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3 王子殿下の魔剣編

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 そんなわけで私が案内係を担当することにはなったものの、けっきょく、顔だけは良くて後輩からの人気だけはあるクラウドに質問が集中し、私は、とてもとても暇になった。

 時間を持て余す。

 なんて良い響きだろうか。

 忙しすぎて今日も残業、なんて言葉より断然良い。

 これでもらう給料は同じ。いや、実際には魔術師の私の方が新人騎士より少しばかり高いんだよね。

 副隊長の役付になってしまうと、ちょっと計算が違ってくるので分からないけど。

 今の時点では私の方が高給だ。

 暇な上に高給。最高である。

 私は、警備の騎士の横でにまにましながら、研修生に囲まれるクラウドを眺めていた。

 すると、こちらをチラチラ見ては、何かヒソヒソ囁く集団が目に留まる。




「黒髪の魔術師のくせに、ヴェルフェルム先輩といっしょに働いてるなんて」

「配属になったら、ヴェルフェルム先輩の隣から追い出してあげるわ」

「みんな、黒髪だからって、偏見を持ってはダメよ。配属されてるってことは実力があってのことでしょ?」

「ミライラは優しいわねぇ」




 見学会が始まる前も、別の連中が、私の黒髪云々でバカにしていた。この目の前の女子グループも似たようなものだろう。

 もっとも、彼らが自信を持って黒髪の魔導師をバカにするのには根拠がある。

 黒髪は魔術師には不向きな色だから。

 これに尽きる。

 この世界では、人間は茶色の髪と茶色の瞳を持って生まれ、五歳頃に自分に適した能力の色に変化するのだ。

 まったく魔力を持たないのが茶色。赤色は魔力を持つタイプと持たないタイプが存在する。

 それ以外は基本、魔力を持つ。茶色でも、赤茶、金茶、焦げ茶、黒っぽい茶となると魔力持ち。

 魔術師なら金髪か銀髪、炎系に限っては魔力持ちの赤髪が最適、魔剣士なら黒髪、というのが世間の一般常識だ。

 黒髪の魔導師、金髪の剣士がいないということではない。魔力の性質が職種に合ってないので、競争になった場合に不利だというだけ。

 不利=大したことが出来ない、という先入観もあって、

「黒髪の実力なんて、たかがしれてるわ」

 と言う輩もいるし、

「学院でだって、黒髪の子が出来るのは座学だけだったじゃないの」

「こうした施設の案内や書類仕事だって、騎士団の魔術師の仕事だから必要だろうしね」

「アハハ、ほんと、それはそうね」

 とあからさまにバカにする輩も出てくるわけだ。




 髪や目の色と魔力の関係については、最近、学院から興味深い報告があがった。

 なんでも、茶色系が混ざると魔力量は少なく魔力強度も弱いらしい。

 真っ茶色の髪色だと魔力なしになることから、茶色の髪色が魔力の負因子として関わっているのではないか。

 報告ではそうまとめている。

 今回は茶髪に関する報告だけだったけど、そのうち他の髪色に関する報告も出てくるのではないかと、私は、密かに期待していた。

 まぁ、黒髪の魔術師ってだけで使えない評価をするような人たちは、こーんな研究報告、知らないだろうけどね。

 この報告通りなら、ヒソヒソ集団の半分は金茶とか赤茶の髪色なんで、私よりはるかに魔力が弱い部類だ。

 バカにしている黒髪の魔術師より、自分の魔力の方が弱いなんて夢にも思っていなさそうな、幸せな人たち。
 研修生ではなくなったら、苦労するだろうな。かわいそうに。

 私は、憐れみの目をヒソヒソ囁く集団に向けると、一言つぶやいた。

「あー、つまらないの」




 私が何度目かの欠伸をしたところで、ようやく、クラウドの周りが前の列だけになった。

 まだまだ人だかりだけど、前後左右に囲まれてもみくちゃにされてたときより、だいぶ少ない。

 今がクラウドに話しかけるチャンスだということで、思い切って大声で呼びかけてみた。

「クラウド! 私、もう必要なさそうだから帰るわ!」

「はぁあああああ?!」

 おー。無事に聞こえてる。

「待てよ、エルシア。そういう問題じゃないだろ!」

「だって暇だし。後よろしく」

 言いたいことだけ伝えると、私は隣の五強の部屋へと続く扉の方へと向かっていった。




 扉に手をかけようとしたその時。

「後は三聖の部屋だけだな」

「困ります、殿下!」

 扉の向こうから、偉そうな声に続いて慌ただしい声が聞こえた。

 あれ? どこかで聞いたことのある偉ぶり方なんだけど?


 ガチャン


 突然、扉が開かれる。

 
 今日の見学者は研修生三十人だけ。他の見学者はいないし、来訪もない。はず。

 なのに、開いた扉からは護衛を連れた一人の男性が、格好良さげなポーズを決めて現れたのだ。

「なんだ? 何が起きた?」

 クラウドも研修生以外の来訪を聞いてなかったのだろう。

 群がる研修生をかき分けて、すぐさま、近くにやってくると、私をかばうようにして前に出た。

 緊張が走るクラウドの様子を気にすることもなく、現れた人物は勝手に話し始める。

「やぁ、諸君。見学会の最中に申し訳ないね」

 相変わらず、一言一言、手を額に当てたり、くるっとその場で回ったり、何かしらの動作をしながら話す。

 私はこの、はた迷惑な人物を知っていた。

 何かと私とお茶会をしたがるあのデルティウン王女殿下のお兄さん、カスよばわりされている第二王子殿下で間違いない。

「これは、デュオニス殿下」

 クラウドが緊張した面もちのまま、確認する。

 確認するも何も、王族であっても、ここ三聖の展示室はむやみに入ることは出来ない。

 昔はともかく、今は案内と警備以外は必ず書類の提出が必要だ。
 もっと言うなら、今日の見学者にカス王子は登録されてないので、入ることは出来ない。

 それを無理やり、やってきたのだろう。

 カス王子と護衛の後ろに、手を合わせて私に謝る警備の騎士の姿が見えた。どうやら、王族相手に強くは出られなかったようだ。

 カス王子もカス王子である。

 申し訳ないと分かってて、入ってくるなんて。緊急事態というわけでもなさそうだし。
 だから、ついつい呆れた口調が出てしまった。

「申し訳ないと思うんなら、乱入しないで欲しいよね」

 すると、当然のようにクラウドにコツンと頭をやられる。

「エルシア、黙れ。全員、デュオニス殿下に敬礼」

「ふん」

「エルシア。お前、また反省文になるぞ」

 いやいや、今回の場合、非は全面的にカス王子にあるだろう!

「いやいや、彼女の言うとおりだ。悪いのは乱入したこちらの方だ。
 でも、こちらにも急ぎの事情があってだな、こんなことになってしまったんだよ」

 ほら、自分でも認めてるし。

「へー、そうですか。それでも、ここは三聖の展示室。ルールや手順は守っていただかないと、下の者への示しがつきませんよね」

 カス王子は自ら非を認めたくせに、部屋から出ていこうとしない。
 それどころか、堂々と言い訳を始めた。

「だから、受付や警備の人たちと話し合いの末、ここまで来たんだよ」

 言い訳にもなってないな。

 受付のアルバヴェスペルのおじさんたちも警備の騎士たちも、話し合いで許可するような人じゃない。

 カス王子の無駄なカッコイイポーズが、次々と決まっていく中、研修生が扉を囲むように集まってきた。

「そういえば、君。確か、デルティウンの親友だったね。ここは、親友の兄ということで」

「無理です。親友じゃありませんから」

「まぁまぁ、そう言わずに。僕の話を先に聞いてもらえないかな」

「え? 嫌です」

 ちなみに、私と会話をしている間にもかかわらず、カス王子はポーズを緩めない。全力で乗っかりにくるし。

 研修生たちは、第二王子カッコイイ派と第二王子はカス王子派の二つに分かれて、ザワザワし始めた。

「事の発端は、僕が受け取った極秘情報だだったんだよ」

「他人の話、聞いてないな、こいつ」

「エルシア、お前もな」

 カス王子が勝手に話を始めてしまったので、私たちは仕方なく、話を聞くことにした。
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