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2 暗黒騎士と鍵穴編

6-1 その後

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 クストス隊長が言葉通り、手で握り潰してしまった書類を作り直して戻ってきても、私の反省文は書き終わらず。

 遅筆でも書かないことには終わらないので、のろのろと書き進めていたところ、沈黙に耐えかねたのか、クストス隊長が話しかけてきた。

「エルシア、ひとつ、気になってることがあるんだが」

 私も反省文を書くのに飽きてきたので、クストス隊長の方に顔を向ける。

「なんでしょう?」

「あの杖のことだ。けっきょく、杖は王宮魔術管理部に封印されたんだよな?」

 クストス隊長は神妙な顔をしていた。

 あー。

 あの後、杖精がどうなったか、誰も気にしてないと思っていたので、私も何も言わないままだったわ。

 当初の予定では、クズ男が杖精を封印して再管理することにはなってたけど。そのクズ男は療養中。

 完治するのに二ヶ月ほど。少なくとも一ヶ月は療養が必要だとかで、王宮魔術師団を不在にしていた。

 次席に続いて筆頭も休むことになってしまって、現在、王宮魔術師団の方は大騒ぎのようだ。私の知ったことじゃないけど。

 そうそう。杖精のその後だっけ。

「え? 封印なんて、してませんよ?」

 私は軽く答えた。

「えぇ? だってあの杖、野放しに出来ないだろう?」

 クストス隊長は、私の返答に凄く驚いたようだ。

「確か、筆頭殿でも封印以外の処置ができなくて、エルシアの殴打でも壊れなかったよな」

 うーんと唸ってから、私はこくんと頷いた。

 うん、ちょっと語弊はあった。

 白髪の杖精を人型から魔導具の形に戻そうと、セラフィアスを使った時、クストス隊長たちからは、杖で杖精を殴っているようにしか見えなかったようだ。

 壊すために殴ったわけではないから、壊れなかったのは当たり前で。しかも、ただ殴ったわけではないので、詳細はナイショのまま。

 だから、クストス隊長は私の殴打で杖精が壊れなかったと思いこんでいる。

 実際、壊せたかどうかはちょっと分からない。
 私の専門はあくまでも鎮圧。鎮めて圧するのであって、壊すとは少し違う。

 頷く私を見て、クストス隊長は驚いた顔をちょっと崩した。

「なら、封印するしかないじゃないか」

「あー、それがですねぇ。あの後、私。保護者に回収されたんですけど」

「あぁ、ヴァンフェルム団長から、保護者に保護されたって聞いたぞ」

 ヴァンフェルム団長、余計なことまで話したようだ。いったいどこまで話したのやら。

「へー、そんなことまで話したんですね」

 と探りを入れると、

「エルシアを保護する役割があるって、さらっと言われたくらいだよ」

 よし。私が泣きついた話は聞いてないようだ。広まっていなくて良かった。あれはかなり恥ずかしい。

 私の保護者の話になって、クラウドも会話に加わる。

「エルシアの保護者って、北の地方にいるって話だったよな?」

「緊急事態だってことで、王太子殿下が命の危険も顧みずに、私の保護者を呼んだんですよ」

 泣いたのがバレていなくて気をよくした私は、差し障りのない範囲で事情を説明した。

 すると、顔を曇らせるクラウドに対して、ぱっと顔を明るくするクストス隊長。

「いろいろ言葉がおかしくないか?」

「それで、エルシアのために急いで来てくれたのか! 心配してくれる人がいて、良かったな、エルシア!」

「はい!」

 クストス隊長の喜びように、私も元気に返事をする。

「いや、良い話的になってますけど、物騒な言葉が並んでましたよ、さっき」

「まぁまぁ、クラウド。細かいことはいいじゃないか」

「まぁ、クストス隊長が気にならないならいいんですが…………」

 あの時、私を保護者が抱き留めて、その隙に団長たちがクズ男とアキュシーザを部屋から引っ張り出したということは、後から聞かされた。

 そして、杖精たちはあの場にいたままだったのだ。

 私は手にしたペンをクルクルと回す。

「それでそのときに、あの杖が噛みつこうとして」

 動きが止まる二人。

「は?」「まさか、また…………」

「一撃でやられました」


 ゲホゲホゲホゲホゲホ


 突然、むせて咳き込んだと思ったら、今度はガバッと立ち上がり、二人同時に叫んだ。

「「今度こそ保護者が?!」」

「なわけ、ないでしょう。やられたのは杖です」

 私は手にしたペンをいったん机に置く。

「また素手か?」

「違いますよ、剣で真っ二つです」

「「真っ二つぅぅぅ?!」」

「けっこう強いんです、私の保護者」

 私はえへんと胸を張った。

 拳で語るのが好きとはいえ、私の保護者は魔剣士属性。専門は剣だ。当然、素手より剣の方が強い。

「いや、どうやって?」

「筆頭殿でもエルシアでもどうにも壊せなかったよな?」

 あれ? 魔剣士属性だって話はしてなかったかな?

 それならと、私は改めて保護者の話を持ち出した。

「そりゃ、私の保護者、魔剣士なんで」

「いや、そういうこと?」

「打撃には耐久性がありましたけど、斬撃には弱かったみたいです」

「いや、そういう問題?」

 クストス隊長は、なぜか、さきほどの明るさが萎んでしまっている。

「そもそも、魔法の杖って打撃武器じゃないよな?」

「似たようなものですけど?」

「「違うだろ!」」

 クストス隊長だけでなく、クラウドまで突っ込んだ。

「騎士が魔術師に、魔法の杖について説明するなんて間違ってません?」

「いや、それはそうなんだけどな」

 頭をかきむしるクストス隊長は、クラウドとこそこそと会話を始める。

「それより、エルシアの保護者って何者だよ」

「だから、ヴァンフェルム団長か、アルバヴェスペルのおっさん辺りに聞けば、分かりますよ」

「それは分かってるんだがな。まだ、知る勇気が出ない」

「いやまぁ、そうでしょうね。俺もです」

 二人の会話が途切れたところで、私は杖精の顛末をこう言ってまとめた。

「そういうわけで、無事に解決しましたので」

「解決したのか?」

「したんじゃないですか?」

 納得いかない顔の二人を横目で見ながら、私は再びペンを取り、反省文を書き上げたのだった。
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