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2 暗黒騎士と鍵穴編

6-0 終わり

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 私がちょっとムカついて殴って泣いて、すっきりした次の日。

 私はすっきりしない事態に陥っていた。

「ちょっと力入れて殴っただけで、反省文だなんて」

 たった四回殴っただけで反省文だなんて酷すぎる。この前は二回殴っても何ともなかったのに。

 てことは、二回までは許容範囲ということか。よく覚えておこう。

 そんなことを考えながらブツブツ言っていると、私を監視するようにして反省文を書かせている二人から、同時に注意が飛んだ。

「暴力に訴えるのは良くないよな」

「さっさと書いて終わりにすればいいだけだろ」

 第五隊で私に口うるさく言うのは二人しかいない。クストス隊長とクラウドだ。

「他人事だと思って」

 とはいえ、反省文を書き終わらないことには、次に進めない。私は気乗りしないままペンを握った。




 気乗りしない時に限って、いろいろと邪魔が入る。

 なかなかペンが進まないでいると、突然、バーーーーンと大きな音を立てて扉が開いた。

 うん、ここ、隊長室なんだけどな。

 ノックもしないでいきなり開けるって、かなり失礼な人か空気読まない人かのどっちかだろう。

 とにかく、反省文を書き終わらないとどうにもならない私は、誰がノックもしないで扉を開けたかなんて、どうでもよく、扉も見ないで机の上の紙だけ見ていた。

「エルシア、今度の休養日なんだが」

「おい、仕事中だぞ」

 うん、この声はフェリクス副隊長だ。

 チラッと見ると、予想通りのフェリクス副隊長が部屋の入り口に立っていた。
 そのフェリクス副隊長を、いつの間にか入り口に移動したクラウドが、押して部屋の外に出そうとしている。

 押されまいと入り口で踏ん張るフェリクス副隊長は、必死の形相…………ではなく、意外と余裕がありそうな笑顔でなにやら話し始めた。

「歌劇のチケットをたまたま、二枚もらったんだよ。いや、たまたまなんだけどな。今、流行りの『真実の愛と運命の恋』。エルシア、行ったことないだろ?」

「聞いてないな、こいつ」

 クストス隊長が珍しく、舌打ちする。

 ふだん舌打ちなんて行儀の悪いことはしない人なのにな。今日は虫の居所でも悪いのだろう。

 昨日の今日で『運命の恋』の話を出された私も、実はちょっとだけ虫の居所が悪かった。

 だから、返事もちょっと意地悪になる。

「ヴォードフェルム隊長と行ったらどうですか? その日はヴォードフェルム隊長も暇ですよ」

「へ? どうしてそこに兄貴?」

「さっき、ノアの兄貴がエルシアを遠掛けに誘いに来たんだよ」

「なんで兄貴が、仕事中に」

「お前もな、フェリクス」

 押し合いを続けているクラウドと、私を見張るクストス隊長が代わる代わるフェリクス副隊長に突っ込む。

 話題のヴォードフェルム隊長は、少し前に来て帰ったばかり。

「気分転換にどうか?って誘われたけど、親しくない人と遠掛けに行っても気分転換にならないと思う」

「てな感じで、ノアの兄貴がエルシアに断られてたから、その日は暇だって事だ」

「いや、俺はまだ断られては」

 それでもしつこく粘るフェリクス副隊長の誘いを、私ははっきり断った。

「それほど親しくない人と歌劇を見に行っても、盛り上がらなそうなんで」

「エルシア。親しくない人が親しい人に昇格するためには、こういったイベントが必要なんだ」

「あー、そうですか。参考にします」

「いやだから、な」

 うん、しつこい。

「ヴォードフェルム隊長とどうぞ。ぜひ、この機会に兄弟仲を深めてください。
 こういったイベントは、ヴォードフェルムにこそ必要だと思います」

「エルシア、地味にえぐるよな」

「さぁ、フェリクス。帰れ。仕事中だ」

 私の言葉に続いて、クラウドとクストス隊長もフェリクス副隊長を追い込むと、悪役の捨て台詞ような言葉を残して、フェリクス副隊長は帰っていった。

「うぅっ、来月こそは俺が、絶対に、エルシアを誘うからな! エルシア、待ってろよ!」

「ほらほら、帰って仕事しろ」

 しかも気になる言葉も含まれていて、私は首を傾げる。

「来月?」

 気になって、反省文が手に着かない。

 クストス隊長が、うーんと唸った後「あれのことか?」と、つぶやいた。

「来月、剣術大会があるだろ? あれの祝勝パーティーに誘うってことじゃないか?」

 うん、あったあった。魔術大会に続いて行われる騎士や剣士のための大会だ。

「だいぶ先の話ですね」

 と私が返す一方で、クラウドが焦ったようにクストス隊長に聞き返す。

「あれ、パートナー、要りませんよね。要るんですか?」

 剣術大会の祝勝パーティーなら、騎士団の人たちが中心。貴族の集まりではないのだからパートナーは要らないはず。

 そう思っていたところ、クストス隊長がニヤッと笑った。

「あえて同伴して、彼女持ちだと自慢したがるヤツがいるんだよ」

「「あー」」

 なるほど。フェリクス副隊長も自慢したいのか。でも、私、フェリクス副隊長の彼女じゃないのに。

 あ。つまりあれか。

「フェリクス副隊長は、私を偽装彼女にするつもりなんですね」

「エルシアはいつも通りだな」

 なんか、クストス隊長から、かわいそうな目で見られる。

「ともかく、エルシアはほいほい返事をするなよ。トラブルの素だ」

「保護者の同意がないものは、するわけないじゃないですか」

「この辺はしっかりしてるんだな」

 なんか、クストス隊長に、バカにされているような気がする。

「まぁ、とにかく。エルシアは反省文だ。さっさと書け」

 そう言って、クストス隊長も書類整理に没頭し始めた。

 私も早く終わらせないとな。




 そう思っても、なかなかペンは進まなかった。

 少し書いて止まって、思い出して考えて、ムカついて、また少し書いて。さきほどからずっとこの繰り返し。

 いい加減、嫌になってくる。

「どうせ反省文になるなら、止めを刺しておけば良かったわ」

 そうすれば、これ以上、ムカつくことはない。たぶん。

 私の言葉をクストス隊長が聞き咎める。

「そこまでやると、反省文だけで済まないからな」

「まったく、嫌な世の中になりましたね」

 クズ男は、私利私欲のために杖精を作って迷惑かけたというのに、お咎めなしって話だ。

 世の中ってほんと、主人公に甘く出来ている。

「俺の知ってる世の中は、前からこうだ」

 憮然とした顔をしているクストス隊長だって、世の中の味方だろうに。

「世の中なんて、実際にあるものを、なかったことにするじゃないですか」

「そこまで言ってしまうと、ひねくれすぎてないか?」

 ふと、私は顔を上げた。

 少し離れた席には、書類と格闘するクストス隊長とクラウド。

「隊長たちは、ヴァンフェルム団長から聞いたんですよね?」

「何の話だ?」

「私の実父の話」

「……………………あぁ」

 一瞬、目が合ったけど、二人とも気まずそうに下を向いてしまう。

 私は聞こえるようにつぶやいた。

「運命の恋が実った後、愛する妻の健康を犠牲にして生まれた娘は黒髪で、魔術師には不適格だからと煙たがられ、挙げ句の果てには療養の邪魔になるからと魔塔に捨てられた。
 これが『運命の恋』の現実ですよ?
 誰一人、現実なんて見ようとしてないでしょ」

 二人とも聞こえてるのに押し黙る。

「白髪の杖精を作った魔導師のことだって、あんなに諸悪の根元とかなんだとか言ってたのに。
 正体がクズ男だと分かったとたんに、手のひら返したし」

 そう。クストス隊長もクラウドも、私の上司も同僚も、最後は部下や同僚の私ではなく、主人公のクズ男の味方をする。

 少し間があって、クストス隊長は、

「いや、それは悪かった」

 と潔く謝った。




 でも、それで終わらないのが口うるさいクストス隊長だ。

「しかしな、エルシア。世の中に不満はあるとは思うが、世の中なんてそんなものなんだ。
 事実よりも、都合がよくて興味をそそられるものがもてはやされるし、なにより無責任だ」

 相変わらず話が長い。

「だから、世の中に振り回されるな。お前が何者だろうと、お前自身を見てくれるヤツがいるだろう?」

「…………はい」

 でも、一応は私のことを考えてくれているようだから、返事をしておく。
 まぁ、クストス隊長の言ってることが間違っているわけでもないし。

「クストス隊長って口うるさくて女子受けしなくて第五隊の騎士からも口うるさいおっさん扱いされていて興奮するとさらに落ち着きがなくなりますけど、部下思いのきちんとした立派な大人ですよね」

「おい、エルシア! 前半部分、いらんだろ! どう、考えたって、いらんだろ!」

 ほら。すぐ興奮するし、落ち着きがないし、声大きくてうるさいし。

「クストス隊長、落ち着いて」

「クストス隊長、反省文に集中できないんで、静かにしてください」

「うぐぐぐぐぐぐぐぐぅぅぅ」

 クストス隊長は手にした書類を握り潰した。




 遅々としてペンが進まない状態で、私はぼやく。

「どうせ何をやったって何が起きたって、主人公は悪くない、主人公がかわいそう。て、みんな、言うんだよね」

 大事な書類を握りつぶしてしまったクストス隊長は、書類を作り直しにヴァンフェルム団長のところに行ったまま。

 私のぼやきはクラウドが拾い上げた。

「エルシア、元気出せよ。フルヌビのタルト、買ってやるから」

 見ると、クラウドは珍しく困ったような顔をしている。

 まぁ、自分が大好きな主人公の娘がムチャクチャなヤツだから、クラウドも複雑だろうな。

「ありがとう、クラウド」

 私はクラウドの心遣いを、ちょっとだけ嬉しく思うのだった。
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