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3 王子殿下の魔剣編

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 十歳の私は、ある日、魔塔の塔主であるリベータス先生に呼び出された。

「エルシア、落ち着いて聞いてほしい」

 先生は慎重な物言いで私に話しかける。

 いつもの先生と違って、痛みを伴っているような表情。そこには少しだけ何か焦っているような様子も見られた。

 全体的に表情は暗く、顔色は青ざめている。

 よほど大変なことがあったようだ。

 …………私の身の上に。

 リベータス先生の痛みを伴う視線は私に向けたもの。悲壮感あふれる様相も、私に対して思うところがあるせいのようだった。

 七歳の私が、クズな父親から魔塔に捨てられて今に至るまでの間、先生がここまで悲壮な表情を私に向けたのは初めてだと思う。

 最初に会ったとき、つまり、捨てられた七歳の私に対しては、痛ましいというよりは、同情と同時に安堵したような表情を向けていたものだ。

 察するに、あのクズ男がクズ過ぎてることへの私に対する同情、クズ男から引き離せることへの安堵、そういったものだったんだろう。

「何でしょう?」

 とりあえず返事をしてから、私はリベータス先生が発する次の言葉を待った。

 この三年間にいろいろなことがありすぎて、私自身も、大なり小なり多くの衝撃を受け止めてきている。
 いまさら何か言われたくらいで、大きく衝撃を受けるようなことなんてないと思う。

 十歳の私は、非常に落ち着いた冷静な子どもだったのだ。

 先生はそんな十歳の私に、もっと子どもらしくとか、もっと喜んだり悲しんだりとか、ああしたいこうしたいと主張して良いんだとか、たくさん言葉をかけてくれたけど。

 実際、そうしたい気分にならなかったから、そうしなかっただけ。
 そう説明しても、先生はさらに困った顔をしていたっけ。

 私の表情が動かないのを見ても、リベータス先生の痛ましい表情は変わらない。

 そして、呻くように振り絞るようにして、声を出した。

「昨日、リーブル夫人が亡くなった」

 リーブル夫人?
 リーブル夫人って誰だっけ?

 そう思った瞬間、突然、記憶が押し寄せてきた。

 あ。

 そうだ。

 六歳までの私はエルシア・リーブルだった。そして、リーブル夫人は六歳までの私の母。

 七歳の私は家門から除籍されて、親子の縁を切られたので、リーブル夫人は血筋上は母であっても戸籍上は母でない。

 だから、リベータス先生は私の母とは言わず、リーブル夫人と言ったのか。

「そうですか」

 ちょっと間をあけて、私はそう返事をした。これ以外、返事のしようがない。

 そして困った。

 先生からそんなことを言われたところで、返事をして現実を受け入れる以外、することがないから。
 だから、私の表情は悲しいものではなく困惑したものとして、先生の目には映っただろう。




 母が死んだ。

 母が他界した。

 母が亡くなった。

 母はもう生きてない。

 母には二度と会えない。




 私の血筋上の母が亡くなったのに。

 捨てられた当時は、あれほど再会を望んでいたのに。

 母とはずっと離れていたので、母が死んだということにまるで現実感がない。

 十歳の私はなんの悲しみもなんの不安もなく、母の死を受け止めた。涙一つこぼれない。でも、心が少し冷える。

 いつもの調子にちょっとだけ困った感を加えた程度の私に対して、先生の方は痛ましい表情に悲しさが加わって、今にも泣きそうな様子だった。

 ところで、母の死因はなんだったんだろうか?

 あのクズ男、私のことを母の体調不良の原因、害悪だと家から追い出して、治療に全力を傾けただろうに。
 けっきょく、私とは無関係な死神が母を連れさったんだ。

 母が死んだというのに、私はなんだか、笑いたい気分になる。

 そんなことを考えていると、気遣うような先生の言葉が耳に入ってきた。

「葬送の儀は身内のみだけど、追悼の儀なら誰でも行けるから」

 私は慌てて意識を先生の方に戻す。

 何を言われてるのかよく分からなかったけど、よくよく考えてみたら、あぁ、そういうことかと合点がいった。

「あぁ、私は身内じゃありませんからね」

 だから、葬送の儀はいけない。
 追悼の儀にしても、姿を隠してこっそり行くようだろうな。

 自分でも驚くほど冷静に言葉が出てくるし、行動を考えられた。でも、また心が冷える。

「いや、そういうつもりで言ったわけじゃないんだよ」

「いいんです。事実ですから」

 そう言って私は小さく笑った。笑いながらも心はどんどん冷えていった。




 母の追悼の儀は、王都で一番大きな聖堂で開かれていた。

 母の血筋はよく分からないが、荘厳な作りの聖堂のあちこちに花が飾られ、母の最期の姿を一目見ようと、大勢の人が列をなしていた。

 母のためにこれほどの人が集まるなんて、と驚きながら、私はリベータス先生の後をチョコチョコとついていく。

 誰でも別れを告げられる場。それが追悼の儀だ。
 とはいえ、故人や故人の身内と親しい人は別のところを通って、亡骸を納めるガラスの棺のすぐ間近までやってこれるようになっている。

 リベータス先生はもちろん、親しい人になるので、別ルートを通る。リベータス先生の荷物持ちとしてついてきた、私もいっしょに。
 
 一言も喋らず、フードを目深にかぶって先生の荷物を持って歩く私は、周りから見たら先生の弟子かと思われたことだろう。

 引き留められることもなく、かといって注目されることもなく、あっさりと最奥の棺のところまでやってこれた。

「ふぅ」

 後は母の最期の姿を見て、別れを告げるだけ。

 そう思って、前に立ち止まっている先生の後ろから、顔をのぞかせた。

 すると、ガラスの棺に納められた母のもとには、想像もしなかったような光景が広がっていた。
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