上 下
232 / 260
4 聖魔術師の幻影編

4-11 専属護衛の内情

しおりを挟む
 オレは今、あてがわれた護衛騎士の部屋にいた。

「あぁぁぁぁぁ、やっちゃったよなぁ」

 部屋の入口の外に、監視の騎士を置かれて閉じこめられた状態で。呻きながら頭をかきむしる。

 軟禁というヤツだ。

「クラウドはどうなったんだろ」

 ときおり、ドアを叩いて、外にいる騎士に呼びかけるが返事はない。

 部屋には浴室とトイレもついていて、不自由ないし、食事もしっかり運ばれてくるので飢える心配もない。

 閉じこめられて、ただただ暇なだけだ。

 外の状況も分からない今は、おとなしくしているしかない。やることもないので、部屋の中で一人、黙々と素振りをする。

 発端は昨日の深夜のあの事件だった。




「そこで、何をしている!」

 部屋で寝ていると、突然、外の廊下の奥の方から男の叫び声が聞こえて、飛び起きた。

 なんだ? 何が起きた?

 俺は部屋を探って明かりをつけ、ベッドの脇に立てかけておいた剣帯を急いで手にする。

「誰か! 護衛騎士がやられた!」

 専属護衛は二十四時間警護が基本、だとはいえ、さすがに寝る時間は欲しい。

 そのため、夜の警備は護衛団の騎士が交代で勤めていた。

 その騎士が何者かに襲われたようだ。

 他国で襲撃に遭うとはあってはならないこと。これは一大事だ。

 緊張で震える手でドアノブを掴むと、さっと廊下に出る。

 暗い。

 うっすらと周りが見えるくらい。

 と、急に明かりが。

「フェリクス、何が起きたんだ?」

 今の大声を聞きつけ、クラウドも自分の部屋から出てきたようだ。
 手には携帯用の魔導灯。用意がいい。

「クラウドも聞こえたか」

「あぁ、向こうからだよな」

「エルシアの部屋の方か」

 俺たちは廊下の先に目を向ける。

 エルシアにも専属護衛がついていたし、夜は護衛団の騎士がついているはず。

 なのに、今の大声は…………。

「行くぞ」「あぁ」

 念のため、フォセル嬢の部屋の前で警備にあたっている騎士に声をかけてから、声が聞こえた方に移動した。

 するとそこには、倒れ込んでいる騎士の傍らで、ドアをこじ開けようとしている何者かの姿。

 あそこは確かエルシアの部屋!

 間違いない。

 後で忍び込もうと思って、入り口に騎士がつくと聞いて諦めた部屋だ。

「お前! エルシアの部屋の前で何をやってる?!」

「護衛が倒れてるぞ! 押し入ろうとしたな!」

 俺たちの声にビクッと反応して一瞬動きを止めた曲者は、そのままじりじりと俺たちから離れる方向に移動していく。

 逃げるつもりか。

「フェリクス」

「クラウド、明かりで注意を引け。俺が回り込む」

 頷きあう俺たち。

 クラウドが魔導灯で相手を照らそうと、ゆっくり近寄る。この動きに気を取られている隙に、俺は相手の背後に回り込んだ。

 そして、


 ドカッ


 俺は相手の背中に突進して、相手を倒す。

 クラウドが魔導灯の明かりを最大限に拡大させると、廊下全体が明るく照らされて、ようやく俺は倒して押さえ込んでいる相手の顔を見ることが出来た。

 て、なんでこいつがエルシアの部屋の前に?

 そう。

 その相手とは、新リテラ王国の騎士隊長のエンデバート卿。

 なんでこの人が?

 しかも片手にはバラの大きな花束。

 固まる俺よりも先にクラウドが大声をあげた。

「エンデバート卿! これはどういうことですか!」

「俺はルベラス嬢に呼び出されて」

「「はぁぁぁぁぁ?」」

 俺とクラウドの声が揃う。

 なんだそれ。

 あのエルシアが、男なんて呼び出すわけがないだろ!

 とんでもないことを口走るエンデバート卿に対して、俺は怒りがこみ上げてきた。

「嘘つけ! 早寝のエルシアがこんな深夜に呼び出すわけないだろ!」

 「なんで、知ってるんだよ」

 クラウドが余計な突っ込みを入れてくるが、今はクラウドに構っている場合ではなかった。

 エンデバート卿の襟首を掴んで、無理やり捻りあげる。

「ふざけるなよ! 俺だってまだ夜這いしたことなんてないのに!」

 「お前もするつもりだったのかよ」


 ドカッ


 顔面に一発、ぶち込んだ。

 だいたい、俺より先に、エルシアのベッドを狙うとはなんてヤツだ。許せない。

「デートの約束すらしたことないのに!」

 「ぜんぶ即行で断られてたよな」


 ボカッ


 もう一発。

 俺がクラウドとフォセル嬢のおまけでついて歩き回っている間、こいつがエルシアの手を取って散策していたとか、いないとか。悔しい、悔しすぎる。

「エルシアとイチャイチャしたり、エッチなことだってたくさんしてみたいのに!」

 「フェリクス、欲望がダダ漏れだぞ」


 バキッ


 エルシアももう十六だし、俺とはちょうどいい年齢差。そういう関係にまで進んでも、なんの問題はない。

 俺は頭の中で、俺に抱かれるエルシアを想像する。うん、凄くかわいい。

「そして、子どもは五人は作るんだ!」

 「いいから妄想を止めろ、フェリクス」

 妄想ではない。これから起きること未来を先取りして、頭の中で描いているだけ。残念ながら、未だに現実になってないだけだ。

 そして、俺は残念な気持ちを抱えたまま、エンデバート卿を殴り続けた。

「おい、フェリクス。いい加減、落ち着けよ!」

 この時の俺は完全に頭に血が上っていて、気がついたときは、すでに新リテラ王国の騎士に拘束された後。

「フェリクス。お前、少し反省しとけ」

 リンクス隊長からも、そんなことを言われる始末。

「悪いのはエルシアの部屋に侵入しようとしてたエンデバート卿です!」

「いくらなんでも、一方的に殴る蹴るはダメだろう。だから、新リテラ王国のヤツらに、逆に訴えられることになるんだよ」

 リンクス隊長に肩をぽんぽんと叩かれて「体よく嵌められたよな、どっちにも」と囁かれた。

 そうだよ。

 エルシアの部屋に侵入しようとしたエンデバート卿は無罪放免で、エンデバート卿を阻止した俺とクラウドが拘束されて罪に問われるなんて。

 俺たちは、新リテラ王国のヤツらに嵌められたんだ。

 ガックリする俺に、リンクス隊長がさらに追い討ちをかける。

「しかも、ルベラス魔術師殿との妄想が暴走してたぞ。良かったな、聞かれてなくて。聞かれてたら、お前、終わってたわ」

「えっ、妄想って?」

「子ども五人作るとか?」

「言ってました、俺?」

「言ってたな、お前」

 そして流れる沈黙。

 ウワァァァァァァァ。

 俺は頭を抱えてうずくまった。 

「しばらく反省してろ。素振りでもしてたらどうだ? 精神統一にいいぞ」

 そう言って、リンクス隊長は去っていく。

 それから半日。

 部屋に閉じこめられた状態で、素振りを続けた俺はようやく解放される。

 お披露目会ではエルシアも白いドレス姿だったようで、それを見逃したことをクラウドから知らされた。
 そして、俺を解放するためにエルシアが向こうの要求を飲んだことも。

 くそっ

 エルシアを助けようとして、返ってエルシアに負担をかけてしまった。嫌われてはいないだろうか。

 いや。

 エルシアが俺を助けるために、自ら動いてくれたんだ。つまり、脈ありってことだよな?

 ふだんは素っ気ないのに、エルシアが俺のことをちゃんと心配していてくれたことに、俺は嬉しくなった。

 そうだ。チャンスなんてたくさんある。

 俺は、俺とエルシアの明るい未来を頭の中に描きながら、再び専属護衛の任についたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...