上 下
170 / 260
3 王子殿下の魔剣編

5-2

しおりを挟む
 そしてあっという間に剣術大会がやってきた。

 王城の一部、ふだん出入りが可能な事務方の部分の他に、第二と第三騎士団の部分も解放しての開催で、私の気分は高揚しっぱなし。

「やー、剣術大会なんて、初めて見るわ」

 なんと言っても、私はこれが初見物。

 食べ物の屋台は出ているわ、小物や雑貨を売る出店も出ているわ。
 なんと、勝敗を当てる賭け小屋のようなものまである。

 うん、凄く楽しそう。
 うん、それにいい匂いもするし。

 保護者がいればお財布の中身の心配はいらないのに、今日に限って私の保護者はいない。彼も大会の参加者だから。

 口うるさいクラウドも、何かと纏わりついてくるフェリクス副隊長もいない。二人とも大会の参加者だし。何より今日は自由なのだ。

 オルドーやユリンナ先輩も、それぞれ剣術大会を楽しんでいるんだろう。あちこち歩いてはいるけど、出会う気配さえない。

 人が多すぎて、偶然バッタリその辺で会うなんてこともなさそうな雰囲気。これは会う約束をして、時間と場所を決めておかないと出会えないヤツ。

 私は誰にも出会わず一人歩く。

「いいのか、主。ふらふら歩いてて」

 私の横から声がした。

 うん、正確には一人歩きではない。セラフィアスがいっしょだったから。

 珍しく人型に顕現して、私の隣をチョコチョコ歩くセラフィアス。

 十歳くらいの少年の姿をしたセラフィアスは黒髪金眼。髪の黒さも金の瞳の色合いも、まったく私と同じ。

 この世界では髪や瞳の色は、本人が持つ魔力の性質や特徴を現す。

 親子でも魔力の性質や特徴が同じとは限らないので、親兄弟でまったく違う色になることも珍しくはない。逆にまったく同じ色になることは珍しい。

 それなのに。

 顔が似ているかよりも、色が似ているかで、親子かどうかを判断する人もいる。理解不能だ。

 まぁ、私とセラフィアスは、色がまったく同じなのに加えて、顔立ちもどことなく似ていた。
 だから、手をつないでいっしょに歩く様は、どう頑張って見ても仲の良い姉弟。

 ちなみに、顔立ちがどことなく似ている理由は不明。

 セラフィアスに聞いても「僕の顔は昔からこの顔だ」と言うだけ。私に似せたわけでもなさそうだし。謎は多い。

 誰か研究してくれないだろうか。

「聞いてるのか、主」

 私が頭の中で考え事をしていたせいで、セラフィアスの質問を無視する形になって。
 ちょっとイラッとしたのか、セラフィアスは横から私の顔を覗き込んだ。

 私は慌ててセラフィアスに返事をする。

「大丈夫大丈夫。今日はお休みを取ったから」

「じゃなくて。一人で歩いていて良いのかってことだよ」

 セラフィアスも意外と心配症だ。
 細かいことを注意してくる。

「王城内だし、危険なことは何もないと思うけど」

 道沿いの露店を気にしながら、私はてくてくと歩いていた。あてもなく。

 後でいろいろ買うんだ。どのお店にしようかな。目星をつけておかないとな。そんなことで頭の中をいっぱいにして。

「主、フェルム一族に目を付けられてるだろうに。あいつが心配するぞ」

「大丈夫大丈夫。セラフィアスがいっしょだから一人じゃないし」

「…………まぁ、そうだな。今日は僕がエスコートしてやるよ」

 セラフィアスがいっしょ、を強調すると何気に得意顔になるセラフィアス。セラフィアスもこの辺りは、見た目通りのお子さまになるんだよね。

 残念ながら、周りからは私がセラフィアスを連れて歩いているように見えているだろうけどね。

 そうだとしても、私はセラフィアスに対して「よろしく」と頭を下げる。

 すると、さらに得意顔になるセラフィアス。

「それじゃ、まずはあっちだな」

 と言われて腕を引かれた。

「ほえ?」

「知らないのか、主。午前の部はいくつかの会場に分かれて予選なんだよ。昼を挟んで、午後の部は一つの会場で各部門の決勝戦だ。ほら、行くぞ、あっちだ」

 なぜか、セラフィアスが剣術大会に詳しい。

「え? あっち?」 

「そうだよ、まずは場所取りだ!」

 ずいぶんと詳しい。

 セラフィアスも私とずっといっしょだったんだから、剣術大会に詳しいはずないのに。

「セラフィアス、ずいぶんと生き生きしてない?」

「ほら、早く行かないと、良い場所が取れないぞ!」

 私の問いかけを無視して、どんどん歩いていく。

「はいはい」

 と返事をしたところで、後ろから何かがぶつかってきた。

「ワン!」

 犬の鳴き声がするので、セラフィアスの手をぐっと引っ張った状態で、後ろを振り向く。

 そこにいたのは、ハッハッハと舌を出して尻尾をブンブン振り回している犬。

 灰色の毛並みでちょっと偉そうな感じのこの犬って。

「うん? この前の犬じゃないの?」

「どうした、主? 何かあったか?」

 振り向いたまま歩みを止めた私を心配して、セラフィアスが声をかけてきた。

「いやそれが。この前から何度か見かけている犬が、っていない?!」

 セラフィアスを見て、またすぐ振り向いたのに。灰色の犬は綺麗さっぱり消えていたのだ。

 人混みに紛れ込んだ?

 たったったっと走り去った?

 魔力を感知する余裕もなかったし、私は犬を見失ってしまう。

「はぁあ? 主、疲れてるんじゃないのか? ただの犬が王城に入れるわけないだろ?」

 セラフィアスの言うことももっともなんだけれどね!

 その犬が何度も王城に出入りしていて、しかも、王族の墓所や地下墓地にも出入りしていた。

 やっぱり魔犬?

 調べようにも、張本人の犬はまたどこかに消えてしまった。

「見間違いじゃないのか? それとも誰かが連れてきたとか? だいたい、似たような犬なら区別できないだろ、主」

「魔犬ぽかったよ?」

「それなら、なおさらおかしいだろ、主」

 セラフィアスは冷静におかしいところを指摘する。

「契約もしてない魔物が、こんな人の多いところに出てくるか? 出てきておとなしくしているか?」

「あ」

「だろ? 知恵のある魔物なら、こんな人混みの中に現れない。知恵のない魔物なら、現れておとなしくしていない」

 セラフィアスの言うとおりだ。

 後は考えられるとしたら、召喚されて契約済みの魔犬ということになる。
 契約済みの魔犬なら、主がいるので、動向を心配する必要はない。

 それなのに、いつまで経っても私の不安は拭えなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

誤解の代償

トモ
恋愛
天涯孤独のエミリーは、真面目な性格と努力が実り、大手企業キングコーポレーションで働いている。キングファミリー次男で常務のディックの秘書として3年間働き、婚約者になった。結婚まで3か月となった日に、ディックの裏切りをみたエミリーは、婚約破棄。事情を知らない、ディックの兄、社長のコーネルに目をつけられたエミリーは、幸せになれるのか

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

処理中です...