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2 暗黒騎士と鍵穴編
4-10 王族たちの話し合い
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「デルティ、いい加減にしろ」
「だって、トリーお兄さま! あのムカつく魔術師がわたくしの席に、勝手に座ってたのよ!」
この日、談話室は二つの嵐に襲われた。
一つ目の嵐はもちろんデルティウン。
ちょっとしたことで機嫌を悪くするのはいつものこと。王族の一員であるなら、もう少し自重してもらいたい。
そして二つ目。これも困った輩だった。
公式には二回ほど、形式的なやり取りをしたという程度。個人的にはお互い名乗りあうこともしたことがない間柄の女性。
ダイアナ・セイクリウス。
魔術師の家門で有名なセイクリウス家のご令嬢だ。
王宮魔術師団に配属されて二年目、期待の若手。魔術師の中では優秀な部類になる。
セイクリウス家は、ここしばらくは優秀な魔術師を輩出できないでいたが、セイクリウス嬢は歴代のセイクリウスに劣らぬほど優秀だという触れ込みだった。
先日の魔術大会でも、デルティを抑えての優勝。
内容的には、全属性を扱うセイクリウス嬢が、デルティの弱い分野を狙い撃ち。見事な作戦勝ちだったので、あながち、頭は悪くないのだろう。
しかし、上には上がいるということを、知った方がいいのかもしれない。
ふだんの恐れを知らない、というか身の程を知らない彼女の言動や行動から、私は彼女に対して少し危ういものを感じていた。
そして、今。
その危うさが目の前で露呈している。
すぐ下の弟、デュオニスは女性に少し弱いところがあるが、最近は、その中でもセイクリウス嬢をよく取り立てていた。
今回はこのデュオニスが、セイクリウス嬢の頼みを安易に引き受けたのが原因のようだ。
王族だけの場であるというのに、セイクリウス嬢を勝手に連れてきて、あろうことか、デルティの席に座らせていたらしい。
当然、デルティと言い争いになり、嵐が一つ出来上がったと。
私とトリビィアスが来たときにはすでにセイクリウス嬢は立ったまま。その彼女、今は私に気味の悪い視線を向けている。
「デュオニスも、勝手に連れてくるな」
「ダイアナ嬢が、どうしても兄上に会いたいと言うんだ。レディの頼みを叶えてあげるのも、王族の役目だろ?」
そんなバカな役目などない。
デュオニスの言葉を聞き、セイクリウス嬢が口元だけで笑う。
セイクリウス嬢も、デュオニスが自分に甘いというのを理解していて頼み込んだのだろうな。
呆れて一瞬、言葉を失ったところへ、発言の許可もなく、私たちの会話にセイクリウス嬢が割り込んできた。
「ユニシス様、申し訳ありません。魔術大会でお言葉、」
「トリビィアス、今日はアルゲンが来訪する予定ではなかったか?」
大きめの声でさらに下の弟、トリビィアスに話しかけ、セイクリウス嬢の言葉を途中で遮る。
許可のない呼びかけに話しかけ。
しかも、既知のデュオニスではなく、名前さえ紹介のない私に向かって。
あのルベラス嬢でさえ、私のことは『王太子殿下』と呼んでいるというのに。
学院時代や、親族、知人同士なら問題ないだろうが。これでも一国の王太子。軽く扱われるのは王族としての体面に関わってくる。線引きは必要だ。
こういう輩は、ここで視線を合わせたり会話に応じれば、すぐさま見知った人物だという態度で出てくる。
回避するために、視線を合わせないままトリビィアスに目をやると、トリビィアスからは予想通りの答えが返ってきた。
「体調が優れないため、別の日に伺いたいとのことです」
会話に加われず、セイクリウス嬢は立ったままブツブツとつぶやく。
「これでは、ユニシス様に話しかけられないわ」
だから、勝手に他人の名前を呼ばないでもらいたいんだがな。
「あの、わたくしはどちらに座ればよろしいのかしら?」
会話が終わらないのを見て、セイクリウス嬢は控えている侍従に話しかけた。
「ご予定にないお客さまの席はございません」
「ではわたくしに、このまま、立っていろと? レディに対して、その対応は失礼なのではないかしら?」
「殿下のお茶会に、招待されてもいないのに押しかける方が、失礼かと存じますが」
丁重な対応に憤慨して、セイクリウス嬢が声を荒げる、と思いきや。逆に崩れてしまいそうな弱々しい声をあげて、デュオニスの肩に手を当てる。
「まぁ、デュオニス様! この方、酷くありませんか?」
視線を合わせて訴えるような仕草のセイクリウス嬢の手を、デュオニスが満面の笑みで握りしめた。
「ダイアナ嬢、兄上に会えただろう?」
一瞬、何を言われたのか分からず、きょとんとした表情を浮かべ、すぐさま慌てた表情に変わるセイクリウス嬢。
「そ、それはそうですが。わたくしの席がないというのは?」
「招待されてないから席はないんだ」
当然のことを告げるデュオニスに、愕然とした様子のセイクリウス嬢。
「でも、会わせていただけると」
「だから、会えただろう?」
おそらく、会わせるために招待されたとでも思っていたのだろう。予想と違う返答にセイクリウス嬢はさらに焦りだした様子だ。
「でも、わたくしは伯爵令嬢ですし」
「爵位があるのはお父上ですよね」
「あと、わたくしは王宮魔術師団配属の魔術師で、杖主候補とされていますの」
「さようでございますか」
出来る侍従が、セイクリウス嬢の苦し紛れな言い訳を端から切り捨てている間、デュオニスはのんびりと茶を飲んでいる。
「うんうん、ダイアナ嬢は将来有望な魔術師殿だな。私も鼻が高いよ」
誰もセイクリウス嬢の味方をしないこの場で、彼女は一人つぶやいていた。
「おかしいわ。どうして、いつものようにいかないのかしら?」
彼女のつぶやきに応じるものはここにはいないのに、と思った矢先、予想外のところから反応があった。
「だって、トリーお兄さま! あのムカつく魔術師がわたくしの席に、勝手に座ってたのよ!」
この日、談話室は二つの嵐に襲われた。
一つ目の嵐はもちろんデルティウン。
ちょっとしたことで機嫌を悪くするのはいつものこと。王族の一員であるなら、もう少し自重してもらいたい。
そして二つ目。これも困った輩だった。
公式には二回ほど、形式的なやり取りをしたという程度。個人的にはお互い名乗りあうこともしたことがない間柄の女性。
ダイアナ・セイクリウス。
魔術師の家門で有名なセイクリウス家のご令嬢だ。
王宮魔術師団に配属されて二年目、期待の若手。魔術師の中では優秀な部類になる。
セイクリウス家は、ここしばらくは優秀な魔術師を輩出できないでいたが、セイクリウス嬢は歴代のセイクリウスに劣らぬほど優秀だという触れ込みだった。
先日の魔術大会でも、デルティを抑えての優勝。
内容的には、全属性を扱うセイクリウス嬢が、デルティの弱い分野を狙い撃ち。見事な作戦勝ちだったので、あながち、頭は悪くないのだろう。
しかし、上には上がいるということを、知った方がいいのかもしれない。
ふだんの恐れを知らない、というか身の程を知らない彼女の言動や行動から、私は彼女に対して少し危ういものを感じていた。
そして、今。
その危うさが目の前で露呈している。
すぐ下の弟、デュオニスは女性に少し弱いところがあるが、最近は、その中でもセイクリウス嬢をよく取り立てていた。
今回はこのデュオニスが、セイクリウス嬢の頼みを安易に引き受けたのが原因のようだ。
王族だけの場であるというのに、セイクリウス嬢を勝手に連れてきて、あろうことか、デルティの席に座らせていたらしい。
当然、デルティと言い争いになり、嵐が一つ出来上がったと。
私とトリビィアスが来たときにはすでにセイクリウス嬢は立ったまま。その彼女、今は私に気味の悪い視線を向けている。
「デュオニスも、勝手に連れてくるな」
「ダイアナ嬢が、どうしても兄上に会いたいと言うんだ。レディの頼みを叶えてあげるのも、王族の役目だろ?」
そんなバカな役目などない。
デュオニスの言葉を聞き、セイクリウス嬢が口元だけで笑う。
セイクリウス嬢も、デュオニスが自分に甘いというのを理解していて頼み込んだのだろうな。
呆れて一瞬、言葉を失ったところへ、発言の許可もなく、私たちの会話にセイクリウス嬢が割り込んできた。
「ユニシス様、申し訳ありません。魔術大会でお言葉、」
「トリビィアス、今日はアルゲンが来訪する予定ではなかったか?」
大きめの声でさらに下の弟、トリビィアスに話しかけ、セイクリウス嬢の言葉を途中で遮る。
許可のない呼びかけに話しかけ。
しかも、既知のデュオニスではなく、名前さえ紹介のない私に向かって。
あのルベラス嬢でさえ、私のことは『王太子殿下』と呼んでいるというのに。
学院時代や、親族、知人同士なら問題ないだろうが。これでも一国の王太子。軽く扱われるのは王族としての体面に関わってくる。線引きは必要だ。
こういう輩は、ここで視線を合わせたり会話に応じれば、すぐさま見知った人物だという態度で出てくる。
回避するために、視線を合わせないままトリビィアスに目をやると、トリビィアスからは予想通りの答えが返ってきた。
「体調が優れないため、別の日に伺いたいとのことです」
会話に加われず、セイクリウス嬢は立ったままブツブツとつぶやく。
「これでは、ユニシス様に話しかけられないわ」
だから、勝手に他人の名前を呼ばないでもらいたいんだがな。
「あの、わたくしはどちらに座ればよろしいのかしら?」
会話が終わらないのを見て、セイクリウス嬢は控えている侍従に話しかけた。
「ご予定にないお客さまの席はございません」
「ではわたくしに、このまま、立っていろと? レディに対して、その対応は失礼なのではないかしら?」
「殿下のお茶会に、招待されてもいないのに押しかける方が、失礼かと存じますが」
丁重な対応に憤慨して、セイクリウス嬢が声を荒げる、と思いきや。逆に崩れてしまいそうな弱々しい声をあげて、デュオニスの肩に手を当てる。
「まぁ、デュオニス様! この方、酷くありませんか?」
視線を合わせて訴えるような仕草のセイクリウス嬢の手を、デュオニスが満面の笑みで握りしめた。
「ダイアナ嬢、兄上に会えただろう?」
一瞬、何を言われたのか分からず、きょとんとした表情を浮かべ、すぐさま慌てた表情に変わるセイクリウス嬢。
「そ、それはそうですが。わたくしの席がないというのは?」
「招待されてないから席はないんだ」
当然のことを告げるデュオニスに、愕然とした様子のセイクリウス嬢。
「でも、会わせていただけると」
「だから、会えただろう?」
おそらく、会わせるために招待されたとでも思っていたのだろう。予想と違う返答にセイクリウス嬢はさらに焦りだした様子だ。
「でも、わたくしは伯爵令嬢ですし」
「爵位があるのはお父上ですよね」
「あと、わたくしは王宮魔術師団配属の魔術師で、杖主候補とされていますの」
「さようでございますか」
出来る侍従が、セイクリウス嬢の苦し紛れな言い訳を端から切り捨てている間、デュオニスはのんびりと茶を飲んでいる。
「うんうん、ダイアナ嬢は将来有望な魔術師殿だな。私も鼻が高いよ」
誰もセイクリウス嬢の味方をしないこの場で、彼女は一人つぶやいていた。
「おかしいわ。どうして、いつものようにいかないのかしら?」
彼女のつぶやきに応じるものはここにはいないのに、と思った矢先、予想外のところから反応があった。
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