けれど王子は静かに頷いた。
こうして私と王子は二人っきりになった。
「ぼくは、産まれてから数回しか父上と母上に会ったことがありません。乳母に育てられて、誕生日の日も二人はぼくに会ってくれませんでした」
「それは……さみしかったですね」
「えぇ。でも、そういうものだと思いました。ぼくは王子だから、頑張らないと、と勉強をがんばっているんです。でも、先日、ぼくの乳母がいなくなって、あたらしいメイドがぼくの面倒をみてくれるようになりました」
王子はゆっくりと語る。
言っても良いのかと、私の表情を伺いながら、言葉を選んで。
だから私はなるべく笑顔で接した。
あなたの味方です、そういう風に思ってもらえるように。
「乳母がいなくなったのは、乳母のお父さんとお母さんが亡くなったから、と聞きました。亡くなった理由は、ご飯が食べれなかったから。それから、流行病にかかって……」
「それを誰から聞いたのですか?」
「侍女たちが噂をしてたんです。こそこそと。それを聞きました」
6歳の王子にまで聞こえるように話すなんて。
全く、王族の侍女はどんな教育をされているのかと、怒りたくなる。
「ぼくは、国民を助けたいです。苦しんでいる人をいなくしたいです。それには、父上と母上を説得しないといけません。でも、二人は僕の話も聞いてくれない……」
「……だから、アナスタシア姉様を頼ってこられたのですね」
「はい」
私は紅茶を一口含んで、考えた。
おかしい。
なにがおかしいって、6歳の王子が国民のために、苦しんでいる人を――なんて考えるのがおかしいのだ。
6歳はもっと幼くあるべきだ。甘えたり泣いたりして感情をあらわにするべきだ。
「……お話はわかりましたわ。ジークフリード王子。では、お伺いします。誰に言われたんですか? アナスタシアを頼れと」
「それは、みんなに」
「みんなとは?」
「みんなは、みんなです。メイドも、執事も、騎士も、みんなが独り言のようにぽそっと言うんです。『せめて、王妃がアナスタシア様だったら』とか『ジークフリード王子が国王になってくれたほうがまだマシだ』とか」
「……ひどい言われようですね」
「はは、はい。そうですね」
幼い王子は笑った。その笑顔は寂しそうな笑みだった。
誰もが口答えできず。
王子はプレッシャーを背負わされている。
「ジークフリード王子。ここには私しかいません。だから、もっと本音を出してください」
「……本音?」
「はい。あなたのお話をお伺いして、思ったのです。あなたの今の気持ちは、周りの気持ちで、あなたのものではございません。だから、あなた自身の本音を、どうか私に聞かせていただけませんか?」
「……そんなこと、考えたこともありませんでした。……ぼくは、王子で、国のために、民のために、ええっと……えと……なんだろ、あれ……なんで、涙がでてくるんだろ……」
ぼろぼろと、大粒の涙が彼のルビー色の瞳からこぼれ落ちる。
「ほんとは、おとうさんと、おかあさんにほめてもらいたかったんです。ぼ、ぼくの父上と母上を悪く言われると、ぼくの存在まで、わるいもののように感じてしまって……ぼくは誰かに愛されているんでしょうか? 産まれてきてよかったんでしょうか?……うっ、うぐっ……」
「うまれてきてはいけない命なんて一つもございませんわ、王子」
私は本音で答えた。
「きっとまだ、出会えてないだけなんです。きっと、あなたを心から愛してくれる人が現れるはずです。だって、あなたはこんなにもやさしい人なんですから」
王子の涙を、新しいハンカチで拭った。
「……アナスタシア嬢は……なんだか、えっと温かいですね。あなたみたいなお姉様が、ぼくは欲しかった」
王子の本音は、とても純粋な子どものものだった。
でも――私はここからこの王子を騙さなければいけない。彼を甘い言葉で絡め取って、婚約者になって
――あぁ、醜い。目の前にいる子はこんなにも幼くて純粋なのに。私は齢だけとって。
何度も何度も、こうして王子と結ばれるために努力をして。
それでも願いは叶わなくて。
毎回、毎回繰り返すごとに、私と恋愛対象になるべきである王子との精神年齢が噛み合わなくなっていく。
しかし、そうしないと私は永遠に報われない。
「ジークフリード王子。またいつでも我が家にきてください。ミルクや紅茶を用意してお待ちしておりますわ。いつでも、私に本音を話してください。私はその本音を誰にもいいません。二人っきりの秘密にしましょう」
「は、はい。……えへへ、ありがとうございます」
彼が大きくなるまでに婚約して……結婚して……結ばれて……。
今度こそ、私は報われる幸せを、死を迎えることができるんだろうか。
私の頭をよぎったのは、6年前に婚約破棄された時の辛い一瞬と、三日前、カンパネラと踊った時の幸福な一瞬だった。
「……」
王子はぐっと唾を飲む。
吟味しているのだろう。私がどんな人なのか。
情報を漏らすような愚かな令嬢じゃないかどうか。
「……あなたになら、話してもいいかもしれません。ほかのだれにも言わないでくださいね」
「ええ。では、ここは王子と二人にしてくださいな」
「……しかし」
王子側の従者が渋る。けれど王子は静かに頷いた。
こうして私と王子は二人っきりになった。
「ぼくは、産まれてから数回しか父上と母上に会ったことがありません。乳母に育てられて、誕生日の日も二人はぼくに会ってくれませんでした」
「それは……さみしかったですね」
「えぇ。でも、そういうものだと思いました。ぼくは王子だから、頑張らないと、と勉強をがんばっているんです。でも、先日、ぼくの乳母がいなくなって、あたらしいメイドがぼくの面倒をみてくれるようになりました」
王子はゆっくりと語る。
言っても良いのかと、私の表情を伺いながら、言葉を選んで。
だから私はなるべく笑顔で接した。
あなたの味方です、そういう風に思ってもらえるように。
「乳母がいなくなったのは、乳母のお父さんとお母さんが亡くなったから、と聞きました。亡くなった理由は、ご飯が食べれなかったから。それから、流行病にかかって……」
「それを誰から聞いたのですか?」
「侍女たちが噂をしてたんです。こそこそと。それを聞きました」
6歳の王子にまで聞こえるように話すなんて。
全く、王族の侍女はどんな教育をされているのかと、怒りたくなる。
「ぼくは、国民を助けたいです。苦しんでいる人をいなくしたいです。それには、父上と母上を説得しないといけません。でも、二人は僕の話も聞いてくれない……」
「……だから、アナスタシア姉様を頼ってこられたのですね」
「はい」
私は紅茶を一口含んで、考えた。
おかしい。
なにがおかしいって、6歳の王子が国民のために、苦しんでいる人を――なんて考えるのがおかしいのだ。
6歳はもっと幼くあるべきだ。甘えたり泣いたりして感情をあらわにするべきだ。
「……お話はわかりましたわ。ジークフリード王子。では、お伺いします。誰に言われたんですか? アナスタシアを頼れと」
「それは、みんなに」
「みんなとは?」
「みんなは、みんなです。メイドも、執事も、騎士も、みんなが独り言のようにぽそっと言うんです。『せめて、王妃がアナスタシア様だったら』とか『ジークフリード王子が国王になってくれたほうがまだマシだ』とか」
「……ひどい言われようですね」
「はは、はい。そうですね」
幼い王子は笑った。その笑顔は寂しそうな笑みだった。
誰もが口答えできず。
王子はプレッシャーを背負わされている。
「ジークフリード王子。ここには私しかいません。だから、もっと本音を出してください」
「……本音?」
「はい。あなたのお話をお伺いして、思ったのです。あなたの今の気持ちは、周りの気持ちで、あなたのものではございません。だから、あなた自身の本音を、どうか私に聞かせていただけませんか?」
「……そんなこと、考えたこともありませんでした。……ぼくは、王子で、国のために、民のために、ええっと……えと……なんだろ、あれ……なんで、涙がでてくるんだろ……」
ぼろぼろと、大粒の涙が彼のルビー色の瞳からこぼれ落ちる。
「ほんとは、おとうさんと、おかあさんにほめてもらいたかったんです。ぼ、ぼくの父上と母上を悪く言われると、ぼくの存在まで、わるいもののように感じてしまって……ぼくは誰かに愛されているんでしょうか? 産まれてきてよかったんでしょうか?……うっ、うぐっ……」
「うまれてきてはいけない命なんて一つもございませんわ、王子」
私は本音で答えた。
「きっとまだ、出会えてないだけなんです。きっと、あなたを心から愛してくれる人が現れるはずです。だって、あなたはこんなにもやさしい人なんですから」
王子の涙を、新しいハンカチで拭った。
「……アナスタシア嬢は……なんだか、えっと温かいですね。あなたみたいなお姉様が、ぼくは欲しかった」
王子の本音は、とても純粋な子どものものだった。
でも――私はここからこの王子を騙さなければいけない。彼を甘い言葉で絡め取って、婚約者になって
――あぁ、醜い。目の前にいる子はこんなにも幼くて純粋なのに。私は齢だけとって。
何度も何度も、こうして王子と結ばれるために努力をして。
それでも願いは叶わなくて。
毎回、毎回繰り返すごとに、私と恋愛対象になるべきである王子との精神年齢が噛み合わなくなっていく。
しかし、そうしないと私は永遠に報われない。
「ジークフリード王子。またいつでも我が家にきてください。ミルクや紅茶を用意してお待ちしておりますわ。いつでも、私に本音を話してください。私はその本音を誰にもいいません。二人っきりの秘密にしましょう」
「は、はい。……えへへ、ありがとうございます」
彼が大きくなるまでに婚約して……結婚して……結ばれて……。
今度こそ、私は報われる幸せを、死を迎えることができるんだろうか。
私の頭をよぎったのは、6年前に婚約破棄された時の辛い一瞬と、三日前、カンパネラと踊った時の幸福な一瞬だった。
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