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2 暗黒騎士と鍵穴編

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 実戦訓練は一対一の対人戦闘訓練だった。

 まぁ、簡単に言えば、魔法以外ならなんでもありの対戦試合。

 みんな、騎士なので、剣術が主流だと思っていたら、ちらほらと槍術の騎士も混じっている。

 動きは第三騎士団よりも無骨。それでいて豪快というか。洗練されてないけど、強さを感じるものだった。

 前の対戦が終わる。

 よしっ、次は私の番だ。

 私は黄色い旗付きの棒を取り出して、右手に構える。

 魔法以外ならなんでもありのルールなので、魔法さえ使わなければ、杖を使うのもありだったのだ。

 私の杖は知っての通り、黄色い旗付きの棒、のような見た目をしている。自分で言うのもなんだけど、この黄色い旗がとてもかわいらしい。

 杖本人がどう思っているかは聞いたことがないので、この姿に不満があるかもしれない。

「次、前へ」

 対戦を仕切っているリンクス隊長の呼びかけに、私は一歩前に進み出た。




「意外と大丈夫だな」

「むしろ騎士より動きがいいな」

「軽装だからかな」

「でも、杖で殴ってもいいものなのか?」

「知るか」

 私の大活躍を見て、隊長たちが無責任な会話をしているのが聞こえる。

 うん、呑気なものだわ。私はこんなに必死になって頑張っているのにさ。

「ケニス隊長に、フェリクスも来てたのか」

 どうやら、会話にクラウドも加わったようだ。

 ギリギリで相手の剣を避けて、隙を見て相手を殴る。これが私の作戦だった。

 ギリギリで避けるのはこちらの体力温存のため。何回も対戦が続く場合は、無駄な力はなるべく使わないようにするのが勝ち上がるコツだ。

 逆に相手の体力は出来る限り削る。簡単なようで難しい。
 剣を大振りさせればさせるだけ体力は削れる。しかし、相手は体力バカの騎士。そう簡単に体力が底をつかない。

 それでも私は保護者から教わったとおりの動きで、騎士を相手にしていた。

 相手が隙を見せるのを窺っている間にも、隊長とクラウドの呑気な会話はまだまだ続いている。

「団長に言われてな。エルシアが何かやらかす前に全力で止めろだと」

「そんなことで第一隊が?」

「そんなことで済むような問題じゃない。エルシアが何かやらかしたら大惨事だ」

「エルシアの力は魔猫捕獲で、みんな、目にしてるからな。他の隊より対処しやすいと踏んだんだろ」

 いや、私の悪口、筒抜けだよ?

 隊長たちの会話にムッとはしても、こちらはこちらで対戦中。言い返すことも出来ない。


 シュッ


 集中が途切れるところを見透かすように相手が剣を振るう。私はまたまた相手の剣を避けた。

 さきほどからこれの繰り返し。

 相手の攻撃を避ける一方で、私からはまだ一度も攻撃していない。

 相手もそろそろイライラしてくるころだろう。こちらから隙を与えないよう、私も我慢だ。

「ところでエルシアは?」

「勝ち残ってる」

「嘘だろ?」

 嘘っぽくて悪かったわね。

 隊長たちのムカつく会話に心の中で毒づいた。私の体力も気力もまだまだ大丈夫そう。


 シュッ


 またもや、空振る対戦相手。

 保護者から教わったとおりの狙いどころは、相手がかかってくる瞬間、相手がかかってきた直後、相手が動けなくなって隙が出来たところ。

 普通なら最初とその次の二点を狙う。

 今日の対戦も、最初の相手は私が女で黒髪の魔術師だからと油断があって、うまく狙えたのに。次の相手からは警戒されて、狙うのが難しくなってしまった。

 最初とその次の二点は一瞬の攻めになるので、俊敏力で勝る騎士に狙いを読まれてしまうと、逆に利用される。

 体力や腕力だけでなく、俊敏力、つまり繰り出される攻撃や体裁きの素早さも、単純に比較すると、私では騎士に太刀打ちできないので。

 だから、狙うは動けなくなった隙。

 もちろん、他の狙いどころも諦めたわけではない。


 シュッ


 さきほどよりほんの少しだけ、剣の動きがにぶってきた。うん、そろそろかな。

 と思った瞬間、相手の連続攻撃。


 シュッ


 なんとか避けた。て、


 シュッ シュッ


 息つく暇もなく攻撃が繰り出される。向こうもだいぶ苦しいはずなのに。ここに来て攻撃のリズムを変えてくるとは。


 シュシュッ


 また素早い連続攻撃。そして、


 シュッ


 ワンテンポずれて繰り出される攻撃が、私の目の前に迫る。ニヤリと笑う相手。相手も狙いどころがあったようだ。

 でも。

 不意に私は真横に動き、相手の斜め脇に回り込み、そして、


 バコンッ


 私は相手の頭を杖で殴った。

「嘘みたいだけど本当なんだよな」

「あれ、本当に魔法なしで戦ってるんだよな?」

 私の勝ちなのにワーーーッと沸き上がることもなく、隊長たちの冷めた会話が聞こえるのみ。

 私に殴られた相手はガクッと崩れて、そのまま立ち上がれない。

 リンクス隊長の指示で、審判をやっている騎士が倒れた対戦相手を確認しに、近くに寄る。

 ごそごそと意識の有無やケガの具合を確認している審判を見ながら、私はこっそり息を整えた。ふぅ。

「打ちが軽そうなのに、一撃でしとめるんだよな」

「腕力もなさそうなのにな。いったい、あの威力なんなんだ?」

「意外と筋肉ついてたりして」

 待っている間に、隊長たちの会話がどんどん、私に対して失礼な内容になってくる。

「魔法は使っていないけど、おそらく、魔力は使ってるわね!」

 隊長たちの会話を明るい元気な声が遮った。この声は、

「あ、ダイモス魔術師殿」

「ユリンナさんでいいわよー、クラウド」

 第一隊配属魔術師のユリンナ先輩だ。

 姿が見えず、声が聞こえるだけなのを察するに、まだまだ筋肉騎士に囲まれているようだ。

 ユリンナ先輩、小柄でかわいいからね。

「それで、魔法は使ってないのに、魔力は使ってるって、どういうことですか?」

「魔剣士が自分の魔力を剣に込めて攻撃するでしょ? あれと同じ事を杖にやってるってことよ」

 ユリンナ先輩が親切にも、私の攻撃威力の秘密を暴露する。

 まぁ、素養のある騎士なら気づくだろうから、気づかない方がおかしいんだけど。

「は?」

「嘘だろ?」

 もしかして、何も気づいてなかったのか、隊長たち。

「修練を積んだ騎士や剣士だって難しいことなのに、なんで、魔術師のエルシアが出来るんだ?」

 あぁ、そっち?

 魔術師だから出来ないとでも思われてたのか。

 なにせ保護者にしごかれたからね。

 私は当時を思い出して、ちょっと遠い目をする。あの時の保護者は完全に本気モードだった。ヤバかった。無事にしごかれ終わって良かったよ、ほんと。

「元々、範囲魔法が得意な子で、魔力操作力もピカイチだからね。簡単にあんなことができちゃうのよね」

 いやいや簡単ではなかったよ!とユリンナ先輩に突っ込みたいところで、審判の判定の合図が出る。

 完全に意識を失っているため、私の勝ち。

「次は準々決勝かー」

 ふぅ。

 私は杖の先と元を両手で持って、ググッと伸びた。

 と、そこへ、

「よしっ。取り押さえろ!」

 あり得ない号令が響き渡った。
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