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3 王子殿下の魔剣編
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「でぇぇぇ?」
「もぅ。エルシアったら、少しは静かにしなさいよねー」
ユリンナ先輩に注意されるが、私にだって叫びたい時があるってものだ。
「なぁぁぁんで、私が犬を探さないといけないんですか!」
そう。
お昼から戻ると、パシアヌス様に呼び出されて仕事を命じられたのだ。
しかも、
私だけでなく、ユリンナ先輩とオルドーもいっしょに。
第三騎士団の魔術師は現在六人。
これでも増えた方だ。
私が配属されたばかりのころは私含めて四人しかいなかったのだから。
いろいろな事情で二人増え、現在は第一隊から第五隊まで一人ずつ専属の魔術師が配置されている。
それでも、他のところは各隊に二人ずついるのだから、うちのところはだいぶ少ない。
まぁ、おまけの騎士団とか雑用騎士団とか言われるくらいなので、人気がないせいなんだけど。
その数少ない第三騎士団の、貴重な魔術師を三人も集めてやらせる仕事が、
迷子の犬探しって!
どういうこと?!
吠える私の扱い方を分かっているのか、応じるのはユリンナ先輩だ。
ユリンナ先輩は第一隊の専属魔術師。
茶金の髪に碧眼、小柄でいつも元気で明るい人柄は、第三騎士団以外の騎士にも人気がある。
特徴的な甘えるような言い方も、ユリンナ先輩だと不思議とあざとく聞こえない。
以前、ユリンナ先輩を真似して、保護者に甘えたようなことを言ってみたことがあるんだけど、保護者が見事に固まってしまって、とても気まずかった。
そんなユリンナ先輩は、私に対しても独特の口調で説明する。
「今の時期、騎士は剣術大会に向けての訓練で忙しいんだから、仕方ないじゃないのぅ!」
うん、だからって魔術師にやらせる?!
騎士がダメなら他にもいるでしょ。私は頭をひねって、代わりに仕事を請け負いそうな人を考える。
そして捻り出されたのが、
「それじゃ、アルバヴェスペルのおじさんたちとか?」
アルバヴェスペルは、王宮勤務を引退した人たちで構成されている組織だ。引退したとはいえ、元々、武官や文官など要職でバリバリ働いていたベテラン揃い。
そんな凄腕組織にも欠点がある。
「エルシア、おじいちゃんたちに、そんな重労働させちゃダメよぅ!」
引退しているから年齢が高い、つまりおじいちゃんだっていうこと。
体力に不安があって引退した人たちなんだから、当たり前と言えば当たり前。
でも、私だって魔術師だ。体力勝負な騎士とは違う。
「私は良いんですか、私は?」
「だって、エルシアの体力、騎士並じゃないのぅ!」
保護者に鍛えられはしたものの、騎士並扱いしないでもらいたい。
「そんなことありません」
「嘘よぅ! 絶対あるって!」
騎士並の体力なんて魔術師にあるはずがない。ないものはない。
「この前、第二騎士団の暗黒隊にも負けなかったじゃないのぅ!」
うぅっ。そんなこともあったような気もする。私はこっそり冷や汗をかいた。
口では知らん顔して否定しておく。
「気のせいです」
「まぁ、とにかく二人とも」
そこに割って入ったのがオルドーだ。
オルドーは第二隊の専属魔術師で、わたしと同じく魔塔孤児院出身。だから、昔からの顔馴染みだ。
年齢は私より一つ上。王宮魔術師団のエース的存在の、ダイアナ・セイクリウス嬢とは同期にあたる。
オルドーの代の首席はダイアナ嬢だったそうだけど、オルドーも劣らないくらいの実力者であると、私は思っていた。
そして、オルドーの良いところは真面目な人柄。
減らず口も多いけど、人生におもしろさを求めるユリンナ先輩よりも、堅実で安心できる仕事ぶり。
堅実さを買われて、第二隊をまかされているんだと思う。
けして、「人不足だから任されているだけ(オルドー談)」ということはない。もっと、自分を高く評価していい人材だ。
さらに、こうして言い合いなどの間に入ってくれる人でもある。
そのオルドーが不安なるようなことを言い出した。
「『かわいいワンちゃんを探すだけの簡単な仕事だ』って話なんだから、仲良くやってくれよ」
それ、その言い方。
第三騎士団に配属されてまだ三ヶ月ほもなのに、私は何度も聞いた事があった。
「ヴァンフェルム団長が言った話でしょ?」
「エルシア、よく分かったな?」
やっぱり。
もう聞き覚えしかない。
団長がそんな言い方をする仕事は、簡単だった試しがない。
「私、魔猫捕縛の時、『同行するだけの簡単な仕事』って言われたんだけど」
カス王子が王女殿下の庭園から魔猫を逃がしてしまい、捕縛を請け負った第一騎士団の第三隊から、私に協力要請が来たときのが『魔猫捕縛事件』だ。
この魔猫。最初は通常種のカタリグヌンかと思われていたが、実は最上位種、魔王猫と呼ばれるカタディアボリで。
けっきょく、私が捕まえたんだけど、その時も『簡単な仕事』って確かに言われたんだよね!
オルドーはこのときの捕縛には関わっていない。でも、話は聞いているので当然びっくり顔。
「え? マジかよ!」
「あー、言いそうだわねぇ、団長」
ユリンナ先輩の方はオルドーよりも第三騎士団歴が長いせいか、あまり驚かない。
「てことは、簡単な仕事じゃないとか?」
「なんでもかんでも『簡単』て付けちゃうだけね。気にすることはないわ!」
というか、ヴァンフェルム団長の口癖だと決めつけてるし。
うん、あれ。絶対に口癖ではないと想うよ、ユリンナ先輩。
私が経験した限りでは、なんでもかんでも『簡単』とは言ってないから。
むしろ、本当に簡単な仕事にはつけなくて、逆に大変だった仕事には『簡単』とつけてるから。
というわけで、やってきたのは、この前『世界の穴』の騒動があった場所。
「で、このプラエテリタの森を探せか」
かいつまんで説明すると、とある貴族の飼い犬が行方不明になって、王宮騎士団に依頼がやってきた。
貴族の飼い犬とはいえ、ただの犬。
しかも、剣術大会間近のこの時期。
貴族関係とはいえ、ただの犬の捜索。第一騎士団が請け負うわけがなく、第二騎士団も当然請け負わず、雑用騎士団と名高い第三騎士団に話が回ってきたと。
そして、剣術大会前の時期なので、魔術師が出動していると。
「うん、やっぱり納得がいかない」
私は広々としたプラエテリタの森の片隅で叫ぶのだった。
「もぅ。エルシアったら、少しは静かにしなさいよねー」
ユリンナ先輩に注意されるが、私にだって叫びたい時があるってものだ。
「なぁぁぁんで、私が犬を探さないといけないんですか!」
そう。
お昼から戻ると、パシアヌス様に呼び出されて仕事を命じられたのだ。
しかも、
私だけでなく、ユリンナ先輩とオルドーもいっしょに。
第三騎士団の魔術師は現在六人。
これでも増えた方だ。
私が配属されたばかりのころは私含めて四人しかいなかったのだから。
いろいろな事情で二人増え、現在は第一隊から第五隊まで一人ずつ専属の魔術師が配置されている。
それでも、他のところは各隊に二人ずついるのだから、うちのところはだいぶ少ない。
まぁ、おまけの騎士団とか雑用騎士団とか言われるくらいなので、人気がないせいなんだけど。
その数少ない第三騎士団の、貴重な魔術師を三人も集めてやらせる仕事が、
迷子の犬探しって!
どういうこと?!
吠える私の扱い方を分かっているのか、応じるのはユリンナ先輩だ。
ユリンナ先輩は第一隊の専属魔術師。
茶金の髪に碧眼、小柄でいつも元気で明るい人柄は、第三騎士団以外の騎士にも人気がある。
特徴的な甘えるような言い方も、ユリンナ先輩だと不思議とあざとく聞こえない。
以前、ユリンナ先輩を真似して、保護者に甘えたようなことを言ってみたことがあるんだけど、保護者が見事に固まってしまって、とても気まずかった。
そんなユリンナ先輩は、私に対しても独特の口調で説明する。
「今の時期、騎士は剣術大会に向けての訓練で忙しいんだから、仕方ないじゃないのぅ!」
うん、だからって魔術師にやらせる?!
騎士がダメなら他にもいるでしょ。私は頭をひねって、代わりに仕事を請け負いそうな人を考える。
そして捻り出されたのが、
「それじゃ、アルバヴェスペルのおじさんたちとか?」
アルバヴェスペルは、王宮勤務を引退した人たちで構成されている組織だ。引退したとはいえ、元々、武官や文官など要職でバリバリ働いていたベテラン揃い。
そんな凄腕組織にも欠点がある。
「エルシア、おじいちゃんたちに、そんな重労働させちゃダメよぅ!」
引退しているから年齢が高い、つまりおじいちゃんだっていうこと。
体力に不安があって引退した人たちなんだから、当たり前と言えば当たり前。
でも、私だって魔術師だ。体力勝負な騎士とは違う。
「私は良いんですか、私は?」
「だって、エルシアの体力、騎士並じゃないのぅ!」
保護者に鍛えられはしたものの、騎士並扱いしないでもらいたい。
「そんなことありません」
「嘘よぅ! 絶対あるって!」
騎士並の体力なんて魔術師にあるはずがない。ないものはない。
「この前、第二騎士団の暗黒隊にも負けなかったじゃないのぅ!」
うぅっ。そんなこともあったような気もする。私はこっそり冷や汗をかいた。
口では知らん顔して否定しておく。
「気のせいです」
「まぁ、とにかく二人とも」
そこに割って入ったのがオルドーだ。
オルドーは第二隊の専属魔術師で、わたしと同じく魔塔孤児院出身。だから、昔からの顔馴染みだ。
年齢は私より一つ上。王宮魔術師団のエース的存在の、ダイアナ・セイクリウス嬢とは同期にあたる。
オルドーの代の首席はダイアナ嬢だったそうだけど、オルドーも劣らないくらいの実力者であると、私は思っていた。
そして、オルドーの良いところは真面目な人柄。
減らず口も多いけど、人生におもしろさを求めるユリンナ先輩よりも、堅実で安心できる仕事ぶり。
堅実さを買われて、第二隊をまかされているんだと思う。
けして、「人不足だから任されているだけ(オルドー談)」ということはない。もっと、自分を高く評価していい人材だ。
さらに、こうして言い合いなどの間に入ってくれる人でもある。
そのオルドーが不安なるようなことを言い出した。
「『かわいいワンちゃんを探すだけの簡単な仕事だ』って話なんだから、仲良くやってくれよ」
それ、その言い方。
第三騎士団に配属されてまだ三ヶ月ほもなのに、私は何度も聞いた事があった。
「ヴァンフェルム団長が言った話でしょ?」
「エルシア、よく分かったな?」
やっぱり。
もう聞き覚えしかない。
団長がそんな言い方をする仕事は、簡単だった試しがない。
「私、魔猫捕縛の時、『同行するだけの簡単な仕事』って言われたんだけど」
カス王子が王女殿下の庭園から魔猫を逃がしてしまい、捕縛を請け負った第一騎士団の第三隊から、私に協力要請が来たときのが『魔猫捕縛事件』だ。
この魔猫。最初は通常種のカタリグヌンかと思われていたが、実は最上位種、魔王猫と呼ばれるカタディアボリで。
けっきょく、私が捕まえたんだけど、その時も『簡単な仕事』って確かに言われたんだよね!
オルドーはこのときの捕縛には関わっていない。でも、話は聞いているので当然びっくり顔。
「え? マジかよ!」
「あー、言いそうだわねぇ、団長」
ユリンナ先輩の方はオルドーよりも第三騎士団歴が長いせいか、あまり驚かない。
「てことは、簡単な仕事じゃないとか?」
「なんでもかんでも『簡単』て付けちゃうだけね。気にすることはないわ!」
というか、ヴァンフェルム団長の口癖だと決めつけてるし。
うん、あれ。絶対に口癖ではないと想うよ、ユリンナ先輩。
私が経験した限りでは、なんでもかんでも『簡単』とは言ってないから。
むしろ、本当に簡単な仕事にはつけなくて、逆に大変だった仕事には『簡単』とつけてるから。
というわけで、やってきたのは、この前『世界の穴』の騒動があった場所。
「で、このプラエテリタの森を探せか」
かいつまんで説明すると、とある貴族の飼い犬が行方不明になって、王宮騎士団に依頼がやってきた。
貴族の飼い犬とはいえ、ただの犬。
しかも、剣術大会間近のこの時期。
貴族関係とはいえ、ただの犬の捜索。第一騎士団が請け負うわけがなく、第二騎士団も当然請け負わず、雑用騎士団と名高い第三騎士団に話が回ってきたと。
そして、剣術大会前の時期なので、魔術師が出動していると。
「うん、やっぱり納得がいかない」
私は広々としたプラエテリタの森の片隅で叫ぶのだった。
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