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3 王子殿下の魔剣編
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そしてあっという間に剣術大会がやってきた。
王城の一部、ふだん出入りが可能な事務方の部分の他に、第二と第三騎士団の部分も解放しての開催で、私の気分は高揚しっぱなし。
「やー、剣術大会なんて、初めて見るわ」
なんと言っても、私はこれが初見物。
食べ物の屋台は出ているわ、小物や雑貨を売る出店も出ているわ。
なんと、勝敗を当てる賭け小屋のようなものまである。
うん、凄く楽しそう。
うん、それにいい匂いもするし。
保護者がいればお財布の中身の心配はいらないのに、今日に限って私の保護者はいない。彼も大会の参加者だから。
口うるさいクラウドも、何かと纏わりついてくるフェリクス副隊長もいない。二人とも大会の参加者だし。何より今日は自由なのだ。
オルドーやユリンナ先輩も、それぞれ剣術大会を楽しんでいるんだろう。あちこち歩いてはいるけど、出会う気配さえない。
人が多すぎて、偶然バッタリその辺で会うなんてこともなさそうな雰囲気。これは会う約束をして、時間と場所を決めておかないと出会えないヤツ。
私は誰にも出会わず一人歩く。
「いいのか、主。ふらふら歩いてて」
私の横から声がした。
うん、正確には一人歩きではない。セラフィアスがいっしょだったから。
珍しく人型に顕現して、私の隣をチョコチョコ歩くセラフィアス。
十歳くらいの少年の姿をしたセラフィアスは黒髪金眼。髪の黒さも金の瞳の色合いも、まったく私と同じ。
この世界では髪や瞳の色は、本人が持つ魔力の性質や特徴を現す。
親子でも魔力の性質や特徴が同じとは限らないので、親兄弟でまったく違う色になることも珍しくはない。逆にまったく同じ色になることは珍しい。
それなのに。
顔が似ているかよりも、色が似ているかで、親子かどうかを判断する人もいる。理解不能だ。
まぁ、私とセラフィアスは、色がまったく同じなのに加えて、顔立ちもどことなく似ていた。
だから、手をつないでいっしょに歩く様は、どう頑張って見ても仲の良い姉弟。
ちなみに、顔立ちがどことなく似ている理由は不明。
セラフィアスに聞いても「僕の顔は昔からこの顔だ」と言うだけ。私に似せたわけでもなさそうだし。謎は多い。
誰か研究してくれないだろうか。
「聞いてるのか、主」
私が頭の中で考え事をしていたせいで、セラフィアスの質問を無視する形になって。
ちょっとイラッとしたのか、セラフィアスは横から私の顔を覗き込んだ。
私は慌ててセラフィアスに返事をする。
「大丈夫大丈夫。今日はお休みを取ったから」
「じゃなくて。一人で歩いていて良いのかってことだよ」
セラフィアスも意外と心配症だ。
細かいことを注意してくる。
「王城内だし、危険なことは何もないと思うけど」
道沿いの露店を気にしながら、私はてくてくと歩いていた。あてもなく。
後でいろいろ買うんだ。どのお店にしようかな。目星をつけておかないとな。そんなことで頭の中をいっぱいにして。
「主、フェルム一族に目を付けられてるだろうに。あいつが心配するぞ」
「大丈夫大丈夫。セラフィアスがいっしょだから一人じゃないし」
「…………まぁ、そうだな。今日は僕がエスコートしてやるよ」
セラフィアスがいっしょ、を強調すると何気に得意顔になるセラフィアス。セラフィアスもこの辺りは、見た目通りのお子さまになるんだよね。
残念ながら、周りからは私がセラフィアスを連れて歩いているように見えているだろうけどね。
そうだとしても、私はセラフィアスに対して「よろしく」と頭を下げる。
すると、さらに得意顔になるセラフィアス。
「それじゃ、まずはあっちだな」
と言われて腕を引かれた。
「ほえ?」
「知らないのか、主。午前の部はいくつかの会場に分かれて予選なんだよ。昼を挟んで、午後の部は一つの会場で各部門の決勝戦だ。ほら、行くぞ、あっちだ」
なぜか、セラフィアスが剣術大会に詳しい。
「え? あっち?」
「そうだよ、まずは場所取りだ!」
ずいぶんと詳しい。
セラフィアスも私とずっといっしょだったんだから、剣術大会に詳しいはずないのに。
「セラフィアス、ずいぶんと生き生きしてない?」
「ほら、早く行かないと、良い場所が取れないぞ!」
私の問いかけを無視して、どんどん歩いていく。
「はいはい」
と返事をしたところで、後ろから何かがぶつかってきた。
「ワン!」
犬の鳴き声がするので、セラフィアスの手をぐっと引っ張った状態で、後ろを振り向く。
そこにいたのは、ハッハッハと舌を出して尻尾をブンブン振り回している犬。
灰色の毛並みでちょっと偉そうな感じのこの犬って。
「うん? この前の犬じゃないの?」
「どうした、主? 何かあったか?」
振り向いたまま歩みを止めた私を心配して、セラフィアスが声をかけてきた。
「いやそれが。この前から何度か見かけている犬が、っていない?!」
セラフィアスを見て、またすぐ振り向いたのに。灰色の犬は綺麗さっぱり消えていたのだ。
人混みに紛れ込んだ?
たったったっと走り去った?
魔力を感知する余裕もなかったし、私は犬を見失ってしまう。
「はぁあ? 主、疲れてるんじゃないのか? ただの犬が王城に入れるわけないだろ?」
セラフィアスの言うことももっともなんだけれどね!
その犬が何度も王城に出入りしていて、しかも、王族の墓所や地下墓地にも出入りしていた。
やっぱり魔犬?
調べようにも、張本人の犬はまたどこかに消えてしまった。
「見間違いじゃないのか? それとも誰かが連れてきたとか? だいたい、似たような犬なら区別できないだろ、主」
「魔犬ぽかったよ?」
「それなら、なおさらおかしいだろ、主」
セラフィアスは冷静におかしいところを指摘する。
「契約もしてない魔物が、こんな人の多いところに出てくるか? 出てきておとなしくしているか?」
「あ」
「だろ? 知恵のある魔物なら、こんな人混みの中に現れない。知恵のない魔物なら、現れておとなしくしていない」
セラフィアスの言うとおりだ。
後は考えられるとしたら、召喚されて契約済みの魔犬ということになる。
契約済みの魔犬なら、主がいるので、動向を心配する必要はない。
それなのに、いつまで経っても私の不安は拭えなかった。
王城の一部、ふだん出入りが可能な事務方の部分の他に、第二と第三騎士団の部分も解放しての開催で、私の気分は高揚しっぱなし。
「やー、剣術大会なんて、初めて見るわ」
なんと言っても、私はこれが初見物。
食べ物の屋台は出ているわ、小物や雑貨を売る出店も出ているわ。
なんと、勝敗を当てる賭け小屋のようなものまである。
うん、凄く楽しそう。
うん、それにいい匂いもするし。
保護者がいればお財布の中身の心配はいらないのに、今日に限って私の保護者はいない。彼も大会の参加者だから。
口うるさいクラウドも、何かと纏わりついてくるフェリクス副隊長もいない。二人とも大会の参加者だし。何より今日は自由なのだ。
オルドーやユリンナ先輩も、それぞれ剣術大会を楽しんでいるんだろう。あちこち歩いてはいるけど、出会う気配さえない。
人が多すぎて、偶然バッタリその辺で会うなんてこともなさそうな雰囲気。これは会う約束をして、時間と場所を決めておかないと出会えないヤツ。
私は誰にも出会わず一人歩く。
「いいのか、主。ふらふら歩いてて」
私の横から声がした。
うん、正確には一人歩きではない。セラフィアスがいっしょだったから。
珍しく人型に顕現して、私の隣をチョコチョコ歩くセラフィアス。
十歳くらいの少年の姿をしたセラフィアスは黒髪金眼。髪の黒さも金の瞳の色合いも、まったく私と同じ。
この世界では髪や瞳の色は、本人が持つ魔力の性質や特徴を現す。
親子でも魔力の性質や特徴が同じとは限らないので、親兄弟でまったく違う色になることも珍しくはない。逆にまったく同じ色になることは珍しい。
それなのに。
顔が似ているかよりも、色が似ているかで、親子かどうかを判断する人もいる。理解不能だ。
まぁ、私とセラフィアスは、色がまったく同じなのに加えて、顔立ちもどことなく似ていた。
だから、手をつないでいっしょに歩く様は、どう頑張って見ても仲の良い姉弟。
ちなみに、顔立ちがどことなく似ている理由は不明。
セラフィアスに聞いても「僕の顔は昔からこの顔だ」と言うだけ。私に似せたわけでもなさそうだし。謎は多い。
誰か研究してくれないだろうか。
「聞いてるのか、主」
私が頭の中で考え事をしていたせいで、セラフィアスの質問を無視する形になって。
ちょっとイラッとしたのか、セラフィアスは横から私の顔を覗き込んだ。
私は慌ててセラフィアスに返事をする。
「大丈夫大丈夫。今日はお休みを取ったから」
「じゃなくて。一人で歩いていて良いのかってことだよ」
セラフィアスも意外と心配症だ。
細かいことを注意してくる。
「王城内だし、危険なことは何もないと思うけど」
道沿いの露店を気にしながら、私はてくてくと歩いていた。あてもなく。
後でいろいろ買うんだ。どのお店にしようかな。目星をつけておかないとな。そんなことで頭の中をいっぱいにして。
「主、フェルム一族に目を付けられてるだろうに。あいつが心配するぞ」
「大丈夫大丈夫。セラフィアスがいっしょだから一人じゃないし」
「…………まぁ、そうだな。今日は僕がエスコートしてやるよ」
セラフィアスがいっしょ、を強調すると何気に得意顔になるセラフィアス。セラフィアスもこの辺りは、見た目通りのお子さまになるんだよね。
残念ながら、周りからは私がセラフィアスを連れて歩いているように見えているだろうけどね。
そうだとしても、私はセラフィアスに対して「よろしく」と頭を下げる。
すると、さらに得意顔になるセラフィアス。
「それじゃ、まずはあっちだな」
と言われて腕を引かれた。
「ほえ?」
「知らないのか、主。午前の部はいくつかの会場に分かれて予選なんだよ。昼を挟んで、午後の部は一つの会場で各部門の決勝戦だ。ほら、行くぞ、あっちだ」
なぜか、セラフィアスが剣術大会に詳しい。
「え? あっち?」
「そうだよ、まずは場所取りだ!」
ずいぶんと詳しい。
セラフィアスも私とずっといっしょだったんだから、剣術大会に詳しいはずないのに。
「セラフィアス、ずいぶんと生き生きしてない?」
「ほら、早く行かないと、良い場所が取れないぞ!」
私の問いかけを無視して、どんどん歩いていく。
「はいはい」
と返事をしたところで、後ろから何かがぶつかってきた。
「ワン!」
犬の鳴き声がするので、セラフィアスの手をぐっと引っ張った状態で、後ろを振り向く。
そこにいたのは、ハッハッハと舌を出して尻尾をブンブン振り回している犬。
灰色の毛並みでちょっと偉そうな感じのこの犬って。
「うん? この前の犬じゃないの?」
「どうした、主? 何かあったか?」
振り向いたまま歩みを止めた私を心配して、セラフィアスが声をかけてきた。
「いやそれが。この前から何度か見かけている犬が、っていない?!」
セラフィアスを見て、またすぐ振り向いたのに。灰色の犬は綺麗さっぱり消えていたのだ。
人混みに紛れ込んだ?
たったったっと走り去った?
魔力を感知する余裕もなかったし、私は犬を見失ってしまう。
「はぁあ? 主、疲れてるんじゃないのか? ただの犬が王城に入れるわけないだろ?」
セラフィアスの言うことももっともなんだけれどね!
その犬が何度も王城に出入りしていて、しかも、王族の墓所や地下墓地にも出入りしていた。
やっぱり魔犬?
調べようにも、張本人の犬はまたどこかに消えてしまった。
「見間違いじゃないのか? それとも誰かが連れてきたとか? だいたい、似たような犬なら区別できないだろ、主」
「魔犬ぽかったよ?」
「それなら、なおさらおかしいだろ、主」
セラフィアスは冷静におかしいところを指摘する。
「契約もしてない魔物が、こんな人の多いところに出てくるか? 出てきておとなしくしているか?」
「あ」
「だろ? 知恵のある魔物なら、こんな人混みの中に現れない。知恵のない魔物なら、現れておとなしくしていない」
セラフィアスの言うとおりだ。
後は考えられるとしたら、召喚されて契約済みの魔犬ということになる。
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それなのに、いつまで経っても私の不安は拭えなかった。
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